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ぷらとにっく・ぎゃらくしぃ  作者: 松本まつすけ
Episode.0 Sleeping beauty

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AI (4)

 防音設備の整った外界から切り離されているように思わされるほどの白い白い病室の中、医者と男女二人、そして特殊なパーテーション越しに随分と大仰すぎる様相をしたベッドの上に包帯の束にしか見えない女学生、中野ナモミが横たわっていた。


 すっかりミイラ人間となってしまっており、包帯やギブスを外したら全身がバラバラになってしまいそうなくらい、その凄惨具合が端から見てとれた。


 ベッドの横で悲痛にまみれた顔をした男女は、ナモミの両親だ。愛しい娘は意識があるのかどうかも分からない重篤状態。時折、目を開けることもあるので、生きていることだけは確からしいが、別状がないなどとは流石の医者も言えない。


 そもそも生きている状態であることが奇跡に近い。ブレーキすら掛けなかった猛烈なトラックに撥ねられ十メートル以上先のアスファルトに叩きつけられたのだ。当たり所の問題にしてもそれで即死じゃなかったことが不思議なくらい。


「先生、娘は……」


 父親が震える声で言葉を絞ろうとする。


「あまり言いたくはないことなのですが、我々も最新鋭の技術を用いて全力を尽くしたつもりです。ですが、それでも……、今の医療技術ではお嬢さんを完全に治療することは難しいでしょう」


「そ、そんな、せ、先生……」


 母親の方が言葉を途切れ途切れに、その場で泣き崩れる。なるべく騒ぐまいと声を押し殺して、医者の言葉に耳を傾ける。


「最近、国からようやく認可の下りた冷凍保存という方法があります。他国では既に実用化されているものですが、そうですね、いわゆるタイムカプセルと呼ばれるものです」


「タイムカプセル?」


「そう。タイムカプセル。お嬢さんを今のこの状態のまま保存し、未来の技術によって治療するのです。もしかしたらお嬢さんを治療する方法は明日見つかるかもしれない。何十年も見つからないかもしれない」


「それで娘の命が救えるのなら……」


 父親の言葉に熱がこもる。金ならいくらでもある。保険金も莫大に下りてきたし、交通事故を引き起こした企業からも多額の慰謝料をもらっている。金で解決できるというのならここからさらに借金をしたって構わないとさえ思っていた。


「勿論、簡単な話ではありませんよ。社会的にはお嬢さんには死亡届を出すことになります。国の意向次第では、解凍を禁じられる可能性も高い。あらゆる保障を捨てた上で、何年後、何十年後に託すのですからね」


「どんな書類にもサインします。あなたの言葉にウソがないのなら娘のために全てを捧げます。どうか、娘を救っていただきたい……ッ」


「実はですね、この一件には例の企業からも圧力が掛かっているのですよ。とはいっても、けして悪意のあるものではなくお嬢さんの快復に全力を尽くしてほしいとね」


「それはどういうことですか?」


「私には複雑な事情は分かりませんが、端的に申し上げますと、お嬢さんの事故を引き起こした一件には不審な点があるとのこと。その真相を究明したいと」


「交通事故をなかったことにしろということですか?」


 言葉を察するように父親の手が怒りに震える。しかし、ここまで支援、援助してもらったことを無碍にすることはできない。


「いいえ。その点に関しては最大の責任をとると伺っています。ですが、向こうにも複雑な事情があるのでしょう。人工知能システムによる事故というものは、向こうからしても腑に落ちない点が多いらしく――」


「もう結構だ! どんな事情があるのかはこの際、どうでもいい。娘が助かるのであれば他のことなど関係ない。向こうが責任を果たして保障してくれるならそれ以上私も言うことはない」


「失礼しました。……詳しい書類は後日お渡しします。これ以上この場で騒ぎ立てたくはありません。冷静な判断に基づき、適切に処理していただきたく思います」


 医者が静粛に努める。


 この病室で交わされた会話はそれで終わりとなった。


 そして、誰が何に文句をいうわけでもなく、静かにその場は解散された。




 その後、中野ナモミは国内で前例のないタイムカプセルの使用許可を得るまでに至ったが、そこには医者の語っていたこと以上に、複雑な事情が絡んでしまっていた。


 おおまかなところでは、人権団体の声が無視できないほどに大きく、人間一人を冷凍保存することについての疑問視、はたまた人権侵害ではないかなどなどと、外野から騒ぎ立てられ、裁判沙汰にまでなるほど穏やかではない状況へと転じた。


 とはいえ、医療機関としても、両親としても、また企業としても、この件を軽々しく放棄できるはずもなく、人一人の命を賭けて、様々な議論がなされていった。


 それこそ、何年にも及ぶ、長い戦いとなった。


 結果として、行き着いた先は、あろうことか中野ナモミという女学生の命は国家機密として秘蔵されることとなった。


 紆余曲折、時には不当な迫害されることもあり、誰も彼もが疲弊して、ようやく辿り着いた答え。それはある種、敗北に等しい結末だったとも言える。


 何せ両親も、企業も、誰も幸せになることがなく、真相ごと闇に葬られてしまったのだから。


 幸いだったことは、生命の維持に関して言えば、国家最高クラスの保障がつけられたということ。他国からは批判を浴びる象徴ではあったものの、国の制度が生きている限りは最新鋭の科学的な技術を用いて、ナモミは生き延びることができた。


 後に制度が改正されることは幾度とあった。そしてそれと足並みを揃えるように医療技術がより進歩していった。だが、それでもナモミがタイムカプセルから出されることはなかった。


 何年、何十年にも及ぶ歴史の中で、記録や規則が形骸化していたのだ。


 ナモミは、重要な資料として丁重に保存されるべき存在として残されており、次第に元はどういう意図があったものだったのか、薄れていた。


 最高クラスの権限を付与され保全されていた。最新の技術で保護されていた。長い長い記録を刻まれて、保存されていた。


 しかし、もはやそれは中野ナモミという女学生だったものであり、歴史に淘汰されたもの。一体何を意図して保存されることになったのか、どうしてこのようなものが生まれたのかは忘れ去られていき、時の中を眠り続けることとなった。

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