LILIUM-LN0508P FILE (3)
※番外編
「カーソン君、キミには失望したよ」
無数の針に刺されるかのようなピリピリとした空気に満たされた会議室の中央、眼前の十数名に威圧されていたのはリリーだった。
その場に並ぶのは科学の分野においての重鎮から、政府の上層部の面々まで揃っていた。中には軍人らしき姿も目に付く。
学者の一人が、何やら端末を操作し、ディスプレイを展開する。
それは、リリーのこれまで研究してきた細胞学の資料だった。膨大な量であり、目まぐるしく情報が錯綜しているが、その中から人体モデルの映像がチョイスされる。
あまりにも複雑すぎる難解な資料だったが、図解によってそれらが把握できた。
それは、超能力者を破壊するウィルスの生成方法についてが記されていた。こんなものはその研究を最先端で進めていたリリーにしか作れない代物だった。
巧妙に隠していたウィルスの開発が、研究所内の内通者によって告発され、今この場で晒されたのだ。
落胆と怒りがリリーの周囲を取り巻く。
リリーに向けて、眼前の十数名と、会議に出席された数十名の視線が、殺意にも似た鋭くも冷たいソレに感じられた。
そこに逃げ場などはない。そこには、リリーにとって家族同然だった研究仲間さえいたというのに。
これが、これまで賞賛を浴びせられてきた人間の末路か。リリーの中で沸々と、そんな手のひら返しに対する底知れない怒りが煮えたぎっていた。
誰もリリーの行いに賛同するものなどいないだろう。
これから始まるであろう、戦争の引き金を止めようとした、その行為を。誰もが咎めようとしていた。
もう既に取り返しのつかないところまできている。
リリーの半生に渡る超能力者の研究は実を結び、軍事兵器として利用されている。強大な力を持つ兵士たちが次々と生み出され、戦争に向けて動き出し始めていた。
こんなことをするためではなかったのに。
研究の成功を収め、自身の夢に失敗したのだ。
(なんでこないなもん、作ってもうたんやろな……)
生気を失った瞳で、リリーは俯き、全てがどうでもよくなっていた。
自分という存在を抹消したい。最初からこんな人間などいなかったことにしたい。
リリー・カーソンなんてこの世に生まれてこなければよかった。
空虚な願いが脳内を延々と回り続ける。
「キミは処分しなければならない。だが、キミという人材を失うことはあまりに大きな損失だ。だから相応の処罰を与えよう」
目の前で何かを語る偉そうな男の声は、リリーにとってもうどうでもよかった。何がどうなろうが手遅れになってしまった。もう自分には何もできない。そんな絶望を抱え込んで、膝を折る。
言葉の一つ一つが耳の奥を通り抜けていって、何も残らない。
誰が誰にどんな指示を出されたのかは分からないが、見知らぬ男達がリリーを取り囲む。床にへばりつくようなリリーの体を持ち上げ、そして石像のように動かないソレをもはや不格好な荷物みたく運び出していった。
その場からリリーの姿が消えていく。後に残るのは、失望を蔓延させた、途方もなく居心地の悪い空気だけだった。
※ ※ ※
リリーに与えられた処罰。それは超能力者の能力向上のための実験材料になることだった。そのために、リリー自身を超能力者へと人体改造を施し、外界とは隔離された施設に幽閉されることとなった。
日夜、開発中の試薬品の投薬や能力テストと称した拷問のような実験を有無を言わさず受けさせられた。
幸か不幸か、厳密な検査もないまま無理やり細胞を弄くられたせいなのか、それとも元々適正のない個体だったからなのか、リリーは超能力者としては不完全だった。
最初はコントロールが上手くいっていないだけだと思われた。慣らしていけばいずれは実用的になるかと思われていた。しかし、いつまで経ってもリリーにできることは、現在運用されている強化兵士よりも遙かに劣ることばかり。
それが判明するまでどれだけの時間を費やしたことか。
兵士にも不適格。研究材料としても不十分。前科がある以上、研究員としての席すらない。ただただ失敗作として苛烈に痛めつけられる日々が続くだけ。
依然として非協力的な態度のままだったリリーへ最終的に下された決断は、解雇だった。命を残してもらえるだけ温情だったのかもしれない。
実験での傷は一つも残ってない。全て手厚く治療された。仮にも、功績を残した科学者である点を考慮されたのだろう。
ただそれは、逆に言えば殺さぬまま生かされ続けていたことと同義なのだが。
実験の日々を繰り返し、もうどれだけ経ったことか。
ようやくして隔離された施設を出ることを許可されたリリーに残されていたのは、不完全な超能力者としての体。そして底知れぬ絶望の淵に沈められた心だけ。
また、施設の外に出ることを許可されたとはいえ、それで完全に自由にされたわけでもなかった。厳重な監視の下、不穏な動きをしないか動向も見張られている。
外へと出られたリリーにはこれまでシャットアウトされてきた様々なニュースが飛び込んできた。そのどれもが、似たようなことばかりだ。
リリー・カーソンの大いなる貢献によって、人類は機械民族と対抗する力を得た。これから宇宙は戦争の時代を幕開けることになる。そんなことばかり。
あるいは、猛烈に反対するデモ運動のニュースも幾分か流れていたかもしれないが、リリー自身はそこに加わることのできない自分を恨んだ。
「リリー・カーソン博士。何処か行きたいところはないのか?」
監視員の男が優しく問いかける。おそらく実験のこと、拷問の内容や詳細についてはそれほど耳にはしていないのだろう。せいぜい研究施設でひたむきに研究に没頭していた程度の認識に違いない。
とはいえ、仮にここで助けを求めても意味がないことをリリーは理解できている。所詮こんな末端の人間でさえ、連中の息が掛かっていることは明白なのだから。
「せやな……、家、帰ろっか」
力なく、消え入りそうなくらい囁くような掠れた声でそう告げた。
そういえば自分が最後に喋ったのはいつだったか。ふと思い返し、リリーは喉奥の錆び付く不快感にゲホゲホ、ゲホと、大げさなくらいの咳払いを数度、繰り返した。
監視員の男は、ただただ優しく声を掛け、リリーの願いを聞き入れた。
※ ※ ※




