結婚しちゃった (3)
ここ数日のすさまじい緊迫から解放され、脱力感にも近い倦怠感に苛まれながらも、あたしは談話室のソファに体を沈めていた。まだ、胸の奥の何処かにモヤモヤとした不快な何かを抱え込んでいるような、そんな気分だ。
ストレス、と一言で言ってしまえばその通りで、何の冗談でもなく、命を賭けた綱渡りを長時間強制されていたのだ。疲労感のあまり、半ば気を失うように寝入っていたのもつい先日のこと。
ゼクとの結婚式でもなんだかんだ、あのフカフカで心地よいベッドの上ですやすやと眠ってしまっていたし、間違いなくあたしは心身、ピークだったと思う。
それにしたって、異様なくらいに体調の変化が著しい気がした。
やっぱり、自分が妊婦であると言うことを自覚していないみたいだ。
妊娠初期って、思うよりも不安定と聞くし、きっとそのせいもあるのかも。まだ酷いつわりは来ていないとはいえ、こうコンディションが悪いと今回の件については本当はあたしは『ノア』で留守番しておくべきだったのだと今更のように思った。
なんだったっけ。妊娠初期だとホルモンバランスが崩れるとかそんなんがあるんだったっけ。プロゲなんちゃらっていうホルモンが増加しちゃって、暗い気分になったりイライラしたりしちゃう、まぁ、よく聞く話だ。
そんな不安定な時期に思いもよらぬ事態に身を投げてしまったことを後悔したところでどうしようもないけれども、この今抱え込んでいるモヤモヤは自業自得なのだというところを改めて自覚するしかない。
ゼクにも心配掛けすぎてサンデリアナ国に攻め込ませたりしちゃったし、エメラちゃんたちにも大変な迷惑を掛けてしまったのだから、反省の言葉だけでは足りないことは確か。
無茶をするのも無理を言うのも自重しよう。あたしは妊婦なんだ。
しかもただの妊婦なんかじゃない。人類繁栄のための未来が掛かっている。そういうとかなり壮大で、絶大な責任感が降りかかってくる。ああ、まずい、ちょっとそう思ったらめまいがしてきた。
そうなんだよね、実際。人類ってもうたったの数人ばかし。正式に絶滅危惧種に認定されちゃってるわけで、子供産まなきゃならない状況なんだよね。その最初の一人目があたしのお腹の中にいる。なんてことでしょう。
うぅむ。つわりとは関係なしに吐きそうになってきた。いや、むしろこれはつわりなのでは。ああ、なんか気分が悪い。
「ナモナモ、大丈夫か? 青い顔しとるけど」
ふわふわお姉様がふわふわとあたしの上を舞ってきた。心配そうに覗き込んでくれていた。
「何か色々とあったから、疲れがドッと出ちゃったのかな」
「無理せんと、辛かったすぐ言うてな?」
「ありがとう、お姉様」
こう、気遣われるだけでなんとも気持ちも軽くなるもんだ。ただ、そういうセリフは割とゼクに言ってもらいたかったところはある。そういえば、ゼクは何処にいるんだろう。まだコクピットにいるのかな。
「全く夫婦揃って状況が似るってどういうことやねん。妬いてまうわ」
「ん? どういうこと?」
「いやまぁ、『フォークロック』に来るときもゼックン、ナモナモがおらんくなったからひっどい顔して寝込んどったんや。丁度今のナモナモみたいにな」
「そんなことになってたんだ……」
「ホンマ、みんな無茶が好きなんやなぁ、って」
「あはは……」
別に無茶が好きというわけでもないんだけど、確かにそう思うとみんなには色々と心配かけまくってるという点では否定することができない。
そっかぁ、ゼク、寝込むほどあたしのこと心配してくれてたんだ。船隊を単独で一掃できてしまうような強靱なゼクが、あたしのこと悩んで寝込むって……。
「ところで、ゼクは今何処に?」
「んー……、ここにおらんっちゅうことは、コクピットかな? なんやまだ色々と厄介なもんを抱え込んでるみたいな顔しとったけど」
やれやれ、といった面持ちでお姉様は何とも呆れている様子だった。一応一連のことは片が付いたとは思っていたけども、ゼクの方ではまだ終わってなかったのかな。
思えば、ゼクは理由はどうあれサンデリアナ国を襲撃してしまったわけで、その後の責任に追われているのかもしれない。
ブーゲン帝国では救世主だ、救世主だと持ち上げられていたから何のことはない話のようには捉えていたけれど、それで済まされる話じゃないのかも。
ひょっとすると、サンデリアナ国から報復される可能性だってあるわけで。
「ま、なんにせよ、無茶ばっかすんのはやめてな。見てる方がきついわ」
それにしてもお姉様、ハキハキと喋るな。あんまりふわふわ感がない気がする。余裕がなかったという意味ではお姉様も同じくらいだったのかもしれない。
さっきからずっとこっちを心配する言葉ばかりをしきりに掛けてくる。あたしがいない間に、ブーゲン帝国側では何があったんだろう。そっちの様子については特に聞かされていないから気になるといえば気になる。
「そういえば、お姉様、ゼクとはどうだったの?」
何の気なしに言葉がポロっと出てきてしまった。特に考えのない言葉だったが、その瞬間にお姉様の表情が一瞬曇ったのを見逃さなかった。もしかして地雷だったのだろうか。言った直後に自分の発言の意味不明さに気付く。
お姉様だって、あたしが得体の知れないところにさらわれて心配だったに決まっている。そんな中、ゼクと親密具合を深めようだなんて余裕があったのかどうか。
なんでこんな発言をしてしまったのか、あまりに疲れてボーッとしていたとはいえ自分の無神経っぷりを恨む。バカバカバカ、あたしのバカ。
「ゼックンなぁ……、ずっとナモナモのことばっかで、他のこと全然聞く耳持たん感じやったんや……。気付いたらすぅぐ遠い目して、ナモナモ大丈夫かなぁ、って調子でな。ウチも結構気遣ったつもりやったんやけどなぁ……」
まずい。やばい。きつい。大型地雷を踏み抜いた手応え有り。そりゃそうなのかもしれないという反面、ゼクにそこまで心配されていたのかという実情を色々な方面から間接的に知って、嬉しいやらなんなんやらと感情が錯綜してきた。
あたしのチート旦那に愛されすぎて尊みがヤバい件について。
ゼクもゼクで、もっと平静さを保とうという気にはならなかったのか。いやまぁ、あたしの件が絡んでたのが一番の要因なんだろうけどさ。