ロボットは、いないの? (3)
「えっと、も、もうちょっとはっきり」
「それまで地球に住んでいた人類が宇宙に飛び立ったんだ。無数に打ち上げたコロニーの居住区もスペースが足りないし、生活環境の問題が山積みで、ただただ暮らしていくだけが精一杯だったとか」
「生活に適さない過酷な環境と化した地球でも生まれ育った土地を離れたくない人々もいて、移住計画も相当頓挫していたとも聞きます」
「なんかものっそい面倒なことばっかりになっちゃって、まさに生きるので精一杯、っていう感じだったらしいで」
「うわぁ……ちょっと想像できないな」
「いくら人類は知恵を持っているとはいえ、新しい宇宙開発に臨めるのはほんの一握り。残りは地球の環境に依存したものばかりで酷い膠着状態。働かないのではなく働けない人類が多くを占めていたわけだからな」
例えば農民。畑などがなければどうにもならないのに、まずコロニー内に設けられた農場など如何に広くても僅かなものだ。仕事の取り合いも絶えない。
生産業などは大体似たようなもの。
工場だってコロニー内で作られていたが、整備や維持の問題ばかりで劣悪な環境。にも関わらず、求人はパンクするほどに多く、人材の選出もできない惨状だった、というのも俺の時代まで語り継がれた話だ。
「多くの民衆が沈黙した時代、だからサイレント・エイジと呼ばれていたのです」
「人類は宇宙のクズになる~、って感じで、危うく人類滅亡しかけたんよね」
軽く言ってのけるが、よくもまあ、過去の人類は滅亡の危機を脱したものだ。まさか人類が繁栄しすぎた結果、滅亡しかけるなどとは皮肉にもほどがある。
歴史の文献を見ても、たまに天才が生まれて革新的に宇宙開発が進んでも、天才がいなくなればまた劣悪な状況に陥り、その繰り返し。
それが何億年も続いたというのは本当の話なのかどうかは残されたデータしか知らない俺には分からないが、現実のものと考えると、想像絶する過酷な時代もあったものだなと身震いする。
地球に代わる星を探し求めて成果の得られない旅を生涯続けたという話もある。元々地球という環境があまりにも恵まれすぎて似たような環境を見つけることも、また作ることも適わなかったらしい。
ちなみに、人類が地球に住んでいた時代は大地の時代と呼ばれているが、まあこれについては今はどうでもいいか。
「俺の時代はそういう時代も終えて当時ほど酷い混乱はなかったが、それでも争いごとは絶えなかったな。下手したら俺の時代でも人類は滅亡していたかもしれん」
「人類って一体何回滅亡しかけてるのよ……」
「そらまぁ何回もやなぁ。地球にいた頃から大きな戦争で滅亡しかけたいうやん」
数え切れないくらい滅亡しかけていることは確かだ。
そして、今もまさに滅亡しかけている状態であることも確かだ。
こうまでくるともう滅亡してもいいんじゃないか? 人類。
「我々はそんな人類の歴史の先に今、生きているのですから、この命を絶やすわけにはいきません」
「せやから、いっぱいえっちしような、ゼックン」
その帰結の仕方はどうなんだ。
結局のところ、人類は容易く絶やしてはならないらしい。それはまあそうだが。
「人類を増やすことも大事なんだろうけど、……やっぱり今のこれだけの人員だと何だか心もとないわね」
それもごもっともだ。
今日みたいなメンテナンス一つにしてもなかなか手間が掛かってしまう。
「でも食べることも、寝ることも、全部保障されているのに絶滅だなんて言ってたらそのサイレントエイジを生き抜いてきた人類には申し訳ないか」
「私のクローンももういませんし、ネクロダストで現在近々蘇生の見込みのある人もいませんからそこはどうしようもありませんね」
人手が足りないことを嘆いていても仕方ない。
ないものねだりにしかならないからな。
「ロボットは、いないの?」
「え?」
「あ?」
「ほえ?」
俺を含めた三者三様、思考が凍結したかのような錯覚に陥ったと思う。
「な、なに……? なんかあたし、今ヘンなこと言った?」
なんだ、またジェネレーションギャップというヤツか?
ナモミは自分の言った言葉の意味を理解できていないのか?
「ナモナモ……、それは……、ええと」
あのキャナが言葉を詰まらせている。
「ナモミ様、今の言葉は一体どういうおつもりなのでしょうか?」
「へ? いや、どういうつもりかって……」
どうもこのおどおどとした態度を見る限りではその言葉が意味することを分かっていないらしい。
「これだけ文明が発達したんだったら、ロボットも進化しているんだろうなって」
ああと、歴史の勉強を思い出そう。
ええと、七十億年くらい昔を掘り返そう。
ナモミがとどのつまり言いたいことを理解しよう。
なんか、隣に立っているプニカも手元の端末を使って物凄い勢いで情報検索を行っているようだし。
「なんか、言っちゃまずかったこと……?」
「いや、ナモミの言うロボットというものの認識が少し、ズレているようだ」
「ナモミ様。失礼いたしました。説明いたします」
情報収集が完了したのか、プニカが宙にモニターを出力する。
「そうですね、ロボットの起源についてですが、元々は人類の支援するために開発された機械の一種だった説がありました」
「説……?」
「当時のロボットは自律思考型ではないものが大半だったそうですね」
「ええ、まあ」
そうだったのか。
「ですが、もう何十億年も、といいますか人類が地球にいた時代で既にロボットは人類の下を離れてしまいました。自律思考を獲得したロボットは人類とは別の存在となってしまった、という言い方をすれば分かりやすいでしょうか」
「自立していっちゃったんだ」
「呼称も変わっており、機械民族、マキナ、メカニシアンと様々ですが、私の持っているデータでは現在ロボットの呼称はマシーナリーが一般的のようです」
今はマキナじゃなかったのか。
「そして、一時は人類とロボットは共存関係にありましたが、それが決裂する日が訪れました。人類とロボットによる戦争が行われるようになったのです」
「え……? ロボット三原則は?」
ナモミがよく分からないことを口走るが、プニカは言葉を続ける。
「端的に申し上げますと人類はロボ……マシーナリーに降伏しました」
それはあまりにも端的すぎやしないか?
まあ、俺の知っている知識と合致してきたから概ねそんな感じなのだろう。
限界の多い人類たちが、機械の身を持つ相手に敵うはずもない。