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ぷらとにっく・ぎゃらくしぃ  作者: 松本まつすけ
Episode.4 Paradox answer

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LILIUM-LN0508P FILE (2)

※番外編

 ※ ※ ※



 疲労という言葉を体現したかのようなくたびれオーラをまとうリリーが、実家のあるコロニーに足を運んだのは、ほんの気まぐれのようなものだった。


 普段から研究室に閉じこもり、根を張ったように幾日と動かないことも多々ある。不摂生と言えばその通りで、あらゆる感覚が麻痺していたと言ってもいい。


 そんなリリーが、あえて実家へと文字通り飛んで帰ってきたのは、自分の研究というものに嫌気が込み上げてきたというところが大きいだろう。


 どんなに功績を残したところで、どれだけ賞賛の声を浴びたところで、自分のしてきたそれらは自分の望まぬ方へと向かっていく。それを嫌でも実感させられてしまうからだ。


 実家ならば、そんな面倒な連中はいない。にやついた教授も、やかましい助手も、しつこい後輩も、ここまではついてはこない。


「LILIUM-LN0508P。コード確認。おかえりなさいませ、リリー・カーソン様」


 宇宙空港のゲートを潜り、ほがらかな顔の警備員に会釈をもらう。一応何度か会っているから顔は知ってる。名前までは知らないが。


 人の行き交いも少々まばらな程度の、なんとも過疎を思わせる空港の区画を抜け出て、住宅区域へと移動するシャトルを探す。


 事前に連絡でも入れていたなら誰か出迎えもあったのだろうが、リリーはここにくるまで特に連絡も何もしていなかった。人気も少ないがらんどうの空間。わき出てくるのは孤独ではなく、途方もない開放感だった。


 ようやくして、リリーは自分が恐ろしく疲労を抱え込んでいたのだと知覚できた。


 その気だるさのあまり、その場にすとんと腰を下ろす。人目が気になるほど人がいるわけでもなし。


 ふと見上げても見える景色など、コロニーの内壁にあたる天井か、あるいは何処かしらの景色を投影させたディスプレイくらいのもの。


 空に映るのは草原のようなソレだった。古くさいCMか何かのようで、延々と広告の文字列が流れては消えていく。あいにくながら、今のリリーの頭には何も入ってきてはいない。


 ぼんやりとどれだけそうしていたかは定かではないが、シャトルがリリーの前に到着する。浮遊する無人の楕円形カプセルだ。四、五十人は余裕で乗れそうなくらいのスペースはあるようだが、殆ど長いこと使われているような形跡はない。


 こんなものがこのコロニー内を縦横無尽に延々と運行し続けていると思うと、ますます過疎じみた空気が濃くなっていくばかりだ。


 このコロニー自体も決して狭いところではない。人間が自前の足で探索しようものなら何週間掛かるかも分からない程度の広さはある。


「ん……」


 リリーが重い腰を持ち上げて、立ち上がる。そう何人といない客がシャトルの席をぽつぽつと埋めた。間もなくして、シャトルが動き始める。人の足では土台、不可能な速度で、目まぐるしく景色が動いていく。


 やはり老朽化しているせいもあってか、カタカタと多少なりの揺れも感じられた。


 リリーが座席の背もたれに体を預けると、いともたやすく眠りに落ちた。シャトルのささやかな揺れが、ほどよく心地よかったのかもしれない。



 ※ ※ ※



 リリーの実家のある居住区まで辿り着くには、少々の時間を要した。それはそれなりの距離があったからというわけではなく、リリーが寝過ごしたせいで無駄に何度かシャトルを乗り換える羽目になったからだ。


「ふぅ……」


 途方もない疲労感は緩和されるどころか、余計な睡魔となってリリーの足取りを重くさせていた。あとはホームまで向かうだけだというのに。


 宇宙空港の過疎っぷりも大概ではあったが、この居住区も足を踏み入れた途端、精気を吸い込まれてしまったかのような静寂に包まれていた。


 テンプレート化されたブロック状の家々が立ち並ぶ。気が滅入るほどに区画整理がなされて、等間隔で整列している。


 この区域も広大な敷地だったものの、リリーがサッと確認した限りでは実際に現在も居住している住民の数は驚くほどに少なかった。


 まず、こうやって居住区の中央通りを歩いていても誰ともすれ違わないのだから。


 枯れることのない人工街路樹を横目に、手元の端末のガイドを確認しながらも帰路につく。一応はリリーにとっての実家ではあるものの、研究に明け暮れて滅多に帰らないものだから、こんなものを頼りにしないと帰れないのは何とも情けないところ。


 無論、単純にそれだけ居住区が広いということもあるのだが。


「……」


 実家の扉の前に辿り着く。呼吸を整える。重い息を全部吐き捨てる。


 そして、リリーは覚悟を決めてからその扉を開けた。


「ただいま」


「……、……、おや? まあ、まあ。どうしたん? まあま、お入りキャナちゃん」


 リリーを出迎えてくれたのは、リビング奥でうたた寝していた一人の老婆だった。それ以外の住人は見当たらない。


「ばっちゃ、元気やった?」


「ああ、ああ、ああ、キャナちゃんは今日も綺麗やねぇ。ええこやキャナちゃん」


 リリーの言葉が聞こえているのか聞こえていないのか、老婆はふわふわとした受け答えしかしない。


 先ほどから老婆が口にしている名前は、リリーの母親の名だ。もう老婆からすれば見分けが付かない容姿になのだろう。その人物はとっくにいなくなっていることもすっかり忘れて。


 リリーももういちいち訂正しない。それが無駄だということも分かっているから。


「キャナちゃん、キャナちゃん、んふふふふ……」


 上機嫌に老婆が笑う。リリーはそんな老婆のふわふわとした笑顔が好きだった。自分の名前を呼ばなくなってからは随分と距離を置いてしまっていたが。


「学校はどうだったん? 主席になったんやろ?」


 学校なんてとっくに卒業しているし、主席の話もリリーのことじゃない。


 ほんの少し前ならまだ苛立ちを覚えていた。ここに自分の居場所がないように感じていたから。


 ただ、今、この場にいる間は、リリーはリリーではなくなる。それが今のリリーにとっては悲しいくらいに居心地が良いと感じられてしまっていた。


 ほのかに笑う老婆の顔を見合わせて、リリーは――キャナは、ふわふわとした笑みを浮かべて、自分の中の何かを、ただただそぎ落としていた。


 いっそのこと、全部捨てられたらいいのに。心の奥底で、そう願いながら。

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