隠された記録 (2)
「ジニアさんならやりかねないですが、とにかく色々と雑なんですよね。普通に考えたら部外者の線は真っ先に消えるところなのですが、はぁ、ズーカイさんが余計なことをしなければもっと分かりやすかったんですがね」
くどくど、ぐちぐちと、ザンカが不機嫌そうにぼやく。
余計なこと。それは、ズーカイがスラムの子供たちを『サジタリウス』号に上げてしまったことだ。それだけでも大したことなのだが、遊び相手になるわ、食料はあげるわ、挙げ句の果てには子供たちのために防衛システムを切ってしまうわ。
おかげで、監視記録の一部が抜け落ちている。本来なら何処かに侵入者の形跡が残されているはずなのだが、ものの見事に何も残ってはいなかった。これでは本当に何者かが潜入していた可能性が出てきてしまう。
身内ではないとすると、スラムの子供たち。まさかそんなはずはないだろうし、それでもないとすると、まだ見ぬ未知の敵対組織か。
現在、俺たちの護衛対象である古の王妃はあらゆる組織から狙われている。その中に、優れたスパイが存在していたとしても不思議ではない。
一応、あれからザンカもフル稼働して『サジタリウス』号のあらゆる場所に目を光らせてチェックを行ったが、誰かが潜伏している様子はなかった。
となれば、ミザール周辺に息を潜めていた何者かが『サジタリウス』号に潜入し、格納庫を物色した後、俺たちに見つかることなく抜け出したということになる。
人員を割いていたとはいえ、そこまでザルのように侵入者を見逃してしまうのは考えづらい話ではあるが、何も俺たちはありとあらゆる全てを完全、かつ完璧にこなす万能集団ではない。可能性としては、十分にありうる話だ。
「はぁ……胃が痛い。せめてゼクラさんが処分されないことを祈りますよ」
「もう誰か処分されること前提なのかよ」
「そりゃあまあ、こんな大失態、久しぶりですよ。確かに今までささいなミスなんてものはいくらでもありましたけどね。今回のはキツいでしょう。うっかりしたら護衛対象を喪失させられていたのかもしれないんですよ?」
「隠蔽は上手くいかなかったのか?」
「一応、できる限りのことはやりましたし、ネクロダストは始めから何も触れていなかったという偽装は完璧なつもりですよ。ただ……」
「ただ?」
「何処かの誰かさんが下手を打って、大騒ぎさせてしまった件ばかりは流石に完全なもみ消しはできないですからね」
ザンカにギロリと睨まれてしまった。返す言葉もない。
そればかりは猛省する他ない。
惑星『カリスト』のミザールの国で、アルコル・ファミリーに目を付けられて、てんやわんやとやらかしてしまったことは、どう足掻いても完全な帳消しにすることはできそうにないのだろう。
「辺境の惑星でしたから、ある程度はどうにかなるのかと思っていましたが、機械民族側がミザールのマーケットに何らかの形で関与していたとなれば話は別」
ひょっとすれば、ミザールを散策していた最中にも何処かに機械民族が潜伏していた可能性すらある。考えるだけでもゾッとする。
「……今のうちに始末書を手配しておくか」
「遺言書にならないといいですね」
縁起でもない。冗談にもなっていないんだが。
「ともかく、ゼクラさん。今回のことはもう少し情報の整理が必要でしょう。ミザールの件にせよ、子供の目撃証言にせよ、謎のスパイにせよ、ね」
当初想定していたよりも、厄介な任務になってしまったものだ。
「今のところ、上からは何も通告はない。安心とまではいかないだろうが、しばらくは任務に専念すべきだろうな」
「色々と腑に落ちないところもあるのですが、そうする他ないでしょうね」
俺とザンカは、つい揃って溜め息をついてしまった。なんともはや途方もない疲労感を醸し出してくる重い重い吐息だ。色がついていたならば間違いなくドス黒い。
目の前に鎮座する、カプセルを眺めて思う。ここに眠っている女はこっちの気も知らないでさそがし良い気分なのだろうな、と。
無論、仮死状態でのスリープのはずなので意識などないも同然だろうが。
※ ※ ※
「何しているんだ、ズーカイ」
コクピットに来てみると、ズーカイが特殊なアームを肩や背中に装着して踊り狂っている状態だった。端から見たら八本の腕がある男が『サジタリウス』号の操作盤をでたらめに弄くり倒しているようにも見えた。
「反省してます」
短すぎて逆に分からない。
要するに、ミザールでの一件のことをズーカイなりに受け止めて、その反動で躍起になってるということなのだろう。
目の前では計器やら何やらのグラフや数値が宙に浮かんで激しく明滅しており、一目見ただけではその情報を汲み取ることができない。
せいぜい分かることは、ソレらは『サジタリウス』の移動ルートやその座標、また目的地までの距離の算出式といったものらしい、ということくらいか。
「お前に悪気がなかったことは分かってる。あまり無茶される方が困る。この『サジタリウス』号のパイロットはお前にしか任せられないんだからな」
「……ありがとうございます」
ズーカイという男は自分のことに関しては真面目であり、頑固でもある。一度決めたことは貫き通す、そんな男。反面、他人に少し甘いところが玉に瑕というべきか。
見ず知らずの子供たちに救いの手を差し伸べるなど、直情的に行動してしまうのは少々考え物だ。……まあ、俺も人のことは言えた義理ではないのだが。
「――さて、状況はどうだ。何か異常はないのか?」
「修正したルートを予定通りに通過中。ステルスも正常に機能し、周囲に敵影は確認できません」
八本の腕が器用に動き、ババババっと、夥しい情報の羅列するデータボードが出力されてきた。ついでのように添えられてきた映像も見る限りでは、一先ず順調であることは分かった。
もう少し落ち込んでいるものかと思ったが、やはりズーカイは真面目な男。失敗をしこたま悔いるよりもその反動を仕事にぶつける奴なのだ。
俺とズーカイは何処か似ているところもあるが、根本的なところはやはり違う。
俺も少しはズーカイを見習って、いつまでも後悔するのはスッパリと止めて、これからの任務に全力で挑むよう善処すべきだろう。




