ずるいやん (3)
「ゼクラさん、そういえば一点、報告することがあったッス」
「ん、なんだ。まだ何かあったのか?」
エメラが何とも渋そうな顔をする。
「いえ、あの人のことッスよ。ズーカイさん」
忘れていたわけではなかったが、ハッとする。アイツの姿はこのミーティングルーム内にはない。例の食堂での一件で、マシーナリーの面々に連行されたっきりだ。
規律に反するということで、簡易な懲罰施設にいるという話を聞かされている。
何やらそれだけ聞くと仰々しいが、直接的な危害を加えているわけではなく、単に隔離しているだけらしい。
「まだ閉じ込めているのか? 確かにアイツも言い過ぎたことはあるが……」
ふと、思い起こす。先日はプニカとの口論が始まり、何やら口走ろうとした矢先に強制的に中断するかのように連れて行かれてしまった。
一体何を言おうとしたのかは分からない。ただ、俺はそのとき、少し妙な違和感を抱いていた。喧嘩の仲裁にしては大げさに思っていたからだ。
「今から解放する予定なんスけど、ゼクラさんには昔のよしみとして立ち会ってもらえないかと」
「ああ、まあそれなら構わない」
別段、アイツなら暴れ出すこともないと思うのだが、やはり何処かエメラを含むマシーナリーたちの対応が異様に厳重な気がしてならない。
無論、俺たちが絶滅危惧種という立場で丁重に守られているという状況であることは重々承知しているつもりだが、武装も放棄した相手に何を恐れているのか疑問に思わないでもない。
ほんの少し前、もはや昨日の今日、惑星『フォークロック』にあるサンデリアナ国の王族親衛隊という立場で、一言では言い表せないようなとんでもない状況に追い込まれたという事実も忘れているわけじゃない。
実質アレの主犯格に含まれているのだろうが、別にズーカイがナモミを連れさらったわけでもなければ、ズーカイがブーゲン帝国に戦争を仕掛けたわけでもない。そういう組織の中にいたと言うだけの話だ。
そこの割り切りの問題なのだろうか。
「アイツも反省していることだろうし、俺も色々と話したいこともあるからな」
ふと、首の後ろ辺りがちょいちょいと引っ張られる。
「……なぁ、ゼックン。うちもついてっていい?」
振り向くと、やや距離を置いた位置からキャナが、指先一本立てて、こちらを見ていた。
「それは別に構わないが……」
エメラの方に目配せをする。特に問題はなさそうではあるが、依然として渋そうな顔をしている。
そもそも、なんでズーカイが今この『ノア』に来ているのか、という話だ。
その目的は俺を連れて帰ることにある。かつての仲間である俺の力を欲している。ここに全てが集約されているのだろう。
それはこの場にいる誰もが望んでいないこと。俺という存在が『ノア』からいなくなったとき、人類の滅亡が極めて現実に近づく。
「うち、ゼックンがいなくなるの、いややから」
「これは俺の問題で――」
「ヤ」
キャナがふわふわと浮かび、俺との距離を詰めて、そのまま肩まで腕を回してきた。いつもながら大胆のように思えたその行動も、何処かいつもと違うように思えて、手を払う気も起きなかった。いつも払った事なんてないが。
「うちの問題でもあるんよ?」
至近距離にまで迫ったキャナの瞳が、俺に強い何かを訴えかける。
「ゼックン連れてかれるの、黙って経過だけ待つなんていやや。うちも行く」
わがままなだだっ子のソレに思えた。
ここで逃したら今生の別れになってしまうかもしれない。そう、思わされるくらいに。まさか、そんなことはない。俺が『ノア』を離れる理由はないのだから。
「我が輩たちも同行した方がいいでありますか?」
「拙者もお供するでござるが」
「そんなに大人数で行ってどうするんだ。向こうにも何体か待機しているんだろ?」
「そうッスよ。武装解除した相手にそこまで割く必要はないッス」
と、言っているエメラだったが、果たして本当にそう思っているのか。何かに対して不安を覚えている。それは端から見て、俺にはそう感じられた。
相手はズーカイ、ただ一人。武力差で恐れるところは何もないはずだ。
ならば、一体何を警戒しているというのか。
俺が説得させられて『ノア』を離れるという結果か?
それとも、別な何か、俺も知らないことがあるのだろうか。
『ゼクラさんも真実を知らないからそのようなことを言えるんです。なんだったらこの場で全部言って――』
あのとき、ズーカイは何を言おうとしていたのか。この言葉の続きは紡がれることなく、強制的に中断され、ズーカイは連れて行かれてしまった。
今ズーカイに会いに行けば、この言葉の続きを聞けるのかもしれない。
その真実とやらが、俺の心を変えさせるほどのものなのかもしれない。
何より、そのことを、俺たち人類が知らなくて、マシーナリーは当然のように知っている真実だというのなら、それはとどのつまり、マシーナリーが隠そうとしている真実ということになるのかもしれない。
そこまで不都合なことがあるのか。俺にはまだ分からない。
「な、ゼックン。はよいこ?」
「ああ、そう、だな……」
キャナも察しているのか?
ズーカイの語る真実が、この『ノア』においてとんでもない爆弾であるかもしれないということに。
「ナモミはどうする?」
聞くつもりはなかったが、俺はついナモミの方に向き直る。
「ええと、あたしはパス。プニーの様子を見に行くよ」
そういえば体調不良ということで話を通しているんだった。
今頃、プニカも何をしていることやら。また一人で狂喜乱舞のプニプニダンスを踊っているんじゃないだろうな。
何にせよ、この場はナモミにも誰にも会わせず放っておくのが正解だとは思うが、この辺りを事細かに説明してしまうとプニカが羞恥心のあまり蒸発してしまいそうだから後のことはα4の対応に任せることにしよう。
「なら、プニカによろしくな。それと、お前も妊婦なんだから具合が悪くなったら直ぐに知らせろよ」
「分かってるよ。大丈夫、大丈夫」
まだ妊娠初期ということもあってか、ナモミもそこまで不調ではないらしいが、人によっては体調面でも精神面でも著しく変化していくらしい。
俺にできることは少ないだろうが、大事に至らないことを祈るばかりだ。




