人類繁栄への一歩 (3)
「でも、ルールあるゆうても守ってくれるとも限らんのやろ?」
「中には人間嫌いもいるだろうな。感情的になって攻撃される場合もあるだろう」
「ロボットが感情的になって攻撃……」
ぼそりとナモミが咀嚼するように言う。少し怖がらせすぎただろうか。
「大丈夫だ、ナモミ。騒ぎを起こすようなことをしなければ被害には及ばない」
と、思いたいところだ。自分にも言い聞かせたい。
「マニュアルとガイドも手配しておきました。状況判断が難しくなったとき、こちらを確認すると良いでしょう」
とりあえず試しにこのスーツについている端末をちょんと触れてみると、目の前にテキストが表示されていく。
『挨拶の基本はお辞儀。頭を下げて腰を90度曲げましょう。なるべく首まで曲げてしまわないように注意』
はたして、こんなもので適切に対処できるのだろうか。見るからにマナーの教本のようだが。むしろこの手で一番心配なのはプニカなのでは。
「準備はこんなところでよろしいでしょうか。それでは出発しましょう」
いよいよ、人類の命運を分ける時が来たようだ。大げさでもなんでもない、命の掛かっているミッションが始まる。
「やっぱり『ノア』でお留守番したかったなぁ~……」
後ろでぼそりと呟かれる。先行きの不安さは拭えない。
※ ※ ※
ゲートを抜けると、そこはもう街だった。
無数のビルが立ち並び、エアカーが空を飛び交い、ロボットたちが平然と歩いている。ロボットたちも二足歩行であったり、車輪つきだったり、ホバー移動していたり、見た目や性能さにバラつきがあって、個性が千差万別だ。
多少なり人型もちらほらいるが、こんな環境では逆に人間である俺たちが無個性に思えてくるくらいだ。
「なんだか手塚治虫の世界みたい」
ナモミがまたよく分からないことを言い出す。フィクションの話だろうか。
「普通に人間が歩いているようにも見えるんだけど」
「残念だが、あれもロボットだ。そういうファッションと思うしかないな」
「どうやって見分ければいいのよ……」
「人類は俺たちしかいないんだから俺たち以外はロボットだろ」
「あ、それもそうか」
「まあ、このマスクは外さない方がいいかもな。人間であることをアピールしていいことはないだろうし」
マスクを着用しているからといってロボットに見えるかといえば、周りが個性に溢れているから案外そうでもないとは思うが、あるにこしたことはない。
「ここから一番近いエントランスフロアはこちらです。ガイドを表示します」
マスク内にミニプニカが現れる。とても分かりやすいのはいいのだが、いちいち出す必要があるのだろうか。
『足元のこれはスケーターロード。上に乗ることで早く移動することができます』
分かりきっている解説もいちいち教えてくれる辺り、なかなかお節介だ。
「へぇ、こういうのもあるんだ。動く歩道の進化系みたい」
とりあえずナモミには高評価のようだ。
「みんなよく平気でずんずん歩いていけるなぁ……」
キャナがおっかなびっくりだ。手も足もバラバラに、スライドするように移動している。逆にどういう歩き方をしているんだ。少々不審者にも見えなくもない。
「堂々としていた方がいい。自然に振舞わないと何されるか分からないぞ」
「お、脅さんといてぇな。そんなん分かってるわぁ」
自分で言っておいてなんだが、自然に振舞うというのも難題だ。
初めて訪れた街、しかも人類のいない都会で、さも前々からこの場所に慣れ親しんでいるかのようにするにはどうしたものだろうか。
見た感じ、人間がいないという特殊な点を除けば平和そのもので、治安も悪くないようだし、よほど奇怪な動きでもしない限りは大丈夫なのかもしれない。
「さ、ともあれ行こうか。ナモミもプニカも先に行ったみたいだしな」
「うぅー……、こないなとこで置いてけぼりにされたらそれこそあかんわ」
足元のスケーターロードに乗る。
意外とスピードが出る割に、体を引っ張られるような感覚が全くない。慣性の法則はどうなっているのだろうか。
ここにきて後何回くらい技術の進歩に驚かされることやら。
原始人みたいな気分だ。
そして、改めて思ったのだが、不必要に警戒しているのは俺とキャナくらいなもので、多少気張っているもののナモミは思っていたよりも堂々としているし、プニカに至っては頭のネジが飛んでいるんじゃないかってくらい平然としている。
二人が内心はどう考えているのかは分からないが、少々意識しすぎているのかもしれない。このままでは不審がられても仕方ない。
「ナモナモとプニちゃんは怖ないんかな」
同じことを思っていたらしい。
「いや、怖いだろう」
俺も怖い。
「だが、怖がって前に進むのを嫌がっていたら、俺たちはより悪い結果へ向かうかもしれないんだ。だったら、今は震える足を堪えてでも前に進むべきだろ」
それにしたってあの二人の度胸には感服するがな。
「うん……、分かった。うちもいい加減覚悟決めるよ」
思えば、キャナがこんなにも怯えているのは何故だろう。
普段はどちらかといえばこちらがぐいぐいと引っ張られるくらいなのだが、どうもこの交渉の話があがってから乗り気ではない。
この様子を見る限り、ロボットが怖いのだろうか。少なくともあまり良い思い出はなさそうだ。それは無論、俺も同じ。むしろ反対派寄りだったのだが。
「あ、ナモナモとプニちゃん、見えてきたよ。あそこが目的地かな」
見ると、随分と前衛的なデザインの建物がそこにあった。
人類には理解のできない計算されつくされた造形美なのかもしれないが、俺の感覚で見ると、今にも崩れそうな積み木をさらにツイストさせたかのようなアンバランス感この上ないデザインは正直危なっかしくて入るのも躊躇う。
「まずは最初の関門です。もしここでアポイントメントが取れれば次の段階、交渉へと進むことができます」
ここで俺たちが人間であることを明かすことになる。
相手がどう出るにせよ、とっくに逃げ道はない。完全に包囲されているし、船に戻るまでももはや遠い。最悪の結果にならないことを祈るばかりだ。
「では、行きますよ」
今日だけで何回覚悟を決めたことか。
俺たち人類一行は建物へと足を踏み入れた。
その次の瞬間だ。