ロボットは、いないの? (4)
敗北戦争とまで揶揄されるほど敗戦ばかりの戦争が続いていた、らしい。
俺の曖昧な記憶が確かなら、の話だが。
そうか、ナモミの言うところのロボットとは共に繁栄する共存関係にある存在だったか。
「ということはつまり、この時代におけるロボットって……人類の敵なの?」
「一概にはそうと言えませんが、極めて友好ではない関係でしょう。長い歴史の中には人類はマシーナリーの支配下に置かれた時代もございます」
それは俺が一番よく知っていることだ。
「ん? でも、この『ノア』のマザーノアは……ロボット、ではないの?」
「概念が違いますね。マザーノア様はコンピュータです。それは人間の脳を指して人間である、というのと同じようなものです。おそらくナモミ様が考えているロボットとは異なるでしょう」
人を人類と呼んでも人間と呼んでも大差はない。同じようにロボットをマキナと呼ぼうがマシーナリーと呼ぼうが変わらない。が、さすがにコンピュータをロボットと呼ぶのは違うだろうな。
「うぅぅ……、なんかあたしの中での常識が歪んだり崩れたり激しいことになってるんだけどぉ……もぅ頭いたぁい……」
「まあま、ナモナモも深いこと気にせんでもええんよ」
ぽんぽん、とキャナが幼児をあやすみたいに優しくなでる。
「これらの話を集約し、改めてナモミ様の疑問に回答いたしますと、この『ノア』には我々の支援に協力的なロボット、マシーナリーは居住しておりません」
調べ上げた知識をまとめ上げる。
確かにロボットが協力的な存在であるならばこれ以上心強いことはないだろう。
だが、あいにくと俺の時代でも、はたまた何十億年後となった現代でも、ロボットという存在は非友好的なもので変わらないらしい。
「……ところで、ロボ……マシーナリーは存在しているの? 『ノア』の外でも」
「ええ、もちろんです。人類は我々だけですが、マシーナリーの居住しているコロニーは健在です」
「まあ、コンタクトせえへん方がええやろなぁ~……」
それは俺も同意見だ。厄介ごとを抱え込むのは得策ではないからな。
「友好関係になる、って無理なのかな」
また少し、シンと静まり返る。
今までの話を聞いて、その結論が出てきたのだろうか。
「あ、いや、ごめん……またヘンなこと言っちゃったかも」
「『ノア』の近くにもマシーナリーの居住するコロニーはあります。コンタクトをとることも不可能ではありません。ですが友好関係に、となると難しいでしょう」
「……だよね」
「しかし交渉をするくらいならあるいは……」
「プ、プニちゃん……?」
「我々は人類ではあります。敵対関係であった過去もあり、友好的ではない平行線の歴史を続けてきました。ですが、それは我々の話ではありません」
いや、それは滅茶苦茶関係のある話なのだが。
「人類繁栄のために、人類生存の確率を少しでも高めるために、検討すべき事項かもしれません」
「うちは反対やわぁ……ちょっとそういうのは……」
「確かに今、俺たちはかなりの少数と言わざるを得ない。技術力面で見ても、あまりにも心もとない。今日もそれを感じていたところはある。ただでさえ、こんな状況下だ。非友好的な存在はない方がいいだろうな」
かつて人類が絶滅の危機にさらされた沈黙の時代ではまだ人類は宇宙に数多く存在していたが、今の俺たちはこの場でたったの四人だ。
敵対関係にある勢力なんてあればひとたまりもない。それはあまりにも明白だ。
「ゼク……」
「だが、まあ、なんというか……交渉、か。それが決裂したときのリスクも考えるとあまり利口な判断には思えないな」
「どっちやねん……っ」
優柔不断ですまない。どちらかといえば俺も当然反対派だ。
「ゼックン、シングルナンバーなんやろ?」
それを言われるととても辛いところだな。
「ごめん、本当にごめん。あたし、分からないことばかりでさ、何を聞いていいのかも分からないんだけど、今もう一つ聞いてもいい?」
「なんでしょう、ナモミ様」
「ゼクの、そのシングルナンバーって何? ずっと気になってたんだけど」
そういえば一度も言ってなかったか。
一応初対面のときに紹介したつもりではいたが、そもそもナモミには意味が分かっていなかったか。
「ええんやでナモナモ。何でも聞いたってや」
またなでなで、なでなでと我が子を可愛がる母親のように優しくなでる。
「シングルナンバーゆうのは昔、人類がメカニシアンの支配下に置かれることになったとき、奴隷の識別番号を振られた最初の世代のことや」
「え? 奴隷?」
「この識別番号をコードという。この制度が生まれたのも、俺の時代からだ」
今さら自分の口で説明すまいと思っていたが、言わざるを得ないか。
「ナモミには前に少し言ったと思うが……俺は軍事のために人為的に生産された人間なんだ。戦争のための道具だった」
一時は製造工場の中で作られた人間だけに振られるものだったが、後に奴隷でもない一般人さえもコードを付与される制度が作られて、以降はダブルナンバー、トリオンナンバーと増えていき……、まあその辺の話はいいか。
「機械民族に仕えるために作り出された奴隷兵士。それが俺だ」
「じゃ、じゃあ……戦争っていうのは……?」
「ああ、機械民族同士の抗争が主だな。そのために人類は俺みたいな兵士を量産してロボットに提供していたわけだ。生産効率がよかったしな」
「せやからゼックン、メカニシアンとの交渉なんて無理やん。どう考えても無理に決まってるやん」
確かにそうだな。俺は、俺の世代は使い捨ての兵器として扱われてきた。
くだらない戦争に引っ張り出されては、次々いなくなっていく仲間を戦場に置き去りにして、補充されていく新しい仲間と共にまたくだらない戦争へ、と。
正直、俺も安っぽく死んでいくものだと思っていた。
最期に赴いた戦場で、不利な状況、窮地に追い込まれて、死を覚悟して、ネクロダストに入ったんだ。
このまま目覚めることもなく、誰にも必要とされることもなく、宇宙の何処かを漂う死んだゴミとして歴史からも葬り去れるものだと思っていた。
まさかそんな俺が人類の繁栄のために生きることになろうとは、少々皮肉がキツいところがあるな。
「なあ、ゼックンは結局どっちなん?」
散々俺を、俺たちを使い捨ての道具としてこき使ってきた機械民族と、少しでも友好的な関係を築くための交渉、か。
そんなもん、俺から言わしてみれば反対だ。明瞭に答えられるはずだ。
だが俺は。