教えてくれへんか?
※番外編
目の前におっぱいがあった。
いや、お姉様がいた。
あたしの家に来客かと思えば、玄関の扉前でふわふわしているお姉様がそこにいた。相変わらずデカい。
「おぉ、ナモナモぉ~」
いきなり正面から抱きつかれる……かと思いきや、煮え切らない、ふわふわというよりもふにゃふにゃという微妙な笑顔で静止した。目の前がおっぱい。
「ど、どうしたの? お姉様」
とりあえず一歩引いて、視界を確保する。とりあえず雲行きのよろしくないようなそんな状況のように思わされた。何を思い詰めた顔をしているんだろう。
「えぇ~となぁ……?」
妙にもじもじとした態度。ふわふわというよりもごわごわしたじれったさがある。
「ちょっとナモナモにお願いしたいことあんねん」
「お姉様があたしにお願いごとなんて珍しいね」
あたしにできないこと沢山のことができて、知らない沢山のことを知っているのだから、一体あたしの何が助けになるというのか。
「りょ、料理。料理、教えてくれへんか?」
「え? 料理? それだったらレシピコード発行してあるから申請一つで好きなのを作れるんじゃ……」
ボタン一つで好きな料理が出てくるなんて便利な時代だとは思う。
「そやなくて、うちが作るんよ。ナモナモみたいに、自分で作りたいん」
今の時代に自分で料理を作るなんて奇特な人もいたもんだ。自分のことは棚に上げちゃってしまうのだけれども。
「でもそれだったらチュートリアルプログラムもあるし……」
調理の手順法も立体的な映像を添えてガイドしてくれちゃう。ちょっとした塩加減とかまで個人の好みに合わせたレシピを自動で算出できちゃう融通の利くシステムだ。あたしが横でいちいち口を出したりするよりもずっと効率的だと思う。
「ちゃうちゃう、うちは、ナモナモに料理を教えてもらいたいんよ!」
ぬぅーっとお姉様が余計に距離を詰めてきた。またおっぱいだ。おっぱいにしか目がいかない。助けて。
「そ、そんなこと急に言われても、あたしあまり人に料理とか教えたこととかないし……」
「何言うてんの、こんなん配信しとるくせに」
『ヘローヘロー、こんちゃっちゃ~』
「うわあああああぁぁっ!!」
突如、宙に出力されてきたディスプレイをパシパシと叩く。
けれど煙でも何でもないソレはそんな抵抗など何の意味もなさず、無情にもあたしの恥部を晒した映像を流してくる。
『今日の献立はあぁぁ~? はい、肉じゃが~。いぇ~いっ♪』
やめて、割とやめて。
この動画に映っている人物は間違いなくあたしだ。編集作業をする上でも何回も何回もチェックしてきたとはいえ、こうやって他人に突きつけられると恥ずかしさのあまり蒸発してしまいそうだ。
七十億年前にあった古代料理の献立を紹介するという名目で、こんな動画もかれこれ相当な数を出してきていた。特にプロテクトを掛けていたわけでもないし、そらまあ、お姉様の目にも触れるよね。
かなり評判も良くて、何故かあたしをモデルにしたバーチャルアイドルのようなものも一部で流行しているとかエメラちゃんも言っていた。まるであたしのクローンが宇宙を飛び回っているみたいで、これもこれで恥ずかしいものだ。
不思議なくらいアンチも沸いてこないので悪い気はしないのだけど……。
「こ、これは、その、教えるというか、記録を残す的な意味合いでやってるのであって……ちょっと勝手が違うというのか何というのか……」
「えいっ!」
「はにゃっ!?」
お姉様の見えざる手による攻撃があたしのクリティカルなポイントにヒット。電流を脳天に流されたかのような強烈な刺激が襲いかかってきた。なんか、ちょっと久しぶりな気がする。この感覚。
「そんな細かいことどうでもええねん。ええから、ええからうちに料理教えてよ」
「あひぃーっ、あひひっ、ちょ、お姉様、や、やめぇ……」
身体中くまなくまさぐるようなくすぐりの追撃が来る。一体手が何本あったらこんな感覚になるのだろう。恐ろしい。超能力、恐ろしい。
「おっと、せやった。ナモナモ妊婦やった。あんま無茶せんとこ」
もっと早い段階で気付いてほしかった。
「はぁー……、はぁー……、りょ、料理を教えるのは別に構わないんだけど……、どういう風の吹き回しで? 作るだけならレシピ構築でどうにでもなるのに」
便利な世の中よね。素材とかピッピッピと入力して、調理方法もパッパッパと指定して、それだけで大体どうにかなる。一度作ったものも記録しておけば同じものを直ぐに作れちゃうし。インスタント食品やレトルト食品なんか目じゃない。
「じ、自分の手で作った方が愛情、こもりそうやん?」
なんかまたもじもじしだした。なんなんだろう、この仕草は。そんな片想いな恋する乙女みたいな初々しいムーブするキャラだったっけ?
「もしかして、ゼクに何か作りたい、とか?」
「ふへへぇ~」
ふわふわな笑顔で返された。どうやらそれっぽい。
ここは塩を撒いて塩対応するより塩を送った方がいいか。何も料理を教えるくらい減るもんじゃなし。
「まあ、あたしも今は暇してたとこだし、上がってよ」
そういってお姉様を家に上げる。お姉様は家に上がっているのだけど。ふわふわ的な意味で。
この家は当然、あたしの昔住んでいた家そのものを再現しているからキッチンもちゃんと付いている。それもかなり高性能なシステムキッチンだ。簡単な料理ならボタン一つでポンと出すこともできる。
勿論、普通に料理する設備も完璧だ。火も水もちゃんと使えるようになってるし、調理器具もなかなか充実している。再現した、といいつつも当時のものよりも贅沢に取りそろえてある。
「キャナ様、いらっしゃいませ」
リビングで一休みしていたα2が出迎えてくる。
「ほぇ!? プニちゃん? じゃなくて、そか、アルツーちゃんか」
相変わらずお姉様は反射的に反応してしまう程度にはプニーに対して苦手意識を持っているようだ。
「はい、私はプニカのクローン、α2です」
「なんや変わった恰好しとるなぁ」
「はい、こちらはナモミ様に用意していただきました」
今のα2はあたしの個人的な要望によってメイド服を着てもらっている。やっぱり身の回りの世話をしてもらうならこういう服装が相応しいよね。
ちょっと浮いてるけど。




