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ぷらとにっく・ぎゃらくしぃ  作者: 松本まつすけ
Episode.4 Paradox answer

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LILIUM-LN0508P FILE

※番外編

 途方もない無機質さを感じさせるほど、壁も床も白く飾りっ気のない、そんな研究施設の廊下に、まるで不釣り合いな声量が刺さった。


「博士! カーソン博士!」


 一人の若い青年が、その白衣の女性へ、嬉々とした表情で駆け寄る。


 何事かと振り返ると、何やら小難しい文字列が夥しく羅列したディスプレイを手元に展開しているのが目に付いた。


「なんや、慌ただしいなぁ」


「これ、これを見てくださいよ」


 気怠そうな女性の態度をよそに、その青年は手元のディスプレイを突き出す。膨大な文章量だったが、青年が指先でちょいちょいとなぞり、一部のポイントを拡大してピックアップする。


 その箇所には写真の添付もされていたのか、その情報に沿った内容の写真も数枚同時にディスプレイから飛び出してきた。


『リリー・カーソン博士、新たなる進化細胞の発現に成功』


 それはどうやら新聞の記事だったようで、一番デカデカと表示された見出しの横に添えられた写真は、まさに今、青年の目の前に立っている女性そのものだった。


「また論文が認められたんですよ! これは凄い貢献じゃないですか! 今度は何の賞がもらえるのか……」


「アンタがそないに喜んでどないすんねん」


 ぶすっとした態度でディスプレイごと突っ返す。


 この無愛想な女性こそ、現代人類の生物学の権威とまで言われた若き天才、リリー・カーソン博士。彼女の残してきた功績は数知れない。


 しかし、リリーはそれほど喜ばしい表情を見せない。むしろ目の前の青年の方が自分のことのようにはしゃいでいるくらいだ。


「だって、博士の研究が認められるということは、人類の飛躍にも繋がる。これは誇大妄想なんかじゃない。勿論過言でもない。夢が現実になるってことなんですよ?」


 一体誰にとっての夢なんだろう。そういう疑問を突きつける気力もなく、リリーはただ呆れ果てるかのように溜め息をついた。


 それは、どうしてこんなにまで喜べるのだろうかと軽蔑の態度にさえ思えるほど。


「うちはアンタの夢を叶えとるわけやないんやけどな」


 存外キツく言い放つも、まるでそんな態度もとっくに慣れてしまっているかのように青年は頬を緩めたまま、足早に立ち去ろうとするリリーに歩幅を合わせる。


「って、博士、何処へ行くんです? 今日の研究会議は終わったんじゃなかったでしたっけ?」


「あんな分からず屋のジジババどものままごとなんてどうでもええねん。こっちはまだ超能力者サイコスタントの研究を進めなあかんちゅうのに」


 苛立ち、悪態をつきながらも、リリーは歩みを止めない。


超能力者サイコスタント? 確か機械民族メカニシアンと同等かそれ以上のパフォーマンスを生身の肉体で実現させる人類の遺伝子改造実験ですよね? あれについてはもう博士が大体の論文をまとめたはずなんじゃ……」


 やや息づかい荒く、青年が食らいついてくる。


「あれは……、あれはもう、虫が喰ってる」


 リリーの言う言葉の意味を上手く汲み取れず、青年は困惑した表情を浮かべる。


「うちの理論なんか道具にしか思うてへんねや」


 超能力者サイコスタント。それは人類に人為的な進化を施し、超常的な現象を当人の意のままに行えるという、まさしく超能力に芽生えたものを指し示す。


 超能力に関する資料などは古いものともなればそれこそ何十億年も前から残されているが、現代において超能力などと呼べるものは希少なものとなっている。


 第一の理由としては、必要がないということが上げられる。もの一つ動かすにしても道具だけで事足りる。わざわざ超能力を用いる必然性がない。


 第二に、リスクが高い。能力を得るということは即ち進化するということ。


 それは単純に遺伝子改造をする上でのリスクも含まれるが、超常的な能力を所持していることは武器や凶器を所持していることと同義。場合によっては厳格な監視、あるいは処分されることも当然にある。


 希少となってしまうことも必然だったといえる。


 今になってそんな超能力が日の目を浴びるようになったのは、リリーのほんの好奇心という、小さなきっかけだった。何者の手も借りず、己の力で万能にこなす、そんな力をどのようにすれば人類という生物が得ることができるのか。


 リリーは、そんな些細な夢を見て、研究に打ち込んだ。


 結果として、リリーの研究は実を結んだ。その過程で生物学に精通することになり、名声も得られた。今や、生物学の権威にまで至れた。


 しかし、そこには思わぬ結果もついてきていた。


 公の場に晒されたリリーの超能力者サイコスタントの研究に目を付けた政府が、あろうことか、軍事利用を目論み始めたのだ。


 リリーはあまりにも優秀だった。いっそのこと、優秀すぎた。


 リリーの理論を持ってすれば、強大な軍事力を持った兵士を量産することが容易だった。それはもはや、重火器を持たずとも無敵の力を振るう強靱なる人間兵器を生み出せる技術。


 そのような意図はなかった。しかし、リリーの理論は本人の望まぬ形で加速度的に大いなる発展を遂げていった。


「うちは、うちの研究を全うする、責任があるんよ」


 リリーがディスプレイを展開する。


 そこに表示されたものは全て、かつての自分の積み上げてきた論文。超能力の利便性と拡張性など、見るものが見ればまさに夢のようなことが綴られていた。こんなものはただの絵空事だと見向きもされていなかったら、どれだけよかったことか。


 手を払うような所作をし、違うディスプレイを展開する。


 次に表示されたソレは、リリーの論文のようでいて、重要な部分が荒く改竄されていた。その内容はあまりにも平和とはかけ離れた用途について綴られている。


 苦虫を噛み潰したかように、リリーは顔をしかめる。


 ほんのついさっきの会議での出来事が、リリーの中でリフレインされてくる。


 それは、いずれもリリーを賞賛する声ばかりだった。


 しかし、リリーは微塵も嬉しいとは感じられなかった。


 何故なら、その声は自分に向けられたものではなく、自分が作り上げてしまったものに対してだったから。


 次第に過激になっていく声。リリーを中心にして、苛烈な言葉が飛び交っていく。目眩。自分が何者なのかが分からなくなっていく、そんな錯覚。


 今一度、反芻し吐き気を催した。


「こんなもん、あかんねん」


 歯噛みし、リリーは研究室へと飛び込んだ。

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