人類繁栄への一歩 (5)
さて、状況確認だ。
こちらには俺を含め、ナモミ、プニカ、キャナの四人。
シャッターの閉じた出入り口を背に固まっている。
見たところシャッターは破壊可能のようには思えない。
どういうわけか継ぎ目もなく、閉じた瞬間をその目で見たはずなのだが、あたかも前からそこは壁だったかのように閉ざされている。
ご丁寧に他の出入り口も塞がれているようで、窓すらも封鎖されている。
ずいぶんと徹底した防犯システムのようだ。
たかだか人間が入ってきたくらいでここまでするか。
俺たち以外の来客者はかなり早い段階で転送によって逃がされていたみたいだ。
シャッターが閉じてから何人かが煙のように消えていくのを確認している。
全く関係ないというのに災難すぎるな。俺たちのせいだと思うと少し詫びたい。
何にせよこの建物から脱出するには目の前の相手をどうにかする他ないだろう。
正面にはあの紳士。見たところ人型で、武器を所持しているようには見えないが、強い権限を持っていることは間違いない。
一斉にシャッターを下ろしたり、天井や壁から銃器を生やしたりしたのも、彼の意思だったように思う。
また、彼の後ろに配備されたいかにも屈強な連中。
数にして八体か。武装した警備員のようだが、よくよく見るとこちらも武器を所持していないようだ。こちらが右に逃げようが左に逃げようが捕捉できるフォーメーションをとっている。
今、厄介なところはこちらに銃口を向けているソレか。
あの銃器、エネルギー式ではなかった。金属性の弾丸を射出するタイプのものだったな。レーザーだと光線反射装甲で無力化される可能性を考慮しての措置か。
ともなれば単なる鉛玉でもなさそうだ。おそらく磁力の影響を受けない合金だろう。見て判断できるのはここまでだ。
何より、目算できないくらい多い。どの方位からでも射撃できるように壁や天井から生えているが、これ以上増える可能性も考慮すべきだろうか。
建物の構造やデザインが奇抜なせいで柱一本にしても異様に細かったり、ぐねりと曲がっていたりと遮蔽物にするには心もとなく死角になる位置が見当たらない。
一つの柱の影に隠れたところで銃器は前にも後ろにも、右にも左にもあるのだから射線上から逃れる位置はなさそうだ。こちらは四人もいる。的がデカすぎる。
誰も武器を持っていないのは、この縦横無尽の完璧布陣な銃器があるためと解釈してもよさそうだ。ともなれば、注意すべきは銃弾か。
この状況では説得という手段は考えられないだろう。
既に向こうはこちらを処理するつもりで発砲してきている。キャナがサイコスタントの力によって防いでくれなければとっくに全滅していたところだ。
しかしキャナの疲労具合を見るに二度目の銃撃を防ぐ力はないと考えるべきか。
「はぁ……、はぁ……、ゼックン、どうするの?」
酷く青ざめた顔だ。これ以上無理させるわけにはいかない。
「こちらには非がありません。通報はしておきました」
緊張感ないな、プニカ。
だが、俺は見逃してない。その手がかなり震えているのを。
悪いな。
こういう状況はとっくに想定済みなんだよな。
全員に『ノア』に残ってもらうように説得し切れなかった俺の責任か。
悪いな。
本当に悪いな。こんな怖い思いをさせて。
「全員なるべく身を小さくして伏せろ。絶対に動き回るな」
ナモミも、プニカも、キャナも、崩れるように床に縮まる。
こんなことくらいでは銃弾を回避することなどできるわけはないが。
「おや、射撃の的にでもなってくださるのですか?」
紳士が、その合図を送ろうとした。
その隙は見えている。
俺は、紳士の足元へ潜り込み、死角へ入った。
「き、消えた……? ヤツはホログラムだったのか?」
想像以上に怯んでくれる。
どうやら視覚情報の処理速度はこの程度らしい。
コイツが戦闘用ではないという読みは当たっていたようだ。
コンマ1秒も猶予をくれるなんて、未来の機械にしちゃ遅すぎるんじゃないか?
「ヤツを排除しろ!」
と言ってくれるが、俺はもうお前の真後ろだ。
つまり警備員からは丸見えになるわけだが、それがとどのつまりどういうことになるかというと。
「なんだ、お前ら。何故私の周りに寄ってくる? 邪魔だ!」
警備員は紳士よりも一回り、二回り大きい。それが八体。八方から紳士を取り囲うと、当然死角が増える。
しかもだ。警備員は迂闊に何もできない。攻撃にせよ、捕縛にせよ、俺と紳士の距離が近すぎるため、紳士が巻き添えを食う。
状況を観察して分かったことがある。
コイツの権限は強すぎるということだ。
封鎖したのも、他の客を外に逃がしたのも、警備員を呼んだのも、壁から銃を出したのも発砲の指示を出したのも、全部コイツだ。
不審な集団が押し入ってきたことを想定していたと考えれば、この紳士の判断は満点だろう。
まず逃げられないし、客の安全も完全保障。
銃器やレーザー程度ではビクともしなさそうな警備員が数秒と待たずとして八体も集結し、壁や天井から無数の機関銃で一掃。
あれだけの弾丸を浴びて生き残れたとしても、どう考えたって状況が好転することはない。なんて素晴らしい防衛なんだ。
抜け穴としてはコイツが指示も合図も出さなきゃ何も動かないというところか。
もしこの紳士が戦闘タイプないし、武器を所持して、兵士レベルのスキルを持っていたなら正直詰んでいたところだ。
反応速度が早くても詰んでたし、他に権限を持ってるヤツがいても詰んでた。
本体の視界を奪ったが別な視覚やコード以外を認証するセンサーがあったら詰んでいただろうし、警備員たちももっと優秀な格闘スキルを持ち合わせていたりしても詰んでいたな。
抜け穴にしては、なんだかえらく大きすぎるような気がしないでもない。
とてつもない豪運だったのか、それとも単に向こうが平和ボケしていたのかは分からないが、時間稼ぎは上出来だ。十分すぎるくらいに、頂戴させてもらった。
「お、おい! 離れろ! ヤツを探すんだ!」
紳士は何処へいったのやら。装う気もないらしい。
警備員たちが一歩引いて距離を置くが、俺はもうそこにはいない。
「よし、逃げるぞ」
床に伏せている三人に呼びかける。
「え? ゼク、え? どうやって?」
「出口は開けておいた。急げ、また閉まるぞ」
疑問が詰まった表情を浮かべるが時間も惜しい。
腕で引っ張り上げて伏せた身体を起こす。
「ほら、早く」
「ゼクラ様、一体何を? この場から動いていないのに」
目の前の連中が気付いていなかったのだから生身の人間が理解できているはずもないだろうな。
俺は紳士の元まで走り、そいつの手元にあった端末を使ってシャッターの操作を行い、そしてまたここまで戻ってきたまでだ。
それが何秒だったのかは計測していないがな。
「よう分からんけどおおきに」
幸い出口は真後ろ。立って振り向いたら出られる位置だ。
三人が建物から逃げ出すのに時間はそこまで必要ない。
「って、ゼックン? 何してん!?」
「ゼクラ様?」
「俺たちの目的は交渉だ」
「ちょっと待ってよ、ゼ――!」
出口が閉じる。再びそこはただの壁に戻る。
俺はこちら側へ残った。
向こうの様子はもう微塵も分からない。音も聞こえやしない。
「おやおや、何をしやがってくれたのか分かりませんが、どうしてアナタだけは逃げなかったのですか?」
「用件は今しがた伝えた通り。交渉をしにきたのでね」
「さすがヒューマン。学習することもできないのですね」
目の前に警備員八体。
そして無数の銃口がこちらを向く。今度こそ発砲されるだろう。
あの無数の弾丸でこちらをめっためたの挽き肉にでもして、言葉通り汚物として清掃するつもりだろう。
警備員たちなら銃弾の雨が降り注いでも何のことなく動けるだろうし、そうなれば、ただ俺を束縛するだけの簡単なお仕事だ。