閉ざされる未来 (10)
それは地下茎のように惑星『セレーネ』の内部へと伸び、枝分かれしていた先にある都市部の一つ。ヘルサの中でも比較的に中枢に近い位置に存在し、人類の居住区とは隔てられた場所であり、最も機械民族の目が光っている場所。
ここへの入場権を得るのはそこまで苦労はしなかった。それは俺がシングルナンバーであることが大体の理由で、あとはザンカが色々と手を回してくれたおかげだ。
先ほどまで滞在していたマーケットの付近とは違い、こちらの方は一層都会のように思えた。少なくとも言えることは、二足歩行で歩いているような輩を見かけない。
形状を持った機械民族さえあまり見かけないくらいだ。
おおよそが概念的な存在と化しており、俺の視界に映るのは電気信号のように縦横無尽に走り回る光の筋ばかり。とてつもなく巨大化した電子基板の中に放り込まれるとこんな感じなのかもしれない。
ジニアお手製のスコープを装着してみる。光の速さで往来しているソレらの一つ一つにコードを確認できた。これは人類のコードとは異なる。主に人類のコードは奴隷ナンバーと呼ばれている。俺たちのように管理するためのものだ。
機械民族にとってのコードは、住民票や名刺のソレと大差ない。
こうやって見渡すだけでも、そこかしこにコードが散らばっており、目まぐるしい速さで動き回っているから目先で捕捉するのさえ困難を極めた。
ただ、おそらくは俺の目的はそれらのどれにもない。
徐に、端末を操作する。瞬時にして申請が飛び、俺の目の前に突如としてパァーっと光の球が生成される。電送されてきた、というのが正しいだろうか。
ゆっくりと光が薄れていくとそこには二輪の車両が手配されていた。ズーカイ御用達の飛行タイプのものだ。Zeusがなかった頃は俺もかなりお世話になっていた。今もズーカイが『サジタリウス』号の外で遠征する際には同じ型のものを使っている。
最近はあまり使う機会もなかったのだが、久々に乗り回すとしよう。
俺は車両にまたがり、ハンドルを握る。エンジンが起動し、ホイールが高速で回転して光の輪と化す。次の瞬間には、俺の身体は車両ごと宙に浮いていた。
ヘルサ中枢の上空、というと語弊があるが、この区画内の高い位置まで飛翔する。機械民族の都会の町並みが一望できる位置だ。建造物の殆どが高層で格子状にまとまっているせいで、見晴らしそのものは良いとは言えないが、今はこれで十分。
光速で車両を走らせていると、直ぐにそれを目視できた。
天まで貫く巨大なタワー。
実際に、ここも地下なので本当に天を貫いているし、なんだったら地上の方まで続いているらしい。ザンカからもらった資料によれば、管制塔のような役割を果たしている重要な施設だそうだ。認可が下りなければ近寄るだけでも重罪を課せられる。
ジニアのスコープを使ってみても、周囲にコードは検出できない。それが当然だろう。ここには誰もいるはずがないのだから。
しかし、俺はズーカイの愛車のハンドルを切り、加速し、タワーへと近づく。
俺の目にはしっかりと映っていた。
その姿を、間違いなく確認した。
ゾッカだ。
どうしてその場所にいるかなんて、今さらどうだっていいことだ。
どうやってその場所に立っているかも、この際どうでもいい。
俺は、そのタワーに降り立った。
「俺がここにくることも、予測されていたのか? ゾッカ」
静かに佇んでいたゾッカがゆっくりとこちらに向き直る。
あまりにも不可解な状況ではあったが、それよりも何よりも奇妙な状態だった。
「予測するまでもない。ゼクラさんなら必ず来ると思っていた」
雑音のない、聞いたこともない声で喋る。
その男はゾッカで間違いはなかった。だが、半身に纏ってきた機械の身体がなかった。全身が俺と大差ない、人間そのものの容姿をしていた。
スコープ越しに覗いてみても、コードを確認することができない。
目の前にいるその男を、ゾッカであることを証明する手段が何一つない。
奇怪なものだ。こうやって当然のように対峙しているこの男を、機械民族は認識することができないのだから。
「ゾッカ、お前には聞きたいことが沢山ある」
「分かっている。私の独断は決して許されるものではないからな」
今になって、初めて見た気がする。ゾッカという男の顔を。
今になって、初めて聞いた気がする。ゾッカという男の声を。
「お前は……、俺たちと同じ、シングルナンバーじゃなかったのか」
「その通りだ。私はゼクラさんたちとは違う」
コードが検出されないということ。それが意味することは始めから持っていなかったこと以外にありえない。到底信じられることではなかった。
ずっと共に行動をしてきて、実は全く異なる存在だったなんて。
普段、半身に纏っていたあの機械の身体はコードを持っているかのように偽装するためのカモフラージュだったわけだ。すっかり騙されていた。
「仲間のフリを、していたのか……?」
「それは違う。誓って言いたい。私は身を隠す場所が欲しかっただけなんだ。私には生き抜いていかなければならない事情があった。今となっては何とも都合の悪い場所だったと思うがね」
「身を隠す? わざわざシングルナンバーを選ぶなんて」
シングルナンバーは、機械民族の奴隷だ。人類という立場で考えれば、一番危険な位置じゃないのか。生きるも死ぬも、機械民族の手のひらの上だ。
隠れ蓑にするには適していないことは明白だろう。
「それはごもっともだ。何せ私はこの世界のことをよく分かっていなかったからな」
「お前の言っている言葉は相変わらず分かりにくい。その言い方ではまるで……」
「私は、元々この世界の人間ではない。時空の隙間からこぼれてきた。そういった方が理解しやすいだろうか。本来存在すべきではないのだよ」
ある程度の予測はしていた。
おそらくゾッカは並々ならぬ境遇を持っているのだと。
いざ本人の口から違う世界の人間だと言われると、合点のいくところもあったのも事実だ。ゾッカの持つ技術力は、ジニアを凌ぐほど。それでもゾッカには著しく欠ける知識が多かった。
常識すら知らないほどの無知がどうしてそんなに優れた技術力を持っていたのか。その理由がようやくして分かった。




