ずるいやん (4)
※ ※ ※
「どうもゼクラさん。わざわざすみません」
飄々とした顔で、ゆったりとズーカイが出迎える。
どんな独房に閉じ込められているのかと思えば、想像していたよりも快適そうだった。簡素な居住スペースに外側からロックの掛かる扉が付いているだけだ。
監視カメラや扉の小窓から中の様子がよく見てとれたが、ベッドやテーブルなど必要最低限の家具も完備されており、隔離されていると言うよりも丁重に扱われている客人と大差ないのでは。
「まったく……お前の酒癖の悪さには呆れ果てるよ」
「いやはや面目ない」
ただでさえここでは危険対象に認定される部外者なんだ。不用意な行動は避けてほしかったところだ。これで余計に警戒されるようになったも同然。
コイツは穏便に事を運ぼうとはしていないのか。
「それじゃ、ロックを外すッス」
そういってエメラが扉の横のパネルから出力される操作用のディスプレイに手を掛ける。それに合わせて警備担当のマシーナリーが武器を構え、警戒態勢に入る。
ポンとソレにタッチすると、扉は瞬く間に開き、ズーカイが出てきた。
銃口を突きつけられているというのに、またえらく余裕のある表情だ。
「ズーカイ、お前には聞いておきたいことがあるんだ」
「なんでしょうか」
周囲のマシーナリーたちの緊張感が高まるのが分かる。
やはり、そういうことなのか。
「お前の言おうとしていた、真実だ」
「ゼ、ゼクラさんっ! それはダメッスよ!」
エメラが止めに入ろうとする。俺がこう言おうとしていたことも予測していたのかもしれない。
「いいんですか?」
「もしそれが、今の俺に必要なことならな」
俺は、ソレを起動する。
「うわぁっ!?」
「な、なんやっ!?」
俺とズーカイ、そしてキャナの三人を残し、その場に壁が生まれる。
それをもう少し正確に言うなれば、Zeusによって生成された鋼鉄製の拘束具のようなもの。
あたかも粘土のように自在に形を変えるソレが、まとわりつく。だが、それはけして粘土のように柔らかくなどない。エメラを含む、そこにいたマシーナリーの身動きを一時的に奪う程度の時間稼ぎだ。
「くだらない話ならお前を切り刻んででも追い出すぞ」
「さすがはゼクラさんですね」
Zeusのソレの一部を鋭利な刃物に変える。ズーカイの身体であろうと容易く両断できるだろう。それを二本、三本と生成。これは脅しの道具なんかではない。
「ぜ、ゼクラさ……、ダメッス……話を聞いちゃ……」
鋼鉄の柱の向こうに取り込まれたエメラが何か言ってくるが、従うつもりはない。
「キャナはどうする? この話は聞くべきじゃないかもしれないぞ」
「そないなこと言われても……うちかて蚊帳の外はヤや。うちだけ仲間はずれなんてずるいやん」
キャナが何を思っているのかは分からないが、覚悟がなかったわけでもなかったらしい。俺のそばを離れるまいと体を寄せてくる。
「――で、だ。お前はどうやら俺たちの知らないことを知っているらしい。それは俺たちにとってどれだけの意味を持っている真実なのか。今、この場で話してもらおうか。最初からソレを交渉のネタにするつもりだったんだろう?」
「ええ、その通りです」
「話しづらいなら酒でも飲むか?」
「いいえ、結構」
相変わらずゆったり口調で短い言葉で締める男だ。
「では、お話ししたいところですが、まず相互理解を深めましょう」
「相互理解?」
「そうです。ゼクラさん、あなたは人類は絶滅危惧種という認識ですね?」
「ああ、その通りだ」
それは今更疑うところではないはずだ。
「それは何故ですか?」
「この『ノア』を含み、人類の生存が確認されなかったからだ。渡航領域を考慮しても繁栄しているとは言えないという結論に至った」
「さらに伺います。何故、人類はそこまで減ってしまったのですか?」
こいつ、一体何が言いたいんだ。
「それは数百年前、大規模の爆発事故が起きたからだ。これによって多くの人類が巻き込まれてしまった。それが全てだ」
俺の体に寄り添っていたキャナが不安そうな目でこちらを見つめているような気がした。まるで俺の言った答えが間違っていると言わんばかりに。
「僕の認識とは違います」
氷塊が俺の体を貫いたような気がした。その認識が違うというのは一体どういうことなのか。それはとどのつまり、どういうことを意味するのか。
この言葉に続くものは一体何なのか。
常識を覆すような、世界をひっくり返すような、途轍もなく触れてはいけないような禁忌が眼前に突きつけられている、そんな錯覚に陥った。
「なら、お前の見解を聞かせてくれ。何故人類は絶滅の危機に瀕した?」
その答えを訊いてしまっていいのか。
もう既に俺の中でその答えは出ているんじゃないのか。
必死に止めようとしているエメラたちの妨害をしてまで、聞く必要のあることだったのか。言い放った言葉を戻す術もなく、ズーカイの返答を待つ。
「事故ではありません」
ズーカイが、短く答える。
その刹那、俺の中で何か亀裂が入ったような、そんな音が聞こえた気がした。
次の言葉への不安が膨らんでくるのを感じた。
「表沙汰には超新星爆発という扱いになっているのでしょう。ですが、ゼクラさんの言う爆発事故は故意に引き起こされたものです」
何故か、そこでエメラが小さく引きつったかのような声を挙げた。そして、ズーカイが視線をそこへ向ける。
「マシーナリーによる、人類根絶やし計画だったんですよ」
どうした、エメラ。
何故そんな青ざめた顔をしている。
こんなのはデタラメだと反論すればいいんじゃないのか。
どうして、何も言い返そうとしないんだ。
それではまるで真実だと認めていると同じじゃないか。
「これが、お前の言う真実なのか?」
「そうです」
ズーカイは短く、端的に、言葉を紡ぐ。
不意に、ギュッと俺の肩が引っ張られたような気がした。そこには手も何も掛かっていないが、その正体はすぐに分かった。
キャナの仕業だ。精神が不安定になっている。
「……うちも、実は知っとったんよ」
ボソリと言葉をもらす。それは意外ではあった。
ただ、少し前のキャナには何か仮面のような分厚い何かを感じていた。隠さなければならない何かを封印するようなソレを。ひょっとすると、それはそういうことだったのかもしれない。
ずっと、ずっと知っていながらも、お前もまた隠していたのか。
「この事実を知らないのは、俺たちだけだった、のか……?」
「きっとナモナモとプニちゃんくらいや」
聞くべきではなかったのか?
何かが壊れるようなソレを確かに感じた。




