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ぷらとにっく・ぎゃらくしぃ  作者: 松本まつすけ
Episode.4 Paradox answer

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延命処置 (4)

 ※ ※ ※



 相変わらずの散らかり具合の見て取れるキャナの部屋にもう何度目かの足を踏み入れた。そこかしこに展開されている資料のいずれも、やはり俺にはあまりに難解すぎる内容ばかりで、この部屋の主のキャパシティに改めて驚かされる。


「――んで、つまりこの条約に従い、複製細胞の移植に関する制約が課されるわけやから、改定案としてさっきの血液問題を代替案として持ってこれるんやな」


 すまん、ちょっと話を聞いてなかった。人類の進化論の拡張性がどうとかという辺りからもう既に話がついていけてなくなっている。


 嬉々として語るキャナの表情ときたら、嘘偽りのない完全なるふわふわな笑顔だったと断言できる。さすがは稀代の天才と呼ばれた博士なだけはある。


 俺の知識がいかににわかであるかが明らかとなった。


「ん、ゼックン、どしたん?」


 きょとんとした顔でキャナが首をかしげる。


 かれこれこの講義もどれくらい続いたことだろうか。


 これらが何の話なのか?


 それは説明するまでもないことだ。


 俺の余命を少しでも延ばすためには、どのような方法があるのか。それについてを専門家の博士による分かりやすい解説を添えて語ってもらっていた。


 少なくとも、自分の命に関する重要な話であることだけは確かなのだが、その明確なところがあまりにも遠いところにあるように思えた。


 要約すると、以前の話にもあったように、人の命を弄るにはかなりの制約の中、かなりの権限が必要だということ。それは鍵をかけた扉を一枚、二枚、開錠するようなレベルの話なんかではけしてない。


 例えるならば、九割トラップしかないような無数に用意された扉を前にして、正しい順序で開錠していくような所業。正解の扉も突如トラップに化けることもあるし、扉の先にもまた無数の扉がある、そんなような状況下だ。


 まさしく気の遠くなる話。


「熱が入ってきてるところ悪いが、そろそろ休むべきじゃないかと思ってな」


 さりげなくそう伝える。キャナも自分の声がやや掠れかかっていることに今さら気づいたかのような反応を見せる。ケホケホと咳払いして、何度目かのドリンクを口へと運んだ。


 ほんのついさっきまで、リフレッシュルームで意気消沈していたとは思えないほどの変わりようだ。すっかり元気になったと思えばいいのだろうか。


「せやな。まだ申請通さなあかんのもあるし、そろそろプニちゃんにも声かけんと」


 途端に渋さを極めた顔になる。そこまで嫌いか。


 確かキャナにはプニカのクローンのα3が付き添いとしていたはずなのだが、この部屋には見当たらない。何処か別な場所で用事をこなしているのだろうか。


 思えば、今この部屋中に散らばっている情報の山をどういうわけかネフラを助手にして整理していたようだったし、とことんそりが合わないのか。


「俺も人のことを言えた義理ではないが、無茶はほどほどに頼む」


「ゼックンに言われたない」


 正論だ。


 とはいえ、ミーティングルームから落下して気を失った姿を見た時には血の気が引くどころではなかった。何が起こったのかさえ分からなかったのだから。


「まあそう言ってくれるな。もうお前だけの身体じゃないんだ」


 ぷいっとそっぽ向かれてしまった。


「そーゆーこと、あっさりと言われるのヤなんやけど」


 声色がニヤついている。頬もほんのり赤く染まってきている。


「うち、疲れた。もう休む」


 なんともぶっきらぼうにそれだけ言い残すと、ふわふわ、よれよれと見ていてヒヤヒヤするくらいに危なっかしく飛んでいき、無数のディスプレイという障害物の間をぬって、おそらく寝室と思われる方向に向けて、キャナの姿は消えていった。


 どうやら飛べるくらいには調子は元に戻ってきているようだが、あの調子では不安は拭いきれていない。


「ゼクラ殿がいると、姉御も機嫌がよくて助かるのでござる」


 何食わぬ顔でネフラが現れた。いや、一応さっきからずっとこの部屋にいたのは知っていたのだが、部屋の中に散らばるディスプレイに阻まれてすっかり姿が隠れてしまっていた。


「普段はそんなに機嫌が悪いのか?」


 思わず聞いてしまう。


「ふむ、拙者から言えることはないのでござる。無用な詮索は命取りでござるよ」


 どうしてまたそんなにおびえたような顔をしているのか分からないが、そんな様相を見てしまうと詮索したくなる欲求が沸き起こってこないでもない。


「なら、何も聞かないでおこう。短い寿命を縮める必要もない」


 自嘲気味にそう呟く。あまりに皮肉じみた言葉だったのかもしれない。


「……近いうち、ゼクラ殿にも話が掛かると思うのでござるが」


「なんの話だ?」


「今進めている計画についてはご承知の通り。その法律ルールの改正のために、シングルナンバーとしてゼクラ殿にはご同行願うこともあるのでござる」


「それは随分と物々しい話だな。人類としてではなく、シングルナンバーということにもやはり意味はあるのか?」


 シングルナンバー。それはつまり、人類に初めてコードというものが付与された世代。今からおよそ二十億年も前にも遡る世代だ。


 遺伝子改造によって生み出された人造人間だけが呼ばれる。


 そして俺はシングルナンバーの中でも最後の世代、コードZ。人類の最終進化形態とも呼ばれていた兵器だ。


「ゼクラ殿がどの程度までご存じか……。ゼクラ殿を最後に、人体改造を施した人類型兵器の製造は廃止。禁忌とされ、現代にまで至るのでござる」


「俺の調べた限りでは、シングルナンバーという存在こそが人類と機械民族に革命的なものを起こした、そういった認識だが」


 禁忌とまで言われてしまっていたか。無論、そこに疑問はないのだが。


「その認識で間違っていないのでござる。それゆえ、今回のゼクラ殿の延命処置については、シングルナンバーの立場として裁定されるということを予め留意いただきたい」


 今更ながらだが、ひょっとしなくても、俺自身の延命処置というものは俺が思う以上に厄介すぎる案件だったんじゃないだろうか。


「あっ、申し訳ないでござる。これはゼクラ殿を責める話ではなく……その、そういった背景を逆に武器として改定を求めるという……」


「分かってる。分かってるつもりだ」


 これが簡単な話じゃないってことはとっくに分かっていた


 俺が生きるということは未来に向けて過去を捨てるという意味ではない。分かり切っていた。

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