増殖 (5)
「あまりプニカお嬢様を責めないでほしいです。この件に関してはソレガシも、それに他の者とも話し合った結果、このような形に収まったのですから」
別段誰かが責めているというわけでもなかったが、先駆けて前に入るようにゴルルが言う。あまりに前のめりに突き出すものだからテーブルに手を突き、並んだ食器が揺れる。危うく食事がひっくり返りかけた。
ゴルルの視線の先、といっても何処に目がついているのか分からない身体をしているが、その向いた先にはエメラがいた。エメラは絶滅危惧種保護観察員の中でも一番情緒や倫理観を重んじている。
人間を物理的に量産化することに対しては強く否定的だったうちの一人でもある。
案の定、自分が不在の間にそのような決定があったことには大層不満だった様子。とはいえ、『ノア』の事に関して言えば管理者はプニカであり、その他の決定権に至ってもエメラ自身が持っていたわけでもない。
「べ、別にそういう風に決まったのなら仕方ないッスよ」
とりあえずの返しをする。納得いっていないふてくされた顔だったが、この場において既に決まった事に対して余計な口出しをする立場でもない。
「そ、そっかぁ……プニーだけかぁ……ぁはは、びっくりしちゃった」
ナモミが乾いた笑いで息を吐く。びっくりした、の大部分は恐らく、クローン量産化が認められたことで人類が絶滅危惧種から除外されるのでは、という考えが過ぎったことが占めているのだろう。
そうなったら、これから人類繁栄のために子供を産もうとしている自分の存在意義が否定されてしまうような気がしたから。無論、ナモミもそんなことを口に出そうとは思わなかったし、一瞬でも自分がそんなことを考えたことに自分で驚いたくらい。
「で、でも、プニーがこんなに沢山いたら誰が誰だか分からないよね」
「人数に関しましては定員の規定も設けられていますので有限です。それにコードを参照すれば識別もできます。ちなみに、管理者であるプニカは私一人だけです」
そういって、宇宙空港からここまで案内してきたプニカはふと腕を見せるように肘を張る。よくよく見てみると、一行には見覚えのない赤いブレスレットのようなものがそこに装着されているのが見えた。
どうやらそれが管理者であることを示す証らしい。よく見てみると簡単には外れないように身体にフィットしているようだった。
「ううん、しばらく混乱しそう……」
周囲を取り囲むプニカたちの顔を眺めながらナモミは溜め息を一つ。
「さあさ、皆さん。折角の料理が冷めるですよ。温かいうちに召し上がるです」
そういって何とも微妙な空気の流れるこの場を緩和させるようにゴルルが促す。プニカは至って変わらない無表情で同じテーブルについているが、その心の内は複雑なものを抱えているかのようだった。
おそらくプニカとしてもよかれと思ってやっていることなのは間違いない。クローンの件に関しても以前から副次的に検討していた話であり、それが急遽必要となる事態となったからここぞとばかりに乗り出しただけのこと。
本当にこれで正しかったのかどうかはプニカの中ではまだ迷っているところはあったのかもしれないが、それでもプニカが人類の繁栄という目的のために自分の成すべき仕事をしたことには変わりない。
先ほどからしきりにゴルルがフォローしてくるのも、その辺りを汲んでのことなのかもしれない。
開始こそ芳しくないムードではあったものの、次第にそれもほぐされ、食事の中で和やかな雰囲気へと変わっていった。
「プニちゃんだけということにしても、やっぱこう同じ顔あるとなぁ」
そう言いながらフォークをほおばり、食堂を見回す。同じような顔が同じような行動をとっている。
かつての『ノア』でも日常的だったという光景だ。クローンプニカたちだけが生活する空間。その当時と違うところは、プニカ以外にも誰かがいるという点くらい。
「一応念のために確認させてくれ。特例措置といっていたが、クローン技術の提供と製造の許可が下りたことには変わりない。なら、そこに話をこぎ着ければ俺たちのクローンを製造することができる可能性は万が一でもあるのか?」
突然何を言い出すんだとばかりに、信じられないものを見るような視線が数人分、一点に向けて集中される。
「推奨されません」
管理者プニカがそれを予測していたかのように短く答える。
「それは答えじゃない」
「ゼックン何言うてんの?」
「いや、ただ聞いておきたかっただけだ。深い理由はない」
そう言葉を繋げるも、緩和されてきた空気が再びどことなく淀んでいくかのようだった。その言葉の意図をどう汲み取っていいのかも分からず、明確な答えが返ってくることもなく、黙々とした食事会が続けられていく。
きっとみんな色々なことがあって疲れているのだろう。そんな都合のいい免罪符を心の何処か片隅に作りつつも。
「それでは、私からも一つ、確認させていただいてもよろしいでしょうか」
空気を割るように、プニカが刺す。
「なんだ?」
「こちらの方の目的が明示されておりません。それは一体どういうことなのか伺ってもよろしいでしょうか?」
こちらの方、とプニカが指して言ったのは、機械人形のズーカイだった。こちらの方、というのも、個別名称を持たないからであり、ズーカイという呼び名も正式名称ではない。
今も尚、人類の護衛をしている機械民族に至近距離や射程内から銃口を突きつけられながらも、黙々と食事を摂っている。かなり肝が据わっているということだけは確かだ。
「自己紹介がまだでしたね。僕はズーカイと呼ばれている者です。管理者プニカさん、どうぞよろしくお願いします」
食器をテーブルに置き、テーブル越しに握手を求める。
「その情報は提示済みですが、改めましてよろしくお願いします。ズーカイ様」
前のめりにその手を握り返し、応じる。ちょっと腕の長さとテーブルの幅の都合でプニカの足下の方はキツそうだったが、機械的に会釈する。
「僕の目的は、ここにいるゼクラさんを説得して連れて帰ることです」
悪びれもせず、ましてや臆せず、飄々とズーカイは端的に答えを述べた。
その男、ゼクラと呼ばれている男を指し、ズーカイに向けて注目が集まる。
空気は依然として、澄み切らなかった。