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ぷらとにっく・ぎゃらくしぃ  作者: 松本まつすけ
Episode.4 Paradox answer

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未来を紡いで (5)

 重力のない空間。上も下もなく、縦も横もない、そんなボール状の会議室の中、重鎮らしきものは専用のリフト、あるいは通信端末越しに出席していた。別室に待機しているのか、あるいは全く違う遠い惑星からデータのみの存在なのか。


 俺もそのリフトの一つに乗って会議に出席していた。見た目はフロントガラスのついたソファのようだが、まるで超小型の宇宙船のように移動も自在だ。どんな技術なんだこれは。


 壁も何やら機械端子のようなものがびっしりと一面に張り巡らされている。あれらの一つ一つがいわゆる中継カメラであり、傍聴席の役割を果たしている。


 この会議室も決して狭い空間ではない。浮かんで見えるリフトや端末の数でも百に近いが、あからさまに傍聴者はその比ではない。


 この会議室の中央には一際目立つ巨大な球体の機械民族が鎮座している。間違いなくあれが今回の議長なのだろう。手も足も見当たらないが、しきりにその球体状の表面をチカチカと光の線が走り続けている。


 外側に向けて光が伸びてきたかと思えば、その方向にいた出席者やその通信端末が除けるように移動しているのが見えた。原理は違うだろうが、キャナの超能力者サイコスタントの力みたいに見えざる手によって動かしているのだろう。


「それでは始めましょう」


 異様なまでに早い音声が響き渡った。おそらく今、「それでは始めましょう」と発音したのだろうが、よく集中して聞いていなかったら「そっ・でぁ・めま・しぉ」と意味の通らない言語だった。


 俺でこんな状態だ。ナモミやプニカではそもそも言葉を発していたかどうかの認識もできないのでは。


「特別知的生物保護に関する特例法の改案――クローン法についてを――」


 議長が凄まじい早さで述べていく。物理的な意味で滑舌というものが存在しないというのもあるのだろうが、俺の耳には殆ど何も入ってこない。


 翻訳機は機能しているはずなのに、それがまるで意味をなしていない。これが機械民族による会議というものか。そうこうしているうちにも、多方面から言葉が飛び交っていく。どうやら何事もなく進捗しているようだ。


「生命の――たるは――複製など――」


 誰かが反論したり、あるいは賛同したり、はたまたヤジが飛んできたり。会議室内をまるで羽虫のようにリフトや端末が荒々しく飛び交う。その度に、議長がチカチカと点滅しては沈静化させていく。


 俺以外の連中は皆、この目まぐるしくも高速に特化したトンデモ会議についていけているのか。一時たりとも沈黙が訪れない。縦横無尽から殆ど聞き取れない言語が暴力のように感じるほど。


 今、俺に対しての暴言が聞こえた気がする。


 それを引き金に、余計にざわつきが増したようだ。


 これは何だ。会議なのか。それとも喧嘩なのか。


「今、発言されたのはどなたか分からないが――」


 なるべくの早口で、おそらく聞こえた言葉に反論する。


「『ヒューマンは絶滅して然るべき』。そう聞こえた。それはあまりに聞き捨てならない」


 直ぐに返ってきた言葉は「遅すぎて何を喋ってるのか分からない」だった。


 こいつら、会議する気があるのだろうか。突然、そんな不安が過ぎってきた。


 俺は今、何のために、何をするためにこの場にいるのだろう。


 目で見て追った。


 過激な発言をしているのは俺の視点から見て二時の方角の頭。そこに溜まっている議員の風体をした男数名。さっきから議長に何度も発言の度に取り押さえられている。あからさまに敵視されているようだ。


 九時の方角の面、そこらにいる球体端末の連中はどうやら穏健派のようで、暴言に対してオブラートに包んだウィットなフォローを入れてきている。この場では味方と考えてもいいだろう。


 六時の方角の足。発言は多いが、取りまとまっていない。肯定と否定を繰り返してばかりで具体案を述べてきていない。その割に刺激するような尖った発言ばかりだ。こちらに向けての明確な敵意はなさそうだが、不必要に引っかき回されかねない。


 おおまかに今の会議を回している団体はこのくらいに分けられるだろうか。


「一旦、整理しましょう」


 議長が何か言った気がする。場を治めるために「一旦、整理しましょう」とでも言ったのかもしれない。


 まだ、会議が始まってから何分も経っていないんじゃないか?


 俺の知る会議であれば多分、一つ二つといわず三つ四つは軽く終了しているくらいのボリュームに感じられたが、それでも今のところ、何も進展がないように思えた。


 なるほど、いくらスピーディといえども、これだけ無数の意見が飛び交っていては決まるものも決まらなくて当然だろう。


 俺はふと、リフト内に設けられた端末を起動する。早速たった今の会議録が表示されてきた。一体どんな話し合いになっていたのかと確認したかった。


 すると、やはりというべきか、呆れるような内容ばかり。


『人類の皮膚が突然数千度の発火することを想定し細胞学の見直しが必要になる』


『複製による副作用で血液が凍結する恐れを考慮し生物学の見直しが必要になる』


『突然変異癌細胞が毛髪から発生する可能性をみて植物学の見直しが必要になる』


 正直、どれも突拍子もない可能性を提示しては、見直しだの再検討だのと、ひたすらに会議を足踏みさせる悪意がそのまま羅列されていた。


 軽く見ただけで秒間に数百以上、常識的に考えればまずありえないだろうことを起こりうる可能性として提示されている。こんなことを話し合っていたのか。


 通りで妙に専門的で、且つまるで関係の無い論文が飛び込んでくると思った。


 確か、これは人類のクローンを用いた延命処置の合法化を取り決める会議じゃなかったか。故意に脱線させる意見で殴り合っていただけのようだ。


 だが、恐ろしいことに突拍子もなく、そしてありえないだろう可能性の提示には前例などもついてあり、真っ向から否定できないように資料も膨大にまとめてあった。


 例えば『クローン生物の鼻水が発火し民家全焼』といった信憑性の怪しいニュース記事とか、こんなものすら束になるほど飛んできている。なんてとんでもない議論をしているのだろう。


 情報だけなら無数に記録することのできる機械民族だからこその情報論争か。これは確かに簡単には決定が見えない。

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