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ぷらとにっく・ぎゃらくしぃ  作者: 松本まつすけ
Episode.0 Sleeping beauty

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正義の味方なんかじゃない (4)

「力があれば……なんでもできると思ってた……」


 顔を俯かせたまま、ブロッサが涙声で呟く。地面に滴がポタリ、ポタリと落ちていくのも、またそれが小さな染みになっていくものハッキリと見えた。


 失望させてしまっただろうか。いや、違う。あえて望みを絶ちきらせるために言ってやったのだ。そうでもしないと喉奥に詰まるソレが取り除けない気がしたから。


「今をどうにかすれば、その先にはなんでもあると思ってた……」


 だが、俺はたった一人の少女に絶望を与えるためにここに立っているのだろうか。


「そうだよな……、終わりっこないんだ。死ぬまで生き続けるだけ……」


 俺は、俺たちは、けして子供の未来など、考えられる立場ではない。


 戦い続け、そして死ぬ。ただそれだけのために生きている奴隷なのだから。


 俺はひょっとすると、ブロッサに同情をしていたのではなく、ある意味で共感のようなものを覚えてしまっていたのかもしれない。


 奴隷だったという境遇。自由のない生活を強いられる境遇。それは同列で語れるようなものではないが、理解できないのかと言われれば、そうでもない。


「ゼクラにぃにぃ……」


 泣きじゃくり、すがるような声で、俺を呼ぶ。


「俺にできることは、破壊することだけ、だ」


 徐に、俺の腕の中にあったその機械パーツの一つを手に取る。


 強く握りしめ、フレームを歪ませ、部品をも破壊し、ゴキゴキと言い表しがたい鈍い音を立てて、元あった形など分からないほどに粉砕する。


「なに……してんの……? ソレ、大事なやつじゃ、なかったのか……?」


「ああ、しまった。うっかり壊してしまったな」


「いや、今の絶対わざとじゃん。なんか中から落ちてきたんだけど」


 機械パーツの中からポロリと落ちてきたソレ。


 拳にも満たないサイズしかない、石っころだ。


 そっと、拾い上げてみせる。


「これはツェルブロサム鉱石と呼ばれる石だ。見たとおり、薄く白に近い赤色をしている希少鉱石でな。熱を加えることでエネルギーを放出する特異な性質も持ってる」


「キレイ、だな……宝石みたい」


「エネルギーを放出するときに、内部で光が乱反射して驚くほど美しく輝くらしいな。宝石としての価値もあると聞いている」


 実際にこうやって手にとってまじまじに眺める機会もあまりなかった。情報の通り、白寄りの薄い赤色をしている。本当にただの宝石のようにしか見えない。


「とはいえ、俺にとってはこんな石ころ単体では価値がないも同然だな。そういえば丁度お前と名前も似ていることだし、欲しければくれてやるよ」


 そういってひょいっとブロッサに向けて差し出してみる。


 ポカンとした様子だったが、とりあえず両手を差し出してその石を受け取る。すると、想定していたよりも重かったのか、若干「おっとっと」と身体のバランスを崩しつつ、赤い宝石がブロッサの手のひらに収まった。


「こんな石でどうしろってんだよ……」


 そういいつつも、ぼんやりとした瞳で手の中の宝石を眺めていた。


 今まであまり宝石などの高価な品には縁がなかったのだろう。


「知らん。お前が考えろ。ただ、そんな石ころでもマーケットに行けば多少は金になるかもしれないな。確か小耳に挟んだ情報だが、マーケットの四丁目辺りで裏商売してる行商人が宝石商と繋がってるらしいな」


 これもザンカの情報網の中に含まれていた。


 アイツもどうやってここまで調べ上げたやら。裏家業の人間の情報を洗い出すなんて並大抵のことではないだろうに。


「なんだよ……ソレ……」


「さてと……長居しすぎた。俺も仲間たちが待っている。またアルコル・ファミリーの連中に追われる前に退散させてもらうよ」


「さては、ゼクラにぃに、クッソ不器用な人間だろ! 三文芝居が臭すぎるぞ!」


 ブロッサの瞳に、光が宿っているように見えた。それはほんのついさっきまでのような絶望に打ちひしがれたソレとは違った、明瞭な輝きだった。


「何のことやら。俺はただの奴隷で、ただの兵器だ」


「……ありがとう、ゼクラにぃに」


 耳まで真っ赤にしながら、鼻水をずびりと流し、涙でにじんだ汚い面で、これ以上ないくらいの笑顔を俺に見せてくれた。


「俺のことは早く忘れておくといい。どうせ次に会う機会もないだろうしな」


 踵を返し、ブロッサから視線を外す。これ以上関わるわけにもいかない。


 それは俺自身が重々承知していることだ。また再びここを訪れることになるとすれば、この惑星に手を掛けなければならなくなったときだけだ。


「忘れるもんか……」


 ブロッサは消え入るような涙声で、小さく呟くように、そういった。



 ※ ※ ※



「ゼクラさん、予定よりも三十秒ほど遅刻ですよ。ちゃんとアルコル・ファミリーは撒けたんでしょうね?」


 もはや馴染んだ呆れ顔にくどくどと説教されながらも、俺は『サジタリウス』号に乗り込んでいた。離陸は済んでおり、もうキノコに囲まれたミザールは見る見るうちに小さく、遠く、豆粒、いや砂粒のようになって視界から消えていった。


「悪かった。手荷物があったから手を焼いてしまったんだ」


「そうは言いますけど、ゼクラさんの持ち帰ったアレ、もうあちこちバキバキになっちゃって殆どスクラップじゃないですか」


 加減はしていたつもりだったのだが、やはり両手に抱え込んで逃げ回っていたせいもあってか、かなりの数が破損してしまっていたらしい。


「ああ、心配すんなよゼクラ。あんくらいだったらオレとゾッカでパパッと直せるからよ。へっへっへ」


 愉快そうな笑みを浮かべながらジニアが俺の持ち帰ったスクラップ同然のソレと向き合っている。むしろ丁度いい遊び道具になったのかもしれない。


「第一、アルコル・ファミリーにはあれだけ気をつけましょうって――まあ、どうやら無事に撒けたようですし、いいでしょう。当初の目的は果たされたわけですしね」


「ああ、すまなかった。物資の方は十分なのか?」


「問題ないです」


 横からズーカイがひょっこり出てくる。シンプルにまとめてきたのだから本当に問題ないのだろうな。


「ズーカイさん、あなたのこともまだ完全に許したわけじゃないですからね。貴重な食料をなんだと――」


 ご立腹なザンカを尻目に外の様子を見る。


 もう『カリスト』は見えなくなっていた。

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