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ぷらとにっく・ぎゃらくしぃ  作者: 松本まつすけ
Episode.0 Sleeping beauty

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閉ざされる未来 (3)

 ※ ※ ※



 惑星『セレーネ』の地下、ヘルサの街を一人、歩いていた。人々が往来する何のことはない、ただの商店街だ。至って平和な光景が広がっている。すれ違う誰も彼もが、戦争とは無縁の世界を生きている。


 奇妙なほど疎外感に苛まれる。確信して言えることは、この平和な日常は俺には手も届かないものに違いないということだ。


 確かに今の世の中、人類の多くは機械民族に統治され、所変われば奴隷のように、所変わればペットのように、所変われば家畜のように、人類は支配下にある。それは紛れもない事実だ。


 だが、所変われば今、目の前で広がっているように、当たり前の生活を送る人々もいる。勿論、これもまた機械民族の支配下ということに変わりないのだが、それは生きることを保障された世界と言い換えることもできる。


 また、機械民族の統治の外の世界でも、これと似た光景を最近見たことは記憶に新しい。人々は、当たり前のように生きている。保障があろうと、なかろうと。


 人としての当たり前、普通の生活。ソレは一体なんだろう。


 飯が食えることか? 病気にならないことか? 武器を手に取らないことか?


 おそらくはそんなことなんかではないのだろう。


 当たり前だの、普通だのは、誰かの理想を固めただけの幻想だ。俺の思い描く日常が誰かの日常にはなりえない。


 惑星『セレーネ』も、惑星『カリスト』も、人々は当たり前に生きている。


 そうやって少しずつ、未来を紡いでいくのだろう。正しいも、間違いもない。


 生きて、何かを選択して、いずれは死ぬ。長いか、短いかだけ――。




「よう、ゼクラ。お前もマーケットに用か? へっへっへ」


 ぼんやりとしていたら、人混みの中から意表を突くように愉快そうな笑いを振りまいてソイツが現れた。我らが『サジタリウス』号のメカニック、ジニアその人だ。


「ゾッカと一緒じゃなかったのか?」


 確か、マーケットで色々なものを買いあさるようには聞いていた。半ば、ゾッカに引っ張っていくように連れていっていたはずだ。


「ああ、なんかはぐれちまったな。すぐ一緒にいたはずなんだが。さっきからずっと通信にも応答しやがらねぇ」


 どうやってはぐれたのやら。ゾッカならガシャガシャと分かりやすいくらいに音を鳴り響かせていたはずだ。いくら人混みがあって雑踏にまみれているとはいえ、見失うことも難しいのでは。


 試しに俺も通信を試みるが、やはりゾッカからの応答はない。


「まあ、アイツならすぐにひょっこりと戻ってくるんじゃないか?」


 何の根拠もないが、ゾッカばかりはそんな気はする。


「ま、ゾッカを何処かで見かけたら教えてくれよ。まだアイツには色々と手を貸してもらいたいことがあるしな」


「ああ、何処かで見かけたらな」


 もし見かければすぐ分かるはずだ。


 あんな半身が機械のかたまりにまみれた男、例え気配を読めなくたってこんな場所では目立ちそうなもの。ザッと見渡した感じでもゾッカらしき影は見当たらない。


 ジニアが見失うなんて相当なことだ。あまり比較するような話でもないが、ゾッカのあの身体能力ではジニアを振り切れるようにも思えない。


「とりあえずオレはもう一度マーケットの方に寄ってくから。じゃあな」


 そういってジニアが雑踏の中へと帰っていく。どうやらゾッカを探し回っていただけらしい。確かさっきダウンロードしたマップでは、ここからマーケットまではそれなりの距離があったような気もするが。


 何にせよ、どことなく疲労感が抜け落ちてきたように思う。脱力したというのが正しいか。小難しいことに頭を悩ませているところに、あの変な愉快面をみたら色々と吹き飛んでしまった。


 俺も色々なことを考えすぎている自覚はある。


 今回の護衛の任務では特に多忙を極めているといってもいいだろう。


 護衛対象の詳細も、女であるということしか分からない。それでも敵は一斉に襲いかかってくる。それこそ死にものぐるいで。


 順調に守り切れているかと思えば、惑星『カリスト』では不審な侵入者を許してしまっている。結局、誰だったのか、そもそも侵入されたのかも判明せず。


 ひょっとすると、護衛対象はとっくに奪われてしまっているのかもしれないという不安に苛まれながらも、また無数に襲い来る敵と交戦し続け……。


 実は空っぽの箱を命がけで守っている、なんて、そんな虚しい戦いはない。


 だが、それまでは気にすることもなかったような気がする。


 任務がどうであれ、些細なことだ。機械民族によって製造された兵器である俺たちはそれを全うするだけ。そこに疑問を抱くことはなかった。


 何故だろう。俺の中に、そこはかとない不安が芽生えている。


 どうして俺は、惑星『カリスト』で、スラムの子供たちに手を差し伸べてしまうようなことをしてしまったのだろう。


 いつからか、何かを失うという感情に、畏怖を覚えはじめている。


 どうやら、俺の身体には間違いなく人の血が流れているようだ。製造工程がどうであれ、それを否定することはできないだろう。


 それを情けないと感じることはない。


 何処か、誇りのようなものに思えてさえいるくらい。


 ザンカも、ジニアも、ズーカイも、ゾッカも、俺にとっては、もうかけがえのない仲間だということだ。


 だからこそ、今がとても怖くて仕方がない。


 おそらく俺は、俺たちはもう長くないと分かっているから。次の任務か、あるいはその次の任務か。まだ誰も口には出してはいないが、何となくそんな気がしている。


 機械民族によって製造された人造人間の寿命は短い。命を糧に能力を底上げしているのだから。先の未来に何も残すことのできない、そんな自分が怖いんだ。


 俺は人類であると同時に、兵器。


 血も流れているし、当たり前に涙も流すが、このヘルサの街のような平和な日常を生きていくには、あまりにも似つかわしくない。


 惑星『セレーネ』で生きている人々は、確かに機械民族によってその命を掌握さえているも同然だろうが、俺の前の前に広がる光景を見て、はたしてそれを自由が束縛されていると言えるだろうか。


 生まれながらにして、生きていく道を定められた使い捨ての兵器。


 人類のため、人類の未来のためには何も残すもののない、そんな存在。


 あるのはそんな虚無感だけだ。

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