人類繁栄への一歩 (6)
「超能力者がいなければもう先ほどのように逃げられまい」
状況は先ほどとはまるで違う。俺以外の全員は外に逃がしてしまったからな。
「さあ、お引取り願いますよ」
紳士が合図を送る。銃口から途切れることのない破裂音と、弾丸が放たれてくる。次の瞬間には床の上に焦げ痕を残していく。
「また消えた!? どういうことなんだ?!」
「少しは学習したらどうだろうか」
俺は後ろから声を掛けた。今度は自由に動き回れる。さっきは本当にヒヤリとしたもんだ。勘が外れてたら後ろにいたアイツらが挽き肉になってたところだ。
「いつの間にっ!? まさかアナタも超能力者だったのか?」
「いいや、俺はサイコスタントじゃない。コードをスキャンしたのなら、もう少し把握できたんじゃないか」
「コード……Z-o-E-a-K-k-R……コードZだと? アナタまさかシングルナンバーなのか?」
ヒューマン・コードというところまでは理解しておきながら、そこまでは把握しきれてなかったらしい。処理が早いんだか遅いんだか。
俺たちが一歩踏み入れたところで閉鎖に至るまで迅速に対応できても、そこのところはやはり機械的にしか判断できていなかったのだろうか。
人間嫌いが昂じた条件反射なのかもしれない。
「シングルナンバー……今から二十億年前に兵器として生み出された人造人間。人類の進化を極め、細胞単位から人体改造を施し、かつて機兵大国として栄えた数多の星を制圧し、破壊の限りを尽くした経歴を持つ忌々しい世代か」
情報の索引は早いな。二十億年前のデータだぞ。
今の時代にはキャナのようなサイコスタントという人類の人工的な進化を施された世代がいるようだが、あいにくと俺の時代の技術はそこまではない。
当時の人類の限界まで身体能力を高めた使い捨て人間だ。
「奴隷風情が今になって暴動か? アナタどうやって生き延びてきたというのか」
「生きてはなかったさ。ちょっと起こされてしまってな」
「我がコーポを襲撃して、一体何が望みだ」
「こちらの目的はあくまで交渉だ。襲撃する意図はない」
「何を白々しい……ヒューマンめ!」
ここまで話が通じないといっそ清々しさも覚える。少しでも説得を試みようと考えた自分を恨みたくなるな。
「シングルナンバー……よりにもよってコードZとは……!」
苛立ったように、また合図を送る。銃撃の雨の再開。しかし、もう分かっているはずだ。それが俺を捉えることはない。数にして数千、数万発の弾丸は床を豪快に叩くだけで終わる。
「コードZ……ヤツらの、アナタ方の遺した闘いの爪痕は、人類の後世に残るほどの誇りの象徴になってしまった。死してなお煩わしいヒューマンの亡霊め……」
何度目かの銃弾が尽きる。警備員も俺の姿を捉え切れてはいない。
「アナタさえいなければ……ヒューマン共は反乱を起こすことなどなかったのに……我々の先祖の心すら動かす忌々しい亡霊よ」
「そいつは冷めたホットニュースだな」
初めて知ったよ、二十億年越しに。
コードZとは、シングルナンバー最後の世代。俺の世代の先に、生まれたときから奴隷としてではない、ごく普通の人間が作られるようになったことは知っている。それは俺と、その前の世代を含むシングルナンバーの功績だから。
しかし俺の、俺たちの戦いは、もう何も生まないものだとばかり思っていた。機械たちの傘下で、平穏に暮らせるようになっただけかと思っていた。
そうか。誇りの象徴か。
後世の人類に機械相手への反乱なんてものを起こさせちまったのか。ましてや機械の心さえも変えてしまっていたのか。そいつはまた、ずいぶんと大層なものを遺せていたんだな。
「歴史の汚物、ヒューマンなんぞ、この銀河の全てから根絶やしにしてくれる!」
「そこまでにしなさい」
ふと、何者かが転送されてきた。それと同時に、けたたましい音も止み、警備員たちも動きを止める。
「大変失礼いたした。私が不在の間にお客様にはとんだご無礼を」
封鎖していた壁が消えうせる。銃器も影も形もなくなる。目の前で血相を抱えている紳士よりもさらに強い権限を持っているということだけは明白だろう。つい今しがたまで殺気立っていたはずのこの場が、最初から何事もなかったかのようにリセットされていた。
『ディアモンデ。コークス・コーポ代表』
すっかり忘れていたが、プニカの用意していたガイドが作動する。なんとまあ丁寧な説明だ。どうやら本当にお偉いさんのようだ。まさか責任者が現れるとは。
頭を下げて、腰を90度ほど曲げる。
「ディアモンデ様。連絡もなく突然の訪問で、こちらこそ失礼いたしました」
「ははは、そんなにかしこまらなくてもいい」
今の今まで紳士らしき紳士に散々一方的に攻撃されまくったばかりだ。その振る舞いすらも警戒してしまう。
下手なことを言えば今度こそどうなることか。
「君は解体だ」
「そん――!」
有無を言わさず最期の言葉さえも途切れ、紳士が転送によって退場させられた。
転送の行き先が何処になるのか知ったことではないが、ディアモンデの鋭い切れ味のある口調からしてまあ察せられる。
「申請については目を通させてもらったよ。うちにアポを取りに来たそうだね」
「は、はい」
「しかし驚いたもんだ。ヒューマン・コードとは何の冗談かと思ったよ。こんな連絡を受けたものだから思わず取引先から途中で抜け出してきてしまった。認証バグだったら大変なことだからね」
気さくでフレンドリーだな、ディアモンデ。
「アポは承認。それでは話を伺おうか」
「え? これからですか? 別な用件があったのでは?」
まさかアポイントメントがあっさりと取れるとも思っていなかったし、これからいきなり交渉に入れるなんて予想すらもしていなかった。責任者が直々に出てくるなんて想定していない。
「構わんよ。あっちのは退屈なお茶会みたいなものだから」
これは気前が良い、だろうか。ディアモンデはかなりおおらかな性格のようだ。
「キミの連れも一緒にどうぞ。賑やかなのは結構なことだ。はっはっは」
振り返れば、外に逃がした三人がまだそこに立っていた。
少々怒っているように見える。
「ゼックン! 心配させんといてや! ほんまに!」
「あなたの身に何かあったらどうするつもりだったのですか!」
「ゼクのバカっ!!」
少々ではなかった。
無数の銃弾の雨は上手いこと回避できたのだが、この罵倒の雨は直撃せざるを得ないようだ。