分岐点 (3)
「俺の答えは変わらない。俺は一線を退いた。お前の言う未来を、俺は信じない」
生半可な覚悟を持ってマシーナリーに保護されることを決断したわけではない。
如何にマシーナリーに対抗しうる戦力を持っていようとも、戦争の果てにあるものは俺の望むものではない。繁栄のための和解。それが今の俺が出した答えだ。
「なるほど、参りました」
ズーカイが大きく溜め息をつく。そして頭を垂れた。
「しかし、このまま引き下がる前にもう一つ可能性を提示してもよろしいですか?」
なんて諦めの悪い奴だ。
「なんだ、可能性というのは」
「……クローンですよ、勿論」
流石にそれは予測できていた。プニカがクローン製造の許可を得た時点で俺自身が一番気に掛けていたところだ。
クローンの製造が可能となれば人類の繁栄が確約される。その可能性は一先ず現状の制約によって潰えたが、まだあるはずだ。
そう、例えば、俺自身のクローンが造れるのなら、今ここにいる俺が『ノア』を離れる必要は無い。クローンの俺が新たなる戦力として加勢することはできるはずだ。
その可能性については、プニカから明確な答えは受け取っていない。
「僕の記憶が確かであればクローンの製造はクローンであれば許可されているとのことでした。クローンという概念がどの程度まで広義かにもよりますが、僕の思うところ、シングルナンバーは既存細胞の培養の段階から生成された人造人間。つまり、クローンと呼ぶことができるはずですよね」
エメラがギクリとした顔をしている。かなり怪しい部類らしい。そんな表情ではまるで認めているも同然だぞ。このことに関してエメラが分からないはずもない。
その辺については俺も思っていたところではある。
なんてしぶとい男だ。意地でも俺を連れて帰る気のようだ。
「ゼックンのクローンができるなら、ここにいるゼックンを連れていく必要がないってこと?」
キャナが食いつく。それを悪魔の誘いと分かっているのだろうか。
「あくまで可能性の話です。少なくともゼクラさんは僕の返答に応じるつもりはないことは分かりましたので」
思案に耽っている。キャナの中で何かが揺れ動いているのかもしれない。
「なぁー、エメちゃん。正直に答えられる? どうなんや?」
「ぅー……ゼクラさんの細胞情報は極めて複雑で、ゼロからではなく既存から生成されていることは認められているッスから……それをクローンとすることは確かにできるッス」
認めてしまうのか、それを。エメラが言ってしまうのか。
「アンタの言う、マシーナリーの殲滅言うん。それがどないなもんかうちには分からん。でも、人類の、いやうちらの未来にとっての脅威を取り除いてくれるんなら、それをとやかくは言わん」
キャナ、お前まさか。
「もしも、ゼックンの力があれば、その脅威がなくなる可能性がなくなる言うんなら、うちはその希望にすがりたい。だってゼックンが傍にいてくれて、ゼックンがうちらの未来を救ってくれるんなら、うちは……」
一体俺に何を求めているんだ。
「キャ、キャナさんは本当にそれでいいんスか? ゼクラさんと同一個体が複数存在してしまうんスよ?」
「プニちゃんを見てみぃ。あの子、全部同じに見えるんか? クローンは同じ個性、同じ能力を持つ存在。せやけど、それは生み出された瞬間だけ。うちの傍にいるゼックンも新しく生み出されるゼックンも同じやけど、違う」
プニカの表情も読めないヤツがよく言うものだ。一番クローンプニカのことを不気味がっていたような気がするのだが、そこは触れない方がいいのだろうか。
「賛同者がいることは嬉しいです。ゼクラさん、あなたの意見も伺いたいです。どうやら僕の提示した可能性は極めて高いようですが、あなたはどう考えますか?」
クローンとは即ち複製。それは禁忌とされることが多い。
何故ならば、同一のものが人為的に造られてしまうから。
しかし、その質問は俺にとっては簡単には答えられない。
俺はシングルナンバー。かつて、マシーナリーによって兵器として生み出された存在であり、いわば道具のような扱いだった。
エメラがソレをクローンと認めたように、人造人間である俺自身が他者のクローンである以上、それ自体を否定することはできない。
だが、俺のクローンの製造を認めてしまうことは、つまり、俺にまた戦いの道を歩めと言うことだ。明確には俺ではない、俺のクローンが、だが。
俺はまた、戦わなければならないのか。かつて兵器と呼ばれたように、またしても多くの命を奪う立場にならなければならないのか。
それは俺であって、俺自身ではないことは分かっている。
それでも、今こうして、破壊する者をやめて、命を紡ぐ者として生きていく覚悟を決めた俺が再び破壊する者として生きていくことは、あまりにも耐えがたい。心が壊れてしまいそうだ。
キャナは言った。クローンが同一であるのは生まれたその瞬間だけ。そこから先は違う。ただ、それは言い換えれば自分であり、自分ではなくなるということ。
今の自分と、壊す自分が、同じ世界に両立してしまう。
それを、俺自身が許していいのか。
二律背反の肯定。
俺と、俺が、対立してしまう。
俺は俺を許せるのか。俺は俺を許してくれるのか。
俺が俺自身を肯定すれば、拮抗は保たれる。人類は繁栄の未来を辿り、俺の望む未来を描くことができる。
俺が俺自身を否定すれば、訪れるのは混沌。人類が滅亡するかもしれない。俺の望まない未来があるかもしれない。
俺にどんな未来が委ねられているというのか。俺に未来を委ねていいのか。
いや、そもそも、一体、俺はどんな未来を描いているんだ?
俺の歩む先にある未来とは、何なんだ?
人類の繁栄? 人類の滅亡?
そんなもの、俺に分かるわけがない。
俺なんかに、分かるはずもない。
「ゼクラさん、いつまでも黙っていては分かりません。答えをお願いします」
「……俺は、俺自身が何者なのか、よく分かっているつもりだ。これまで生きてきてどのようなことをしてきたのか、どのような力を持っているのか、その全てを。未来のことをハッキリと言えはしないが、俺の中の答えはもう決まっている」
もう、この答えしかない。
俺の答えはこれしかないんだ。




