遺せたもの (3)
「まあいい、アイツの遺したものだ。ありがたく利用させてもらうさ」
ザンカからそのデータを受け取り、そして記憶する。材料に関しては少々骨は折れるかもしれないが、設計図さえあれば流石の俺でも造れるだろう。
「それを受け取ったからには、ゼクラさんにも頑張ってもらわないといけませんね」
「ん、どういう意味だ?」
「最近またえらくふさぎ込んでいるようですけどね、いつまでもくよくよと引きずってばかりじゃ我々も困るということですよ」
これは気を遣われているのだろうか。確かに、ここのところはそういう意味で気分が優れないのも事実だし、言い返す言葉もない。
「どうせ死ぬからなんて捨て鉢の考え方。ゼクラさんには止めてもらいたいですね」
「……まあ、そうだな」
俺の知らない未来では、俺はとっくに死んでいたらしいし、ゾッカによって切り開かれた俺の生きている未来を、無碍にするのも寝覚めが悪い。
「ジニアさんもズーカイさんも、心配しているんですよ。あなたのそういうところ」
「悪かったな、色々と心配掛けさせてしまって」
これからの俺に残された未来は短く、少ないだろう。だが、それはけして何もできないほどのものなんかではないはずだ。
ゾッカがやったように、俺にも世界を変える何かができるかもしれない。アイツが遺してくれたZeusもあるのだから。
「まったく……我々の『サジタリウス』号ではゼクラさんだけが頼りなんですから。必要以上に気負いすぎるのは勘弁願いますよ」
そうやって俺に責任感を突き詰めるのも要因の一つなんじゃないのか、とは思ったがここはあえて言わないでおこう。
「やれやれ……、補充要員申請を出した方がいいんじゃないのか?」
流石にゾッカが欠けた穴も無視できまい。
「ぁー……、そのことなんですが」
「なんだ、何か問題でもあるのか?」
「ええ、例の解放に関わる話ですよ」
解放。それはつまりシングルナンバーの解雇問題。使い捨て兵器である俺たちシングルナンバーたちは、用が足りなくなれば排除される。
兵器が兵器として扱えないのであれば、残念ながら当然の判断と言えよう。
初期のナンバーであれば、それこそ生きている死体のような惨状だった記録が残されている。死んでいないだけマシだったように捉える声もあるが、俺には死んでいた方がマシだったとさえ思えるほどの凄惨さだった。
現在のナンバーは生活にそこまでの支障がない程度でも解放されているという話はよく聞かされているが、それが全てではないことも事実だろう。
「シングルナンバーの製造が、既に停止されているということをご存じですか?」
「『セレーネ』でそんなニュースを目にしたな」
あのときは騒動のこともあり片っ端から情報をかき集めていたからあまりそこまで深くは気に留めていなかったが、かなり重大な話だろう。
シングルナンバーは、遺伝子改造により生産される人間型の兵器。機械民族の都合によって量産される命だった。コードZを終わりのナンバーとし、俺より次の世代は存在していない。
事実上存在しているのは、ダブルナンバーやトリオンナンバーといった世代。それらは兵器や奴隷などではなく、一般的な人類に付与された認証コードだ。
人類最終進化形態と言われたコードZの製造が停止した。それが意味することは、俺たちが必要なくなったことと同義だ。
「今、急速にシングルナンバーの解放が進んでいるのが現状です」
「戦争が終わるのか?」
「それは我々には分かりません。ですが、明確な情報があります。一部のシングルナンバー、コードZの存在によって従来までにない飛躍的な戦況の変化がもたらされていると」
「つまり?」
「コードZは機械民族ですら取り扱いが困る存在。そう認知され始めているということですよ」
何かの冗談のような話だな。
「一部のコードZ、ね……」
それが思い当たらないわけでもない。
「我々のことですよ」
「それは、確定事項なのか?」
「惑星の破壊者が率いるコードZの集団。こっそり解析してみた結果、公的資料にはそのようになっていました。コードZは多く存在していますが、そのような呼び名を付けられているのはあなただけですよ、ゼクラさん」
本当に、悪い冗談みたいな話だ。
「幸いにも、コードZの誰が惑星の破壊者なのかまでは判明していないようですが、時間の問題かもしれませんね」
「頭が痛くなりそうだ。それは判明したらまずいんじゃないか?」
「コードZは多く存在しますし、我々の戦艦よりも規模の大きい集団もまたしかり。今のところ少数精鋭で動いている我々はとりあえず候補から除外されてるようです。しかしまあ、確かに、このことは不都合であることは間違いないでしょうね」
「まさか、補充要員申請の問題ってこのことか?」
「ええ。どうやら、解放に至っている経緯は我々の想像しているものとは違う意図がある可能性が考えられます。端的に言えば、戦力の削減といったところでしょうか」
シングルナンバーは、機械民族にとって奴隷という立場にある人類だ。それが目を見張るほどの活躍を見せ、目障りな状況となりつつある。
力を持つ奴隷が何を引き起こすのか。それを機械民族が理解できないはずもない。
「不用意に戦力を補充することは即ち、上から警戒されるということです。特に現状は惑星の破壊者探しにも躍起になっているようですしね」
「勝手にそう呼ばれているだけじゃないか。中には俺以外の活躍もそのように呼ばれていることもあるだろう」
「そうですね。自ら惑星の破壊者を名乗るコードZも実際にあったそうです。別に戦場で活躍することは我々の専売特許でもありませんし」
「だったら俺に限った話じゃ――」
「惑星の破壊者は、あなたです。誇りに思うところですよ、ここは」
勘弁してほしい。その名で呼ばれることは俺としても好ましくない。
というか、正直言って恥ずかしいことこの上ない。
一体、何処の誰が呼び始めたんだ。
「まあ、いずれにせよ、そういうことです。警戒対象になるわけにもいきませんし、この複雑な状況からさらなる厄介ごとを背負いこむのは勘弁願いたいですから」
機械民族から目をつけられている。俺は俺が思うより複雑な立場だったようだ。