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ぷらとにっく・ぎゃらくしぃ  作者: 松本まつすけ
Episode.2 Xanthium strumarium
62/304

ふこーへーちゃうのん? (2)

 ※ ※ ※


「俺のこの手は、いくつもの物を、いくつものマキナを、そして星を壊してきた。壊して、壊して、壊して。壊すことしかできないのか、ってくらいにな」


 この時代では、こんな力などどの程度のものになるのか知るよしもないことだが、少なくとも優しいなんてものとは無縁な代物だと、ずっとそう思っていた。


「ナモミも、プニカも、そしてお前も、どうやって抱きしめればいいのかも分からなくてずっと怖かったんだ。そっと力を込めたらすぐに壊れてしまうんじゃないか、って怖くて仕方なかった。滅茶苦茶にしたくはないからな」


「うちもう滅茶苦茶やわぁ……」


 ベッドの上、痙攣するように震え、ぜいぜいと声を絞るようにキャナが言う。


 瞳はとろんととろけるように潤んでおり、何処かその奥にハートのようなものがちらついて見えるような気さえしてくる。


「ど、ど……どうしてくれるん? あふ……、もう、うち完全にアホになってもうたわぁ……」


 それだけ喋る元気があるのならさほど問題はなさそうに思えるが。むしろ、元気でいてくれなくては困るというもの。


「責任、とってくれるんよね? ふにゅ……」


「当たり前だ」


 至極当然の答えを返す。


 少し語句が強すぎたか、キャナの身体また大きく震える。


「人類の未来のため、なんて口では言っていても、三人と関係を持つ身だ。不公平を感じるかもしれない。節操がないと言われても言い返す言葉もない。屁理屈を束ねるので精一杯だ。だが、これだけは嘘をつかない」


「ゼックン……」


「俺に命を背負わせろ。悲しませることはしない」


「ほんま……アホみたいに優しいんやな、ゼックン」


 アホみたいな格好で言ってくれるものだ。そのようなあられもないような姿で、無理に取り繕うとしなくてもいいのだが。それはそれは滑稽な光景だ。


 ふぅぅぅ、はぁぁぁ、と息を整え直して、枯れそうな声を絞る。


「……でもな、ゼックン。『エデン』に行ったとき、あのエントランスフロアで、ゼックン、諦めてたやろ。自分の命を捨てて、うちやナモナモ、プニちゃんみんなを銃弾からかばうつもりやったやん。あんなアホなところ見せられて、喜ぶ女がいると思ったんか?」


 正論が突き刺さる。


「悪かった」


「そんで、うちらだけみんな外に追い出して、自分一人だけで説得とかもっとアホやんか。なあ?」


 ああ、その通りだ。


 語調が徐々に強くなってくる。まだ疲労から回復してもいないのに、弱々しいソレに込められた感情は明確に刺さるほどに痛く、鋭い。


 あの場で全滅してしまうよりかはずっとマシだと、その場ではそう判断した。そのつもりでいた。それが正しいと思っていた。しかし、全くもってそうだ。俺はキャナの言うとおりアホだ。


「うちかて、アホや。小難しいこと、てんで分からん。宇宙がどうなって人類がどうなるかなんて全然。だのに、色んな難しいこと、ずっと押しつけられてきたんよ。もっと、もっとさ、単純なのでええやん。なんで人間って面倒なのばっかなん」


 何処か違う遠いところを眺めながら、キャナが歯切れ悪くぼやく。何処に向けた言葉だろうか。それは俺に対しての言葉ではないことは容易に理解できる。


 あまり見ることのなかった、いや、見せることのなかったキャナの一面が今また少し露出してきたように思う。


 俺が兵器として生み出された人造人間であるように、キャナも何かしらの都合によって作られた超能力者……サイコスタントだ。


 そこにどのような経緯があったのかなんて今の俺には知りようもないことだが、その似通った境遇を合わせ見ているのかもしれない。


「ゼックン、えっちしよ。もっと、もっと」


 力なく、か細い理性の糸が千切れかけているかのよう。


「小難しいこと、全部どーでもええの。そんなん、大っ嫌いや……」


 嗚咽が混じる。呂律が壊れている。意識がはっきりしているようには思えない。そろそろ()()てしまいそうな、そんなうとうと加減だ。


「うちはもっと、普通に幸せになりたいの。楽しいことして、気持ちええことして、えっちだってしたってええやん。うちだって人間やもん。女の子やもん。ねぇ、ゼックン……、ゼックン……」




 そこから先に続く言葉はなかった。


 代わりに寝息が紡いだ。


 とうとう憔悴しきって気を失ったらしい。よくもまあ疲労感に苛まれる中、あんな喋くり倒せたものだ。途中から夢現だったに違いない。




 しかし、人間か。女の子か。


 ただの一度として、俺もキャナがそうであることを否定した覚えなどない。


 薄れゆく意識の中でそんな言葉が吐露されてきたのは、そこにコンプレックスがあったのかもしれない。


 かつて、キャナはどのような境遇で日々を過ごしていたのだろうか。


 人の過去という領域は茨の道だ。デリカシーのかけらもないことを今更になって問い詰める気はあまり沸いてこないが……。


 少し前に俺の過去をベラベラと明かした借りもあることだし、仕返しに追求してやるのもいいかもしれない。


 おあいこということではないが、腹を割るくらい、お互い裸にならないと今後の長くなるであろう『ノア』での生活に後ろ暗い何かを残してしまいそうだ。


 心の傷は抱え込むだけでは治癒しない。


 どんなによく取り繕ったところで、堅くて重い瘡蓋が上に嵩張っているだけで、傷口がそのまま消えてなくなっているわけじゃない。


 それにだ。


「不公平はよくない。そうだろう?」


 聞き入れられている様子もないが言い訳がましく、キャナに向けてそう呟いた。

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