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ぷらとにっく・ぎゃらくしぃ  作者: 松本まつすけ
Episode.0 Sleeping beauty

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AI (3)

 都内の某所、雑居ビルの乱雑する中で一際小綺麗なオフィスビルの一画、とあるミーティングルーム内、件のニュース記事がデカデカと投影されていた。


 お通夜と言わんばかりの暗鬱な空気がその場を支配しており、少し前の時と比べてみても、このミーティングルームもかなり人が減ってしまったように思う。


 短期間の内に辞表が山のように叩きつけられてしまったのだから、どう取り繕ったところで弁解の余地などない。何人かが酸素を失ってしまったかのようなチアノーゼ顔で、頭を抱え込む。


 まさか、共同開発事業として動いていた全自動運転車両が交通事故を起こしてしまうなどとは。あまつさえ、暴走してしまい、取り返しのつかないところまで突き抜けてしまうとは。


 共同事業だったはずなのに、最終的にはあることないことの責任のなすりつけあいとなって、外からも中からもあますことなく荒れに荒れて今に至る。


 もう、赤字がどうとかソロバン弾く労力を割くことも無駄なことにしか思えないほど、状況は芳しくない。


 何せ、莫大な金が様々なところへ弾け飛んでいってしまったのだから。


 ほんの数日前にこのミーティングルームでそれこそ自信たっぷりにプレゼンテーションしていた男も、とっくに逃亡済みだ。事件がニュースに流れた頃には音信不通。今頃、何処の空を悠々と生きていることやら。


 残ってしまった面々は、怒りをぶつける先もなく、すがれる希望すらもなく、金も涙も涸れるほど垂れ流すばかり。


 そうこうしているうちにも、ミーティングルームの外、相談窓口は地獄絵図。ロビーの先も喧噪にまみれていた。


 何の関係もない女学生を轢いてしまった。この事実をどうするつもりなんだ、と。


 既に、この企業側は公的にも謝罪を済ませ、慰謝料も何もかも支払っているが、それでも事は終わったことにはなっていない。


 不幸中の幸いというべきか、交通事故に遭った女学生こと、中野ナモミは辛うじて生きているらしい。快復次第、何らかの形でまた謝罪をしなければならないだろう。


 ミーティングルームの連中は、もう何もできることがなかった。もう何をしていいのかさえも分からないような状態にあった。


 その場にいた誰もが、いっそのこと責任を放棄してこの場から逃げてしまいたかった。もうかなりの数が逃げているのだ。一人、二人逃げたところで何が変わるわけでもない。


 もしも、この期に及んで僅かばかりでも光明があるとするならば、それは事件の追及だ。


 不思議なことに、白昼堂々と女学生一人、はね飛ばしたという事件だったのにも関わらず、あまりにも記録が少なすぎたのだ。監視カメラの類いの映像も、近隣を走行していた車両の記録映像も、事件現場にはかすりもしなかった。


 中野ナモミが車に轢かれたことは間違いもない事実であり、目撃証言などによるアナログの記録は明瞭なのだが、いかんせん決定打が奇妙なほど少ない。


 まるで何者かが意図的に事件の記録資料を処分してしまっているかのよう。勿論、警察は不審に思っていたし、なんならその犯人は開発した企業にさえ向けられた。


 メディアでもそのように取り上げられてしまったし、事故の証拠隠滅による責任逃れなどと面白おかしく賑やかしている渦中だ。


 この真相が明らかになれば、あるいは、この暗雲立ちこめる状況を打破できる可能性があるかもしれない。そこへ一縷の望みを掛けて、ミーティングルームは力なく力を振り絞る。


 既に中野ナモミの家族には多額の金を払ってあるし、治療に関してもかなりの力を入れてサポートに回っている。どんな手を使ってでも快復させ、この奇妙な事件に終始を打つ。もはやそこにすがるほかないのだ。


 ひょっとすれば悪質な第三者の存在が浮かび上がってくるかもしれない。その可能性を信じて。


 だが、残念なことに、ほとんどの関係者は匙を投げているのが現状である。


 なんといっても状況が状況であり、交通事故が起きた事実はねじ曲がらない。


 企業の連中が一番不審に抱いている点は、外部の者に事件の記録だけをピンポイントで消すなどという芸当ができるのかどうか。


 これに関しては山ほどの疑惑があり、かなり黒寄りの黒として警察関係者も頻繁に訪れてきている。


 ひょっとすると、逃げ出した何人かの仕業である可能性も否めなかったが、それにしたって事故に関する周辺の情報というのは一口に言っても範囲が広すぎる。近隣の監視カメラの映像だって、弄くれる権限があるはずもない。


 それを可能とする場合、事前に走行するルートを算出された状態で、且つ周辺の監視カメラの位置の把握、はたまた近隣住民達の徒歩や車両を含んだ移動経路の算出、さらにそれらを踏まえた上で的確に計画通り、正確無比に運転する必要性がある。


 とどのつまり、自動運転車両自身が意志を持ち、意図的に女学生を轢いていったことになる。宅配物を届けるための計画の中に、住民を轢くことも計算されていた。


 そんな結論にいたる者はあいにくのことながら、このミーティングルーム内にはいるはずもなかった。


 最新鋭の人工知能が、できるだけ記録に残らないよう計算して、専用のネットワークを通じて情報の改竄を行ったなんて、その発想まで行き着いたものがいたところで、誇大妄想に取り憑かれたホラ吹き扱いされて終わるだけだ。


 どうやったら公的組織の管理している監視カメラの映像や、全く無関係な第三者の映像媒体にまで手を加えられるというのか。馬鹿げているの一言に尽きる。


 現実的に考えるのなら、やはり企業の人間が事件を揉み消すべく、幾分かの金を握らせて事実をなかったことにした線が無難で妥当というもの。


 もしもこのときに、この真相が明らかになっていたのなら、世界の人類は違う未来を歩めていたのかもしれない。ただ残念なことに、この事件は管理不届きとして片付けられることとなり、事の真相の全ては歴史の闇の中へと葬られることとなる。


 安全確認を怠って、不完全な人工知能を組み込んでしまった、痛ましくも、世間では数多くある交通事故の一つとして。


 完璧すぎる人工知能の完成。そしてそれによる人工知能の、人類からの独立の最初の一歩だなんて誰も思いもしなかったし、気付きもしなかった。

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