こんな奴と子作りしろっての?
※Two billion years later
何処とも分からない宇宙の果てに、そのコロニーは漂うように存在していた。
人類の居住用として製造されたコロニー『ノア』。外観は銀色に光るタマゴのような形をしており、あたかも銀河を往く彗星のようにも見えた。
人類が生活する上で不自由しない程度の施設を揃えてあったが、構造的な欠陥があり、耐用年数が想定していた期間よりも短いことが発覚し、居住に適さない場所とみなされ、本来の用途として使われることはなかった。
遡ること数百年前、クローン法の改正によって処分されることが決まったクローン個体の保管場所としてコロニー『ノア』に白羽の矢が立ち、長い年月をスリープしたまま、いつか回収される時を待たされることになる。
ところが、その時は訪れることはなかった。
機械民族によって、多くの人類は滅ぼされてしまったから。
その発端の、そのまた発端は、さらに遡ること数十億年前。
かつて、人類は機械民族により奴隷兵器として進化させられ、戦争の道具として使われてきた時代があった。戦争が苛烈になっていくにつれて、より遺伝子改造による進化が続き、果ては最終進化形態と呼ばれるほどにまで至った。
その結果、強大になりすぎた力を持て余し、言葉通りに大量処分させられることになる。その反響は大きく、人類側でも機械民族側でも大きな反発を生み、新たな戦争が巻き起こってしまったほど。
人類が機械民族に匹敵するほどの能力を欲したのは必然だった。
長い歴史を経て、人類は超能力を人為的に発現する術にたどり着く。
それが、事の発端になる。
超能力者が軍事利用のために量産化され、いよいよ機械民族との戦争に終結しようとした、そのことが全てのきっかけだった。もう二度と人類に対立することのないように、機械民族は人類を滅ぼすことを決行したのだ。
人類が居住しているであろう渡航領域の大部分に意図的に恒星を生成し、連続的な超新星爆発を引き起こし、逃げる間もなく、多くの人類は消えてなくなった。
コロニー『ノア』がその大爆発から逃れたのは偶然でもあり、ある種の必然だったともいえるのかもしれない。欠陥構造により誰も居住していないコロニーは、忘れ去られ宇宙の果てへと追いやられていたのだから。
そうして、宇宙から人類の滅亡という事象が轟き渡るようになった頃、その情報は奇しくもコロニー『ノア』にも届くことになる。
人類が居住するためを目的としていたこのコロニーには人類など誰一人生活していなかったが、コンピュータだけは正常に生きていた。そしてそのコンピュータは観測と計測を行い、理解と把握し、結論を弾き出した。
人類のために造られたコロニーのコンピュータは、人類の繁栄を促進するべく、自分の中に眠り続けていたクローン個体を覚醒させることにしたのだ。
それは奇妙な自我の目覚めとも言えた。
コンピュータはクローン個体たちの司令塔となり、人類の繁栄を命じる。
ただし、極めて頓挫する事態となる。
クローン個体は全て女性、雌個体だったためだ。
遺伝子改造によって性別を変質させたり、個体の細胞から培養して新たなるクローンを製造させたりなどといった手段も考えられたが、『ノア』は元より人類の居住を目的として製造されたコロニーであり、それを実現に至る施設が存在しなかった。
もはや詰みの状態ともいえるその状況から人類の繁栄のために導き出された答えは、ネクロダストの回収だった。
このネクロダストとは、死体を収容または処分するための用途として使われるカプセルの総称。中には蘇生が可能な状態で保存されている場合もあり、最後の希望として、コンピュータはネクロダストから人類を蘇生させるという選択肢をとる。
それから、数百年。
コロニー『ノア』の中枢で、数百年の年月の間にたった一人となってしまったクローン個体が目を覚ます。
発育の心もとない幼い印象を与える容姿をした少女が、立ち上がる。
頭に取り付けられていた装置からデータを直接転送され、自分の置かれた状況をその場で理解する。
『おはようございます、最後の人類よ。あなたがこのコロニーの管理者です』
何処からともなく、寝起き間もないポーッとした少女に向けて声を掛ける。
かなり重要と思われる突拍子もない発言を臆面もせず、言い放っていた。
それは、このコロニー『ノア』の中枢を担っているマザーコンピュータそのものだった。名称はそのコロニーがとられ、マザーノアと総称されている。
「おはようございます、マザーノア様」
最後の人類と呼ばれた少女が表情一つ変えることなく返事をする。
『確認します。あなたは何者かを答えなさい』
何とも感情の伴わない声で、マザーノアが問う。
「私は、Punica-KCMPIZ091-1。プニカ・ブランフォードのクローン個体です」
たった今、目覚めたばかりで、クローンとしては誕生したばかりともいえる真っ新な状態だったクローン個体こと、プニカは全てを把握した面持ちで毅然と答える。
「私の任務は、人類を繁栄させること」
『データの移行が正常になされたことを確認いたしました。これより貴女には最初の仕事として、蘇生の完了したネクロダストの開封を行っていただきます』
マザーノアがそういうと、空中、何処からともなくディスプレイがふわりと出現し、コロニー『ノア』内の構造マップが細かく展開されていく。
リフレッシュルームと表記された場所のうち、二つ分の部屋が点滅していた。おそらくはそこが目的地であることを示唆しているのだろう。
『順番は貴女の任意で構いません。収容されている者のデータについては不明瞭な点があります。健康状態以外は個別で解析または直接の質問により確認してください』
「分かりました」
飄々とした表情の変わらない顔で、プニカは返答する。
速やかに目の前のディスプレイを触れると、そこからさらなるデータが展開されてくる。どうやらネクロダストの片方は男性、そしてもう片方は女性らしい。
人類にとって、あるいはプニカにとって非常に都合が良いといえた。
何故なら男性が存在するということは即ち、生殖行為によって子を成すことができるから。人類を繁栄するという目的ではこの上なく好都合だろう。