増殖
この宇宙では数少ない希少な存在となった人類を乗せた船が、コロニー『ノア』に向けて航海していた。それは思うよりも危険な旅路ではなく、至って安全な旅行のようなものだった。
奇しくも、外部からの未知の敵対組織を想定したカモフラージュによって旅客機のように改装されていたその船は、その見た目の通りに機能していたとも言える。
「航路安定、間もなく『ノア』に到着するであります」
人類を保護するために派遣されてきた絶滅危惧種保護観察員の一人であり、機械民族のジェダがアナウンスする。彼女は直接的な舵はとっていなかったが、コクピット内の至る所に配備された計器から送られてくる情報を網羅していた。
それに受け答えするように、一人の男が答える。
「安全性確保、通信開通申請、参照コードの提示をお願いします」
ゆったりとした口調で、対応を求める。
一見すると人類のようにも見えたその男だが、露出した皮膚の殆どに金属独特の光沢を覗かせており、紛れもなく人外であることを示していた。
彼は機械人形。認識コードや呼称は持っているものの、識別名称を持たない、この場ではある意味では異質な存在だった。どことなく周囲からは疎外感のような空気を醸し出すも、機械民族が彼の通りの応対をする。
「この人、本当に信用してよいのでござるか?」
先ほどとは別の機械民族のネフラが懐疑的に呟く。
「色々とイレギュラーな手違いもあったが、一応あれでも俺の元仲間だ。それに私怨に走る男じゃない」
他のヤツならまだしも、と後ろに付け加える。この返答をした男こそ、現在絶滅危惧種に登録された人類の生き残りだ。
「迷惑を掛けたという意味ではむしろ僕たちの方ですので」
あけすけに聞こえていたのか、聞こえよがしに返す。
「ザンカの仕掛けた厄介なトラップもお前に任せて正解だった。それに予定よりもかなり早く到着できたようだし、助かったよ」
納得できてなさそうな表情のままネフラは口を噤む。ここに来るまでの間にも、機械人形の男の功績は頭ごなしに否定することもできないほど大きかったようだ。
「承認。これより『ノア』と通信するッス」
コクピットの中央に陣取っていた機械民族のエメラが目の前に投影されているパネル状の端末を操作する。僅かなローディングの後、ディスプレイが切り替わる。
画面を通して、向こう側には女の子の姿が映っていた。数少ない人類の一人であり、『ノア』の管理者を任されているプニカだった。
この容姿にそぐわないが、一応人類としては十分に成熟しており、子作りする面においては支障がないことが認められている程度の年齢だ。
『皆様、大変お疲れさまでした。提出されたレポートを確認いたしましたが、イレギュラーが何点か発生したとのこと。私の方でも対処できるところは請け負います。極力、減刑するよう申請いたしますので』
淡々と無表情で言葉を続ける。状況からすれば、予定外ともいえる厄介な案件を持ち帰ってきたというのに、それを咎めるわけでもなく、毅然とした態度で応対する。
あたかも感情を持ち合わせていないかのような印象を与えるが、これがプニカの性格だった。
『これよりゲートをオープンします。改めまして、おかえりなさいませ』
ペコリと頭を下げると、プニカを映していたディスプレイがパッと消滅する。それと同時に、コクピットの向こう、護衛艦の前方、もう目と鼻の先にまで近づいてきていた『ノア』の表面の一部が口のように開く。出入り口ができたようだ。
「ん……? 今、何か……」
「どうかしたでござるか? ゼクラ殿」
「いや、見間違いかと思う。あるいは、画質のブレか。向こうからの通信に変な影が見えたような気がしただけだ」
「きっと我が輩たちの同胞かと思うのであります。向こうにはまだゴルル殿を初めとして、『ノア』の防衛チームが待機しているはずでありますから」
「あれはマシーナリーではなかった……俺も派遣されてきた全員の顔は記憶していたつもりだが、少なくともあれは……」
何とも煮え切らない口調で濁らせる。やはり見間違いだったに違いない、と結論づけて、それ以上の言葉はなかった。
何が見えたにせよ、もしそこに不審なものがあるならば管理者であるプニカが対応しないはずもなく、ましてや護衛の面々が揃っている中、見逃されるはずもない。
「なんや、みんなここにおったんかいな」
「そろそろ『ノア』に着くんだってね」
コクピット内に二人が姿を現す。人類のキャナとナモミだ。
そうこうしているうちに、モニターは『ノア』へと入り込んでいく様相が映し出されていた。巨大な白いタマゴのようなソレに接近していき、ぽっかりと開けた口の中へと進んでいく、そんな光景。
「今度は何もないよね、さすがに」
ナモミが何かを思い出すようにそっと呟く。いつぞやの帰還の際に起きたトラブルを思い起こしての発言らしい。
そんな不安な声を聞いてか、ナモミにそっと近寄り、肩を引いて抱くように囁く。
「そのときは俺が守る。だから俺の傍を離れるな」
安心させる言葉をよほど絞り込んだのだろう。小さな声ながらも、気迫に押されそうなほど念のこもった言葉だった。ナモミも、返すように軽く抱きつく。
「ウチのことも守ってよね、ゼックン」
不機嫌そうに、キャナは頭上をふわふわと浮遊しながらも声を投げかける。
自分の言動、行動の過剰さを振り返ってか、少々ばつの悪そうな表情を浮かべつつも、キャナに向けて一瞥くれるよう、それなりに取り繕った笑顔で返す。
「ああ、もちろんだ」
納得したのかどうかは定かではないが、ナモミとは反対側、背中側へするりと立体的に回り込み、キャナは抱きつく。それはある種の強い対抗意識ともいえる。
そして、その見るからに奇妙な体勢だと必然的に、ナモミとキャナとの顔が恐ろしく接近することになる。それに反応してか、あるいは何かを呟かれたのか、ナモミがそっと腕を放してささやかに距離を置く。
「ゼックン、次はウチな?」
くるりと体勢を変えて、ふわりと浮かぶ。そして正面から抱きつくような、そんな体勢で瞳に向かって訴えるよう、そう言った。
仕草は可愛らしいソレだったが、言葉に含まれるソレは存外、重みがあった。