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ぷらとにっく・ぎゃらくしぃ  作者: 松本まつすけ
Episode.0 Sleeping beauty

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宙を見上げて

※別視点

 瞬く間に音もなく飛び去っていく、疾風のようなソレをブロッサは見上げていた。たった今の今までそこにそんなものがあったなんて分からないくらい痕跡を消して。


 もう空を見ても何もない。空しかない。どうやら無事に脱出できてしまえたらしい。アレのことをそれほど理解していないブロッサでもそれだけは確信できた。


 きっとこの目で見たことを誰かに言ったとしても信じてもらえないに違いない。


 ふと、両手の中にあるものを見る。ブロッサの手には少々大きすぎて、片手でも持つのが辛いくらいに重い、赤くて綺麗な宝石。アレが残していったものだ。


「ツェルブロサム鉱石ね。本当あたいの名前にそっくりじゃん」


 自称、ツェリーを名乗るブロッサはクスリと笑い、もう一度空を見上げる。


 やはりブロッサの目では空には何も見えなかったが、その先にある宙には確かにソレが存在していた。



 ※ ※ ※



 しばらくして、何やら一騒動のあったミザールのマーケットも収束していった。


 一時は、ミザールの中央街全域に包囲網を敷かれるほどの規格外な規模の騒動になっていたのだが、住民たちの殆どはそこで何があったのかを把握していない。


 せいぜい分かることは、どうやらアルコル・ファミリーに喧嘩を吹っ掛けた輩がいたらしいということくらい。


 希有なこともあったものだと。その程度で事は済んだ。


 不思議なことに、一体何者が追われていたのかは誰も知らなかった。むしろ、アルコル・ファミリーが騒動があったこと自体を抹消しようとしているかのよう。


 きっと、よほど逆鱗に触れたに違いない。何処の誰だかは知らないが、アルコル・ファミリーに喧嘩なんて売るから、なかったことにされたんだ。少なくとも人々はそう理解し、忘れた方が身のためだと言わんばかりに日常が戻った。


 元より、ミザールのマーケットはあらゆるものが非合法的に成り立っている。法などという存在に縛られない、無法者たちによる無法地帯。


 アルコル・ファミリーの傘下にあって、全てが成り立つ。この場所で下手なことに首を突っ込むことはそれ自体が自殺行為なのだと誰もが理解している。


 好奇心など二束三文の価値にも満たない。


 このマーケットで価値があるのは実物だけ。


「おいガキ……てめぇ、コイツを何処で手に入れやがった?」


 四丁目の通り辺りに屋台を設けていた店主は、カウンター越しに目の前に突きつけられた赤い宝石を見て、ブロッサを睨み付ける。


 ご自慢の首元まで伸びた顎髭を揺らし、威嚇するかのよう。


 ただ、その表情は怒りというよりも困惑がやや強かった。何せ、店主の目の前にあるのはそこいらに落ちているはずのない希少な鉱石だったのだから。


「そこら辺で拾った。要らないなら別ンとこに売りつける」


 対するブロッサは意にも返さないドンと肝の据わった態度で返す。


 本当に拾ったのかどうかは分からない。何処かで盗んできたに違いない。だが、そんなことを指摘したところでここは所詮無法地帯のブラックマーケット。何がどう変わるというわけでもない。誰も咎める法がないのだから。


 店主は歯ぎしりしながら会計用に用意していた金袋に手を突っ込む。


「こいつでどうだ?」


 紙幣の束をドンと叩きつけられる。かなりの額なのは一目見て分かる。


 それだけあればブロッサにとっては何週間分の食費になった。しばらくの間は面倒を見ている子供たちにも腹一杯ご飯を食べさせてあげることができる。


 しかし、ブロッサはニヤリと怪しい笑みを浮かべて、紙幣を突っ返す。


「バカだなぁ。ツェルブロサム鉱石だぜ? 純度は十分。この大きさ、重量ならさお値段もうちょっと上がるだろ? それじゃあケラススダイト鉱石くらいじゃん」


 店主がドキリとする。見るからに貧乏くさい恰好をしたスラムのガキなら宝石の価値なんて知っているはずがない。そう思っていたのだから。


 しかも、適当にちらつかせた札束はピタリとブロッサの言うケラススダイト鉱石なるものと当たっている。


 何より、素人ならツェルブロサム鉱石やらケラススダイト鉱石なんて名前も普通は出てくるはずがない。何処で教わってきたのだろう。こんな辺境の地で誰に教わるというのだろう。


 何にせよコイツはものの価値を分かっている。


 店主にそう確信を抱かせるには十分だった。


「オッサンにゃ価値分かんねぇんだな。じゃ、あたいは他所に行ってくるわ」


 と、ブロッサはツェルブロサム鉱石を店主の手から抜き取る。そして、そのまま足早に立ち去ろうとした。


「ま、待った! 待ってくれよ、お嬢ちゃん!」


 焦りと動揺を隠しきれない店主はカウンターから身を乗り出して呼び止める。


 一瞬、隠し持っていた銃を突きつけて脅し取ろうとも考えたが、運の悪いことにアルコル・ファミリーが近くを通りすがっていた。いくら無法地帯とはいえ、連中の目が光っているところで下手な騒ぎは起こしたくはない。


 それもほんのつい最近、それで大きな騒動が起きていたばかり。


 勿論、店主はその騒動の一端を知っていた。アルコル・ファミリーに喧嘩を売ったときに何が起こるのかを分からないはずがない。


 無数の戦車やドローンに追い回されたのでは、どう足掻いたって逃げ切れるわけがない。その場でミンチにされるだけ。あるいはそれよりも酷い目に遭わされる。


 心臓に毛の生えた店主だって、そんなのは勘弁だった。


 とはいえ、ツェルブロサム鉱石の価値は店主だってよく分かっている。ここで逃したらもう二度と手に入らないかもしれない。幸いにも、店主は宝石商とも繋がりがあり、多額で売り飛ばせるルートも熟知していた。


 おそらくは、手元の財布を全てぶちまけたところでお釣りが来る。目の前のみすぼらしい少女に全財産を捧げたって何も痛くも痒くもないことが分かっている。


 本来のレート、本来の価値だったら店主の手に届くような代物ではないのだから。


「じゃあオッサン、あたいにいくら払ってくれる?」


「ぐぬぬ……」


 それから数回の交渉の末、ブロッサの手元には店主の持つ全財産がそっくりそのまま転がり込むこととなった。勿論、それはそれは双方の合意を得た円満な商談だ。


「またよろしくね、オッサン」


 満面の笑顔を見せつけて、ブロッサは無一文の店主を後にしていった。

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