遺せたもの
「ゼクラさん、見えてきました。あれが今回の任務の終着点です」
ズーカイがディスプレイに出力する。
そこには宝石のように白く美しい惑星が映し出されていた。どう見ても自然惑星ではない。またしても機械民族によって作り出された惑星なのだろう。
何にせよ、流星の如く宙を走る、我らが戦艦『サジタリウス』号は、十分な整備の甲斐もあって、無事に長い旅路に終止符を打とうとしていた。
惑星『セレーネ』での奇妙な一件があって以来、拍子抜けするほどに敵対組織との交戦が減り、想像していたよりも呆気ない幕切れだったように思う。
誰もゾッカのことを引きずっていないのかと言えば、それは勿論ウソになる。
とはいえ、ゾッカはゾッカなりの思惑があったことも理解しているし、何より結果論ながら誰かを裏切ったわけでもない。むしろ、仲間のためを思って身を賭した。
納得しようがしまいが、そこだけは揺るがない。
「ようやく終わるんだな。なんだか長い任務だった気がするぜ。へっへっへ」
ジニアが愉快そうに笑ってみせる。その顔つきは心なしか疲弊に陰っていた。
「ザンカ、最終確認だ。ネクロダストの状態は?」
「損壊や損傷なし。極めて良好です」
なんだかんだ色々とあった旅路ではあったが、護衛対象である古の王妃は言葉通りに死守できたようだ。
これで中身が腐敗していたなどと言われたら目も当てられないが、そもそも最初から中身を見る権利のない俺たちには知りようのない話。
無論、ある程度の措置はとっているが、そればかりは運に頼る他あるまい。
そうこうしているうちに、目の前の惑星から無数の艦隊が出現する。出現するというのも奇妙な表現だが、言葉通りに空間から現れ出てきたので間違いはない。
構える必要がないことは直ぐに理解できた。瞬く間に『サジタリウス』号を取り囲み、四方八方からスキャニングの幕で覆い尽くしていく。
『認証完了。任務ご苦労だった』
コクピット正面のディスプレイに上官らしき機械民族が映し出される。今回の護衛任務の総責任者だ。
俺たちは合わせて敬礼した。
『これよりネクロダストを回収する。入星申請』
一声で認証があっという間に済まされていく。気付いたときには既に全てのことが完了していた。さすがに段取りは早い。
余韻というものなど感じる余裕もなく、何の感慨もないまま俺たちを乗せた『サジタリウス』号は惑星へと牽引されていった。
※ ※ ※
上官率いる団体に連れていかれた場所は、どうやら研究施設のようだった。
想像を遙かに超える広大なスペースで、人類の検体と思わしきものが入ったガラスケースが床に、壁に、天井にと無数に配置されており、あたかも人間の身体によって建物が構成されているかのように思わされるほど。とんだ標本部屋だ。
人柱などとはよく言ったものだが、こうも圧巻されてしまうと言葉も出ない。一体、何万何億の人類がここに補完されているのやら。
保存する意図があるのだろう。ここは恐ろしく寒かった。防寒装備がなければたちまち全身が凍り付いてそのまま冷凍保存されてしまいそうなほどだ。
そうでなくとも、これだけの数の人類が実験材料ないし、生きているのか死んでいるのかも分からない状態で無数に保管されている光景は背筋が凍るものがある。
これだけの規模の研究施設などそう多くはないだろう。あのネクロダストもわざわざ渡航領域を超え、はるばる運んでくる必要性があったのだと納得する。
一応は人類である俺よりも、圧倒的に人類についての知識が豊富であろうことは容易に想像できた。
「施設長、例のものが来ました」
上官がその機械民族に声を掛ける。声を掛けられるまでこちらの存在を認知していなかったのか、ゆっくりとこちらに向き直る。
「こちらがそのカプセルになります」
俺は前に出て、そのカプセルをスライドさせて受け渡す。
浮遊するボール型の小さな機械民族が数体、カプセルの周囲に集まり、アームを伸ばしてガッチリと掴む。そうしてそのまま研究施設の奥の方へと運ばれていった。
散々世話を焼かされたこいつも、何処の誰だか最後まで知ることはなかったが、ここにある柱の一つになるのだろう。せめて丁重に保管されるよう祈ろう。
「素晴らしい働きっぷりだ。まさか無傷でここまで運ばれてくるとは思ってなかった。いやはや諸君の功績は高く評価しよう」
顔の部分だけが空洞になって向こう側の見えてしまう人型の機械民族が何やら興奮気味に褒めちぎってくれる。戦闘要員でもなければ司令塔という感じでもない。
施設長と呼ばれていたということはこの研究施設の責任者だろうか。このカプセルの到着を今か今かと待ちわびていたという様子だ。
「報酬はもう少し上乗せしておく。ここから先は機密事項になるため諸君らにはこれ以上の干渉する権利はないが、精一杯の歓迎はさせてもらおう。なにやら聞くところによれば想定以上に手厳しい任務だったようだからね」
褒めてくれる分には悪い気はしないが、何分、顔が全く見えないため、どういう態度で喋っているのかが今ひとつ分からない。本気で褒めているのか、皮肉を込めて言っているのか。多分前者だとは思うのだが。
眼前に広がる悪趣味な光景を目の当たりにしてしまうと、この機械民族にとって人類とは備品と同列に見えているんじゃないかとさえ思えてくる。
「そう構えることはない。楽にするといい」
思っていたよりも緊張していたのか、あるいはこの耐寒防具越しでもなお凍てつく寒さに身体が震えていたのか、ともあれ優しく対応された。
ここまで歓迎のムードも物珍しく感じる。
よほど数十億年前の人類の検体が手に入ったことが嬉しかったとみるべきか。言ってみれば研究員としての性だろうか。
正直なところ、そんなものの情報を得ることでどんな利益があるのかは分かりようもない話で、それによって飛躍的な何かを発見できるのかすらも分からない。
ひょっとすれば、何の意味もないただの古い死体だったなんてことも当然にあるわけで、俺にはそのネクロダストの価値を見いだすことはできそうになかった。
「次の指令は追って知らせる。その前に諸君らにはしばしの休暇を与えよう」
切り替わるよう上官が指揮をとった。




