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ぷらとにっく・ぎゃらくしぃ  作者: 松本まつすけ
Episode.1 Billions years later
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ねぇ、子供あと何人ほしい? (2)

「そんなに落ち込むことないよプニー。人には苦手なのがあって当然だし」


 割とプニカは苦手なものが多いような気もするが。


「赤ちゃんってほら、生後何ヶ月だと人見知りが激しくなるっていうし」


 母親に対して人見知りする赤ん坊とか聞いたことないんだが。どれだけスキンシップがない環境だとそうなってしまうのか。


 一応この赤ん坊も首が据わっている時期くらいに設定されているようだし、元気にハイハイもできているようだから生後半年以上は経っていると思われるが、それでこれはどうしたものか。


 育児放棄された設定にでもされているのだろうか。いや、だがそれだとナモミやキャナ、はたまた俺にまで懐いているということが説明できない。


「もっと、ほら、笑顔笑顔。赤ちゃんって笑顔見せると返してくれるんだよ」


「社会的微笑というものですね」


 そういえば、プニカはちゃんと笑顔を作れているのだろうか。いっそこの無愛想な顔をした赤ん坊よりも無愛想な気がする。


 思えば、機械的な世話ばかりで、感情を込めるというところが欠けていたのかもしれない。赤ん坊に優しく笑って話しかける段階から既に破綻している。


 そりゃまあ無表情で命令口調の人物を母親として認識するのは難しいところか。


「ほら、プニカ。お前の子供だ。笑いかけてあげろよ」


 少しの間。


 ()()()とは如何なるものか、みたいな思案に耽る顔だ。


「え、えへ」


 ぎこちなく、そっと唇を吊り上げる。頑張った方か。


 無表情とは呼ばせないくらいにはいい笑顔だ。日ごろからこれくらいの顔で過ごしてもらいたいところではある。


 さて、及第点スマイルの判定や如何に。プニカと向かい合わせの赤ん坊は俺の腕の中でじっとしているが。


「きゃはっ」


 どうやらお気に召したようだ。


「ほら、プニー、笑い返してくれたよ」


「は……、はい」


 こちらも、まんざらでもなさそうだ。


「ほら、抱っこしてみるか?」


「で、ですが私ではその子は……」


 まるでこれから爆発物でも運搬しようという心持の処理班のような強張った表情で固まる。そんなガチガチの状態だからこそかえって危なっかしい。


 赤ん坊としてもそんな恐い顔をした母親では不安に駆られてしまうのだろう。


「そこまで気を張らなくていいって。これはシミュレーションだろ?」


 我ながら元も子もないことを言ってしまうが、納得せざるを得ないという顔で、プニカが手を伸ばしてくる。


「ほら、笑顔だよ笑顔」


 先ほどよりかは幾分か緊張の解けた調子のようで、うっかり落っことしてしまいそうなほどの危なげなさはなさそうだ。腕の中で、赤ん坊がすっくりと収まる。


「きゃはははっ」


 上出来だよママ、とでも言わんばかりに赤ん坊が笑顔の採点を送る。


 よっぽどさっきまでのガチガチ具合が怖かったらしい。まあ、確かに少なくとも安心させてくれるような態度ではなかった。


「とても、笑っています」


 他に感想はなかったのだろうか。いや、十分な感想か。


「これでプニーもようやくお母さんだね」


 えっへっへ、と笑いながらナモミが囁くように言う。


 これはあくまでシミュレーションだ。どんなに精巧であっても、その存在はレプリカに過ぎない。だが、それでも子供をその手で世話するという経験は本物だ。


「ほら、プニカ。哺乳瓶だ。新しいのを用意しておいたぞ」


「すみません、ゼクラ様」


「ちゃうよプニちゃん、パパや」


 横入りするようにキャナが顔を出してくる。


「パパ……」


 プニカがオウム返しに呟く。そしてキャナがこっちを向きながら「せやろ?」と目で言ってくる。まあ、確かにその通りだ。


 設定上、この赤ん坊はプニカ自身が出産したものであり、父親は俺である。


 が、それを今の今まで意識していなかったのか、プニカの表情がポンと一気に茹で上がる。ついでにその真横にいたナモミまで「あ」と口の閉じ方を忘れたかのようにポカンとしている。


「旦那様なんやから、そんな仰々しくせんと、もっとアットホームにしよ。お仕事ちゃうんよ」


 シミュレーションという形式の中でやっていたからか、いっそおままごとのような感覚でこなしていたせいか、根本的な意識作りが欠落していたように思う。


 いっそあまりに精巧すぎるからこそ、「これはニセモノなんだ」という現実を頭の中で反芻していたのかもしれない。


 これは「自分の子供」という設定のものであり、「親」という役を演じて「育児」という課題をこなすものである、くらいしか認識しかできなかったのだろう。


「ほら、パパぁ、よう顔見てあげてぇ」


 キャナが甘い声を上げながら、腕の中ですやすやと眠る赤子を差し出す。ああ、そうだった。これはそういうものだった。


「目元とかパパにそっくりやろ?」


 どうなんだろうか。この赤ん坊は俺にそっくりなのだろうか。


 そんなことをぼんやりと生真面目に考えてみたが、シミュレーションなのだからむしろそっくりに整形されてて当然なのでは、という結論に行き着いた。


「あまり俺に似なくてもいいんだけどな」


「もう、パパったらぁ」


 ここまで夫婦を演じる必要性もあるのかは分からないが、人間らしい一幕を体感できるのは悪いことではないだろう。


「ねぇ、子供あと何人ほしい?」


 人類滅亡の危機から救うには一人や二人の単位では足るまい。


 十人いても足りないくらいだ。が、それを現実のものとして考えれば俺への負担もキャナへの負担もとんでもないことにはなるだろう。


「この手で足りるだけが好ましいな」


 という無難な答えに収まる。


「せやねぇ、全部の赤ちゃんに愛を注ぐのも大変やし」


「愛……か」


 別に恋や愛の存在を否定するつもりはないが、いざ言葉にすると、自分の中でのその価値の軽さが身に染みてくる。


「子供は親の愛をたくわえて育っていくんよ」


 ふわふわ笑顔を見せてはくれるが、同意の意思表示が非常に出しづらかった。


「私は親の愛というものは縁がありませんでしたね」


 ここで言い辛いことを平然と言ってのける。


 プニカのコミュニケーション能力の欠落ぶりをある意味賞賛したいところだ。キャナの顔もそりゃムスーっと亀裂が入る。


「プニーはそんなに酷い家庭環境だったの?」


「いえ、そもそも私はクローンですから、親という存在がいません。ベースとなったオリジナルにはいましたが、その記憶は私には引き継がれておりませんので」


 そういえばそうだった。

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