赤ちゃん産ませてください (3)
プニカが俺の腕をすり抜けて、力なくその場にへたり込む。まるで誤った値を入力され解がエラーを起こした計算機のように、自分の中にあるのにはじき出せない答えに潰されていた。
「私は、……けして優れた人間ではありません。基礎の能力もデータパックで補っていましたし、知識も経験もやはり誰かの遺した記憶を参照しているだけに過ぎません。管理者という職に就いていますが、それは適任でも何でもなくて、ただ私しかいなかった、ただそれだけのこと。何百年もの間、私たちは精一杯の努力を重ねて今に至りました。皆様を蘇生するにまで至りました。そこでついに悟ってしまいました。皆様に比べたら私は、とても、とてもちっぽけな存在だということに。これまでずっと私は、私の判断が正しいものだと信じていました。いえ、信じたかったのです。ですが、……ですが、私は、皆様を見ていて、判らなくなってしまったのです。私が何のために何をしてきたのか、そしてそれは本当に正しいことだったのか。蓄積された何百年の不安と疑問が、私の中で膨れあがっていたその何かが、弾けて壊れて、もう、何も判らないんです。薄々気付いているんですよ。私の些細な判断で皆様を困らせてしまっていることにも。そうですよね。管理者という名を持っているだけ、その責任を全うしようとしているだけで、私にはそんな……そんな大層な思想なんてないんですから。……ビリア様の一件。私が軽率に蘇生を行ってしまったことで皆様に、そしてナモミ様にも、迷惑を掛けてしまった。もっと適切な処理なんていくらでもあったはずなのに、私はダメなんです。どうしてこんな私が管理者なんてしているのでしょうか。正しい判断もろくにできないのに、幼稚で無能でおっぱいも小さくて魅力もなくて性行為も下手くそで……」
……言葉が途切れるのを待った俺がバカだった。
プニカの前にかがみ込み、そしてもう一度両腕でしっかりと捕まえる。
「もっとハッキリ答えてやればよかったな」
プニカに合わせて回りくどい言い回しをするからいけない。俺の答えを叩きつけてやるしかない。
「お前は正しい。正しいよ、プニカ。俺はそう思っている」
「そんな言葉じゃ判りません」
ダメ出しされたんだが。
「すみません……本当は違うんです。私は、本当は……」
また、言葉が詰まる。ひょっとすると言いたい言葉があるのに、それが出せないのかもしれない。回りくどく言い過ぎて回り道してしまったか。
不意に、プニカの腕がこちらに絡む。ギュッと、思いの外、強く。
「私は、あの方の言葉を否定することができなかったのです」
「ズーカイのことか? 人類が絶滅しちゃいけないのか、って話か? それとも、そこにお前の意志があるのかどうか、って話か?」
俺の身体に頭をグリグリと押しつけるように首を振られ、プニカに否定された。それは今しがたしていた話だったはずだが、それは違ったのか。
あいつも散々言葉を吐き散らかしていたから他にも癪に障ったことがあったんだろうな。酒を飲ますとズーカイはジニアよりも厄介だ。根はいい奴なのに。
「私、私は……性行為に依存しているのかもしれません」
きわめて真顔の涙目で訴えられるものだから、思わず吹き出すところだった。
確かにそんなことを言っていたような気はするが、そこなのか。
「確かに、私は任務として、私自身の意志として、人類の繁栄のために任務を全うしていました。そのつもりでした。私自身としても、子を成すことを、望んでいましたから。ですが、最近思うのです……私は性行為がしたいだけなのではと」
プニカはふざけて言っているわけではない。そう分かっているつもりなのだが、俺は今、どんな表情をしていいのか、困惑していた。
言わんとしていることは分からないでもないが、むしろそんなこととっくに知っていると言ってしまいたかったが、ここは堪えた。
「ゼクラ様と身体を重ねていくうちにふと思い至ったのです。私は本当は子供を作りたいのではなく、性行為をしたいだけなのではないかと」
ようやくプニカの口から言ってもらえた本音だ。頭ごなしにどうこう俺が言えるわけがなかった。
「私には何百年分もの記憶があるといっても、クローンであるこの身は本当は生まれたばかりと変わりません。そんな無知な私にゼクラ様から性行為というものを教えられ、目覚めてしまったのかもしれません」
うっとりとした顔を見せられてしまった。
「こんなにも気持ちいいものなんて、私、知りませんでしたから」
つい最近、こんな表情を何処かで見た記憶があるな。あれはいつだったか、何処だったか。ああ、アレだ。ビリアが発情した時のソレと同じだ。
すっかり発情して暴走しているあのビリアと同じ顔をしている。
「任務のため、人類の未来のため。頭ではそんなことを思っていながらも、私の本心はそんなことはどうでもよくて、ゼクラ様と性行為したいという欲求が日々強くなっていくばかり……」
はぁ、とプニカが溜め息をつく。
「あの方の言っている通りです。私、分からなくなってしまったのです」
衝撃の告白、というほどでもないが、俺もプニカの告白に対してどう答えればいいのか分からなくなってしまった。
「ナモミ様が妊娠したと知ったとき、私の中で何かが濁ったような、そんな気持ちになりました。きっとこれはそういうことなんだと思います。私は、任務や人類のことを考えていないのでしょう」
プニカの方からギュッと抱きつかれる。
「私は赤ちゃんが欲しい。その感情は以前、私が申し上げたときよりもずっと強くなっています。ゼクラ様と、もっともっと性行為がしたい。もう抑えられないんです、ゼクラ様。わがままを言ってはいけないと重々承知しているつもりです。私だけと性行為をしてほしいなんてダメだと分かっています」
涙の痕の残る潤んだ瞳で上目遣いになり、とろんと溶けてしまいそうなほどに恍惚な表情を見せ、俺に身体を擦り付けるようにして、プニカはその小さな口でそっと言葉を添えるように言う。
「ですから、私からのお願いはたった一つ。赤ちゃん産ませてください」
今度こそ離すまいと言わんばかりに、力強くギュウっと抱きしめてきた。




