絶滅危惧種保護観察員 (5)
※ ※ ※
「ふむむぅ……これは……」
「どうですか? エメラ様」
操作パネルを眺めてエメラが渋い顔をする。
その隣でプニカは不安に駆られていた。そこに表記されている膨大な情報は何を示しているのかは今の俺には全てを把握することはできない。
ただ、もし俺の持っている知識を参照とするならば、俺はこれを処分すべきもののデータとして解釈するところだろう。
ここは回収されたネクロダストが保管された施設。そこには今も蘇生中の人類が入っているカプセルが幾つも並んでいた。
俺も何度か足を運んだことはあったが、いつ来ても命の気配を感じられない、重い静寂が支配する空間だ。
保存することが大前提となるこの場所は変化というものを厭う。そのため、時間の概念から隔絶されたかのように時の流れが静止している錯覚に陥る。
「これって、もう殆ど死体ッスよね……?」
「ええ、ですから蘇生に時間を要しているのです」
二人の会話はどうにも不穏だ。
噛み合っているようで噛み合っていないような、険悪な雰囲気さえある。
ネクロダストは過去にスリープした人類が保存されているもの。その中には何百年、何千年、何億年前の人類が眠っている場合さえある。
状態がよければスリープから起こすことも容易だが、とっくに死亡しているものであればその限りではない。
現在この場にいるのは、かつてクローンプニカたちが途方もない宇宙の航海の末、回収し、蘇生が可能なレベルであると判断したもの。蘇生の作業には何十年と掛けているものさえある。
俺やナモミ、キャナも何十年、百何年と掛けてようやく蘇生させられたのだ。
それらが容易に蘇生できないことはプニカも分かっていること。
だからこそ、エメラの技術を借りる必要があった。
しかし、状況は思わしくないようだ。
「プニカ先輩の想定した蘇生期間を縮めることはボクにもできると思うッス。その技術もあるッス。ただ、この状態は難しいッスね」
「完全な蘇生が難しいということですか?」
「それもちょっぴりあるッスけど、正直に言っていいッスか? ボクは絶滅危惧種の保護観察員なんスよ。そうすると、これは管轄外になってしまうッス。何せ、生きている状態とはいえない状態ッスからね」
「ええと、つまり」
「ボクには手を触れられない案件になってしまうッス。ボクはあくまで生きているものを保護するのが仕事ッスよ。死んでいるものに手を加えて生きている状態にまで戻すというのはゴリ押しが過ぎるッス」
とどのつまり禁則事項、ということになるらしい。
何処から何処までが倫理的であるかなんてその尺度は俺には分からない。
少なくとも、この蘇生中の状態を生存しているとは認められないと言ったのは他でもないプニカ自身だ。
人類を滅亡の危機から救うためとはいえ、倫理観念から少し外れてしまっていたことは否定できない。
絶滅危惧種を保護するためには何でもできると豪語したエメラだが、この状態ばかりはどうしようもないらしい。
単なる仮死状態とはまた異なるわけだしな。
怪我や病気を治療するのとはわけが違う。
これが正常にスリープしている状態の人間であればまだやりようがあったのだろうが、これらはその範疇を遥かに超えている。
生きているか、死んでいるかは、この場においては技術的に蘇生が可能か、そうでないかでしかない。それを客観的に見てしまえば、ここに保管されているものは全て生物としての機能を果たしていない死骸の山だ。
損傷状態や腐敗状態、再生可能組織などの情報など何の意味を持たない。
「ボクは直接手を下せないッス。でも、人類がやっていることに口出す権利もないッスからボクの口からは止めろとも言えないッス。これはこの状態のまま蘇生するのを祈るしかないッスね」
その言葉はエメラからの最大の慈悲なのかもしれない。
最悪の場合、ネクロダストを処分させられる可能性もあった。いっそその権限すらあったはずだが、それでもエメラはあえてその蘇生を続行させてくれたのだ。
「……分かりました。ありがとうございます、エメラ様。無理を言ってしまい、申し訳ありませんでした」
「いや、力になれなくて申し訳ないッス。本当だったらこういうのも助けるのがボクの仕事のはずなのに」
悲痛な面持ちでエメラが言う。
エメラの技術を、『エデン』の技術を持ってすれば、おそらくは蘇生することにはなんら問題がないはずなのに、それができない。
救えるはずの命を倫理という壁が阻害する矛盾。
エメラが最も尊重しているソレが目の前の命に何もできず手をこまねくばかり。
俺はこの場で、どんな声を掛けたらいいのだろうか。
出すべき励ましの言葉も出ない。
「私はやはり、間違っていたのでしょうか」
なんて答えればいいのだろうか。
俺は、プニカに蘇生させられた身だ。
プニカがいなければ今も死んでいたことだろう。
それを否定するならば、俺が今生きていることを否定することになる。
なら、それが間違っているなんてことはないはずだ。
そのはずなのだが、俺はそれを口にすることができなかった。
こんなプニカを前にして、何も言える言葉がなかった。
この場に立っているのなら割って入って、何かを言うべきなのだが、悔しいことに何も言葉が思い浮かばない。
この人類の蘇生計画を企てたのは他でもないこの『ノア』を統括するコンピュータ、マザーノアだ。人類やマシーナリーと異なり、コンピュータであるマザーノアには理論値を弾き出す頭脳しか持たない。そこには感情論も倫理観も含まれない。
じゃあ、マザーノアを責めるのか?
いや、それも違うだろう。人類を保護するという役割を持った頭脳でしかない。
「間違っていないッスよ」
エメラが言う。軽々しくそれを言える立場ではないはずなのに。はっきりと、喉奥に何も残すことのないよう力強く。
「ボクたちの規則にそぐわなかっただけでプニカ先輩は命を紡ぐ任務を全うしているッス。本当ならもうとっくに人類は絶滅していたかもしれないんスよ? それが間違っているなんてことないッス!」
プニカの肩をくっと掴みながら、エメラが熱を込める。
「そッスよね? ゼクラさん」
振り向かれ、振られる。
「あ、ああ」
そうとしか、俺は答えられなかった。