遺せたもの (2)
それは、心ここにあらずというのが正しいだろうか。
研究施設の敷地内に停泊させた『サジタリウス』号の中に残り、無機質な自室で特に何をするわけでもない時間が延々と過ぎるのを待っていた。
大きな任務を一つ終えた後など、割とこのような感じだ。もう間もなくすれば次の任務が飛び込んできて、動かざるを得なくなるだろう。
それまでは、この何とも言えない無気力感、脱力感に苛まれるしかない。
今回は命がけで遂行した任務だったと思う。それはいつもと変わらない。
結果がどんな影響を残せたのか分からない。これもやはりいつもと同じ。
思い起こすと、不意に疑問が沸いてきて止まらない。
はたして、今回の任務で俺たちは何をしてきたのだろう。
一体何を遺せてきたのだろうか。
奇しくも、ゾッカの行動によって、俺は生き延びる未来を歩んでいる。そういう意味ではゾッカによって俺の延命という結果が遺されたといえるのかもしれない。
俺なんかが遺ってどうするんだ。未だにそう思う。
ゾッカがいなくなってしまったことは、正味な話、俺たちにとってかなりの痛手なのだが、ゾッカがいなくなることによってこの世界に変革が起きて、俺の延命という未来に集約されたと考えると、正解が分からないものだ。
その対象がジニアやザンカ、ズーカイであったとしても同じこと。
そもそも、その観測された未来とやらがどのような歯車の噛み合いで動いていたかなどゾッカにしか分かりようのない話で、仮にもっと違った未来もあったとしても、それを選択する手段もなかっただろう。
ゾッカは何を思って俺たちの前から姿を消してしまったのやら。
とっとと元の世界に戻れてせいせいしているのか。それともようやくして元の世界に戻れることができて安堵しているのか。あるいは、この世界からいなくなってしまうことを後悔しつつ去っていったのか。
はたまた、実は元の世界には戻れていなくて、また違う世界を彷徨っている可能性すらあるわけだが。
とかく、ゾッカが俺たちの仲間であったことは否定しようのない事実だ。
シングルナンバーという同じ境遇で繋がった者同士ではなかったとしても、共に過ごしてきた日々が偽物なんかであるはずがない。
俺たちの前からいなくなることを決めたとき、きっと深く悩んだのだろう。今となってはやはり証明しようのないことだが、不思議と確信できてしまえる。
ゾッカが消える直前。惑星『セレーネ』の都市、ヘルサの中枢に位置するタワーにて、アイツはこれまで隠してきた己の素顔を晒してみせた。
あれはただ単に機械民族に感知されないためにコードの付与されていた機械の半身を剥がしただけとも言えるのかもしれないが、もしそれだけが理由だとするならば、あえてわざわざ俺の前に姿を現す必要がない。
第一、そのときまではコードによる検知が重視されていて目視での監視されていなかったから察知されていなかっただけのことで、いざ機械民族に位置を捕捉されたらまるで無意味だ。実際にタワーの爆破直後には機械民族に見つかっていたし。
別れの間際だからこそ、最後の最後に本当の自身を見せてくれたと考えるのが妥当に思える。アイツはちゃんと仲間だったんだって実感するには十分だ。
だからこそだろうか。
今、俺がこうして生きていることに引け目を感じてしまうのは。
自分でも分かっていることなんだ。俺の寿命が残り短いということを。
ゾッカの言うところの時空の歪みによって俺が死ぬ運命にあった未来は書き換えられたが、正しく修正された今も尚、俺の未来は死に近いところにある。
永遠の命を持たない限りは、所詮、死なんていつか必ず訪れるもの。せいぜいそれが早いか遅いかくらいの違いしかない。
何の意味がなかったなんてことはないだろうが、それでもやはりゾッカの託してくれた俺の細やかな延命にどれほどの価値があるのか、疑問を感じずにはいられまい。
俺は、これから先の僅かな時間で、何かを遺すことはできるのだろうか。
ゾッカとは違う形で、何かを為しえることはできるのだろうか。
考えれば考えるほどに、自分自身が途方もなく無力に感じてしまう。
なんと滑稽なことだろう。
これまで数え切れないほどの戦場を潜り抜けてきたシングルナンバーにしてコードZ。人類の最終進化形態であり、惑星の破壊者とまで呼ばれたこの俺が無力とは。
なんと滑稽極まりないことだろう。
「ゼクラさん、まだ寝ているんですか?」
不意に俺の部屋に堂々と侵入してきたのはザンカだった。俺の記憶では確かにロックは掛けてあったはずなのだが、その効果が発揮された試しはない。
「なんだ、何か用でもあるのか?」
「ああ、起きてたんですね。いえ、ちょっとこれをお渡ししようと思いまして」
そういってザンカが差し出してきたのは、データの集積されたものだった。見た目は手のひらに収まる程度のボール。端末か何かに記録させることもでき、基本的にはディスプレイなどで閲覧するために存在するものだ。
「なんだ、そのデータは」
「Zeusの設計図です。色々と漁ってたら見つかりました。といいますか、明らかに見つけてくれって感じでゾッカさんの部屋にありました。確認してみた感じ、かなりいい具合に仕上がってるみたいですよ。ジニアさんもビックリしてたくらいで」
Zeusか。元々の発案者はゾッカ。そこにこの世界の知恵を統括して完成させられた兵器。コードZと機械民族の英知の結晶ともいえる代物。
これまでも何度もゾッカには改良を頼んでいた。
今となってはもはや、ゾッカの遺品か。
「設計図だけなのか」
旧バージョンながら完成品自体は俺の手元にあるから困ることはないだろうが。
「ええ、ちょっと高度な部品が必要でしてね。ここいらで調達できるようなレベルじゃなかったものらしくて。オメガチタニウム鉱の加工パーツとか、機械民族くらいしか加工申請下りないようなものも必要なんですよ」
「アイツも随分と気合いの入ったものを作ったんだな」
「圧縮原子機構のプレートカートリッジなんてどうやって手に入れろっていうんでしょうね。机上の空論といいますか何といいますか」
さすがは異世界の知識を持った技師だ。まさに言葉通りに規格が違う。