ロボットは、いないの?
「ここか……、ナモミ」
「う、うん……そこよ」
「よし、じゃ、じゃあ入れるぞ」
「そのまま奥までいって……、痛っ!」
「す、すまん。だ、大丈夫か?」
「……もうちょっと優しくしてよ」
薄暗い空間、ナモミと身体を合わせるようにして、俺はそこで横になっていた。
吐息がかかりそうなくらい、ほとんど密着した状態。あまりにもデリケートな作業に、少々難航気味だ。
「ゼクラ様、ナモミ様。そちらの状態はいかがでしょうか?」
「ああ、なんとかプラグの接続は上手くいったみたいだ」
「痛たた……ちょっとゼク、ここ狭いんだからあまり動かないでってば」
「ああ、悪い」
かさばっていた手元の工具箱を、極めて狭いパイプとパイプの隙間から腕を伸ばして外へと逃がす。なんだってこんなにパイプが密集しているのか。
早いところこんなところから出ないと身体がカチカチになってしまいそうだ。既に作業も大分長引いてきている。もう腕や肩がミシミシいっている。
「あー、もう。やっと終わったぁ」
解放されたかのように、ナモミがぼやく。
「プニちゃ~ん、こっちもでけたで。カンペキや」
向こうに見えるこちらと同じくらい密集しているパイプの中からキャナの声が聞こえる。
確か向こうの方が数も多く、大変そうだと思っていたが、まさか大体同じくらいのタイミングで作業を終えてしまうとは。さすがはサイコスタント。
工具を自在に扱うことができれば、あっという間なのか。こっちは二人がかりだというのに。
「ほらゼク、出てってよ。こっちつっかえてるんだから」
「ああ、分かってる分かってる。動きづらいんだよ、ここ」
まるで行く手を阻む格子のように縦横無尽で幾重にも重なる幾つものパイプの中、身体をねじって隙間からひねりだすように脱出する。
そのすぐ後ろからナモミもついてくる。
「これ一人でやった方が早かったんじゃないの?」
まだナモミがぐちぐち言ってくる。
「あいにく俺の腕は伸びないし、裏側を見通せるような目も持っていないんだよ」
工具の数も尋常じゃない。パーツ単位で対応するものが違う。その上使い方もまたものによって違う。操作方法一つ覚えるのも一苦労。
とてもじゃないが、一人でできるような作業ではない。
それにしたって、おかしな機構をしている。部品から構造何から何まで。俺の時代では考えられないオーバーテクノロジーの塊にしか見えない。
これを作った輩はどのような設計図を用いて、どのような工具を使って製作に挑んだのか。一つ一つの仕組みも、実際に中に入った俺でも細かいところはよく分からない。
こんなパイプを大量に束ねる必要性があったのだろうか。そしてその中の方に機材の類をまとめてあるのもなかなかいやらしいものだ。
どう考えても人間がメンテナンスするような構造をしていないし、もう少しそういう面での効率化を図るべきだと思うのだが、俺はこの手のものは素人中の素人。
きっと俺には考え付かないような意図や技術が組み合わさっているに違いない。
「一先ずはこれにて今回のメンテナンスは完了ですね。ゼクラ様、ナモミ様、そしてキャナ様。お疲れ様でした」
プニカに招集をかけられて何事かと思えば『ノア』内の設備のメンテナンスを頼まれたわけだが、まあなかなか大変だった。
必要な工具や修理の手順も一通り揃っていたとはいえ、構造を把握しきれていない機械に手を加えていくのは慣れるようなものではない。
しかし、将来的にまだまだ長期的に使用される場所なのだからこういうところを怠るわけにはいかないだろう。
しかも、今回のメンテナンスはこれでほんの一部に過ぎない。
前は幾人ものプニカクローンたちがせっせと各所を回って一斉にやっていたらしいが、今は動ける人材が数人足らずという状態だ。
これからまた頻繁にメンテナンス巡りが待っていると思うと、それだけで肩と腰が悲鳴をあげてきそうだ。
「はふぅ……」
ナモミがぼんやりとした顔でこちらを見ている。といっても、あの表情では向こうはほとんど無意識に近い状態なのだろうが。
それは疲労とはまた違う。
ついこの間の一件から、どうもナモミはふとするとこちらを意識するかのように見ていることが多くなった。ハッと目が合うとすぐに逸らすのだが、その様子を見て、何の問題もないという判断には至らない。
あのとき、ナモミはこう言った。
『子供、つくろっか?』
と。
別段、何か問題のある言葉ではないはずだ。
今、俺やナモミがこのコロニーで生活している目的はそこに集約している。
あえて口にするまでもない程度の言葉だ。
だが、おそらくだが、コロニー内に生存している人類の中で最も子作りに対して前向きに検討していないのはナモミだったはずだ。
そのナモミからその言葉をダイレクトに言われるとは思わなかった。
そのときの俺はそっけなく「ああ」とだけ答えたが、それが正解だったのか不正解だったのかその答えは今に至っても分からない。
それから、何をしたわけでもない。
何もなかった。
あまりにも他愛もない、何のこともない、脈絡もない言葉に濁されていき、ナモミは俺の部屋から出て行った。ナモミのあの言葉の真意はなんだったのか。聞き返すこともできなかった。
ただ、それからというもの、時折ナモミは電源が接触不良を起こしたかのように途切れ途切れ、今のように意識が飛ぶようになった。
あれでいて本人はいつものように、普段通りを振舞っているつもりらしい。
間違いなく分かることは、ナモミは俺のことを意識している。ただ、それが何処までのことを汲んでいるのかまでは俺には分からない。
突然恋愛感情が胸の奥から弾けんばかりに溢れ出して、子作りしたいという気持ちが湧き出してきたのか、それとも自分の置かれた立場に何かしら複雑な心境を抱き、子作りをしなければならないという焦燥感に駆られているのか。
思考回路を解析する装置はこの場にはない。どのような思惑、どのような感情かを分析するような装置もあいにくながら用意していない。
人間の感情を一寸も違いなく、明確に算出できるような機械でもあるならば欲しいところだ。
「はふぅ……」
そうやって変にアンニュイオーラを駄々漏れにしているからか、向かいにいるキャナの微笑ましい笑顔がいやに突き刺さってくる。
あの顔は色々と把握しつつ、色々と誤解している、そんな女の目だ。
この後に質問攻めの覚悟を決めなければならない。