ずるいやん (2)
※ ※ ※
「――ということだ」
報告を終える。とはいっても端的で、それほど込み入った話もなかったのだが。
プニカによるプニプニダンスの下りも省いて、プニカの不調に関することもなるべくオブラートな感じでまとめておいた。
「ついにプニーもママなんだ! プニー、おめでとう!」
ナモミがパチパチパチと拍手を送る。
「いえ、私ではなくマスター・プニカなのですが」
「あ、そうだった……」
α4の訂正にナモミが「えへへ」と返す。
やはり、プニカの誤認は解消できそうにないようだ。
「順調なようで何よりッスよ」
エメラがホッと安堵したような笑みを浮かべている。ただ、何処か含みのある感じがしたのは俺の見間違いだろうか。
そっとエメラが一瞬逸らしかけた視線の先を追う。そして少し理解した。
「……んぅ」
とびきり不服そうな顔をしたキャナが、パチ、パチと拍手している。
祝福しているようなソレではない。
表情を読むならば「それ、ふこーへーちゃうのん?」と言っているようだ。
さすがに口には出さないようにしているようだが、丸わかりだ。
確かに『ノア』に居住している人類の女性陣で、妊娠していないのはキャナだけとなった。そこに思うところもあるのだろう。
俺もてっきり当初はキャナが一番最初に懐妊するものだと思っていたのだが、予想は大きく外れてしまった。
その理由を、俺は実は分からないでもなかった。
というのも、キャナは事に性行為において、かなりの奥手だからだ。
感情の起伏も激しく、時に積極的に求めてくることがあっても、ベッドの上では別人に変貌する。時には「やっぱりだめぇ」などと拒否されることもあるくらい。
そういう床事情を知っているからこそ、こうなってしまった現状に納得せざるを得ない。だが、本人にとってはそれとこれとは違う問題のようだ。
その胸の内で一体どんな感情を煮込んでいるのやら。
キャナの視線がナモミとプニカ……のおなか辺りを行き来する。そして、唐突にポッと顔を赤らめて、伏せてしまった。
「次はいよいよお姉様だね」
明るい顔でナモミが言う。悪気はないのだろうが、キャナの肩が短く震える。
「キャナ様、私も応援しております」
α4が追撃。顔も声もまんまプニカだからまたややこしい。
今、キャナが何かを小さく呟いた気がする。
ナモミやα4には聞こえなかったと思うが、「ずるいやん」と、そのように聞こえた。ぼそりと呟いたにしては、かなり熱のこもった言い方だ。
「競争しているわけじゃないんだ。そんな急かすこともないだろう」
と、ささやかなフォローをしておく。
「ゼックン、たっくさん、えっちしようなぁ」
うすら笑みを浮かべて、あたかもさわやかを装うようにこちらに向けて言い放つ。悪いが、お前の心の内は正直筒抜けだと言わざるを得ない。
お前の強がりぐらい見抜けないわけがないだろう。お前とは何度ベッドの上で身体を重ねたと思っているんだ。
そもそもキャナ自身も何をそんな意固地になっているのか、というところもある。そこまで強い自分を演じたいのだろうか。
もう大体、他の二人にもバレてると思うのだが。
子作りに強い願望があるのは間違いないとは思うのだが、まだ何処か、俺はキャナのことを分かってやれていない部分が多い。
俺はキャナの何になれているのだろう。そういう不安がないわけでもない。
「ナモミさんもプニカ先輩もしばらくは性行為は控えてもらうことになるッスから、キャナさんには存分に性行為に専念してもらいたいッスね」
「キャナの姉御、拙者も応援しているのでござる。世継ぎのためという建前よりも姉御自身のためにも、ゼクラ殿との子孫繁栄を」
お前ら、火に油注ぐの、好きなのか?
「うん……、うち、頑張るよ」
また、ポッと顔に赤が灯る。
最近はどうにも、キャナの調子も狂っているようだ。やはり醜態をさらしすぎたというところもあるのだろう。
強がりが強がりだとバレてしまっているからこそ、強がることで返ってその分、羞恥心のようなものが沸き上がっているのかもしれない。
ふわふわとした謎の余裕を醸し出すキャナは何処にいったのやら。以前にも思ったのだが、『ノア』の女性陣、自分を偽りすぎなのではないだろうか。
「なんでしたら、私もお手伝いいたします」
「それはヤ」
きっぱりとα4の提案を断る。
そういえば、あの一件からまた一段とプニカ嫌いが加速がかっている感じだ。
α4にはそこまでの記憶は引き継がれていないはずだが、やはりプニカが関わることには賛成しがたいのだろう。
というか、キャナはプニカの無感情な無表情が苦手なのだから、あっちのプニカがどうとかじゃなく、クローンプニカでも変わるところはないのか。
「ふぅ……」
アンニュイなオーラをもらしてくる。物憂げだ。自分だけ出遅れたことがそんなにも気に掛かっているのか、それとも全く別な理由か。
悟られないようにか、キャナがこちらに向けて、もう一度笑顔を見せる。多分それは「子供いっぱいつくろうなぁ」というふわふわ笑顔のつもりなのだろう。
だが、やっぱり俺には、そこにふわふわ要素を見いだせなかった。せいぜい言ってごわごわだ。なんともいたたまれない感じになってしまう。
実際のところ、どうなんだ。自分だけが出遅れるというのは。
競争をしているわけじゃない。それはお互いに理解しているところのはず。
むしろ今後の将来を考えれば一人二人どころではなくなる。これからも『ノア』の女性陣には子供を産んでもらうことが確約されている。
なら、スタートダッシュの遅れなんて気にせず、我先にと二人目、三人目を考えていけばいいのではないだろうか。
だが、しかし、やはりそう単純には割り切れないか。人間の感情は、そこまで融通の利くものじゃない。
それに俺自身、拭い切れていない感情があるのも確かだ。
ナモミは、俺のことを想ってくれている。
プニカも、俺に対する強い依存を感じる。
じゃあ、キャナは。キャナは俺に対して抱いているものがあるのだろうか。
ただ強がっていて、意固地に赤ん坊を産むという目的しか考えていないのでは。
そんなことはない。いくらキャナでも、そこまで自分の体面上だけで行動しているはずが……。
はたして、どうなのだろう。




