惑星の破壊者 (7)
この状況を見極めなければならない。向こうは、何処までのことを知っていて、こちらに何を要求するつもりでいるのかだ。
ザンカはナモミが偽ビリア姫だということを知っている。だからこそ、昨晩サンデリアナ国から抜け出したナモミがこちらにいるものと踏んでいるのだろう。
だが、大臣はどうにもそこまで知らないようだ。何やら俺が偽ビリア姫を連れ出したくらいにしか思っていない。おそらくザンカの口添えか。
そして、ラセナ王子はビリア姫が偽物だと気付いていないどころか、昨晩のうちに抜け出したことも知らされていないらしい。コイツは本物の馬鹿だ。
俺たちが本物のビリア姫をここに連れてきたことを知られると、話がこんがらがってしまうが、そうなるとナモミの存在が大きく引っかかる。何やらジニアやザンカはともかくとして王子や大臣をも騙せたらしい。
どうやったのかは知らないが、今のこの時期にそんな本物と間違うほどの偽物が現れたことには何か意味があると読むのが当然だ。
その偽物を用意したのは状況からして俺だということになるわけで、ああ、なんというややこしい事態になっているんだ。
向こうの目的を考えてみよう。
ザンカは俺が偽ビリア姫をかくまっていると思っている。それはつまり、偽ビリア姫をどうにかして引き渡してもらおうと考えている。
犬の大臣は本物のビリア姫を俺が隠していると思っている。ということは、こちらも同様、王子との結婚のために引き渡してもらおうと考えているに違いない。
厄介なことに、ビリア姫は昨晩からこの城にいて、サンデリアナの兵士にも目撃もされて、報告までされてしまっている。
幸いにもザンカはその姫が本物だと気付いていなかったどころか、昨晩からではなく、今朝からこの城に姿を現したものと思っているらしいが、それでも厄介なことがさらに厄介なことになったことには変わりない。
前提の話として、俺はそもそもどうしてこの場にいるのか。当初の予定であれば、厄介事を避けつつビリア姫を送り届けて、秘密裏に退散するつもりだったはずだ。だが、それはもう叶わない。大分目立ってしまった。
ならば、ここからできることとして、俺はこの場を荒立てないようにしなければならない。
このまま対応を誤ってサンデリアナ国が敵対化なんてしたらとんでもない。俺たちのコロニー『ノア』が戦場になりかねない。いくらマシーナリーの保護下にあるとはいえ、平穏を望むことはできなくなるだろう。
「ふむぅ……あくまでしらを切るというおつもりですかな。それならばこちらにも考えがありますぞい」
何をする気だ。まさか拷問にでも掛けるつもりか? この場には俺とブロロ、シルルの他にブーゲン帝国の者たちがいる。それは危険だ。
「あれを持ってまいれ」
俺の予想に反して、犬の大臣が持ってこさせたのは、なんとも大げさなゴーグルのようなものだった。かなりの大きさで、どちらかといえば小柄の大臣には余計に大きく見えてしまう。
そんなものをどうするのかと思えば、大臣は自らそれを装着した。
「お前さんがどのようなウソをついていようとも、コードを認証さえすれば全ては丸裸よ」
ああ、なんだ。解析するためのツールか。それに似たような機能を持つツールなら俺の手元にもある。おそらく、こちらの方が高性能だろう。
もし仮にそれが驚くほど高性能な代物だったとしても、あいにくと嘘発見器ではない。申請内容を見抜くだけならば俺の言葉と相違ある情報は出てくるはずがない。俺がコードZであること以上の情報を引き出しようがない。
「むむむむ……確かにコードZ。旅行の申請についても正規の手続きをなされておるな……。だがしかし、うぅむ……でもこれでは……うむむむむむ」
老犬が唸る。どうやら俺が心配していたことにはならなかったらしい。
そして、俺は今、一つの確信を得た。
「おい、これはどういうことだ。ザンカ副隊長」
お前、そんな肩書きだったのか。偉くなったもんだ。
大臣に睨まれて、怒鳴られて、あの瞳はこう訴えているように見えた。「たかだかコード見ただけでそこまでの解析できるわけがないだろう」と。
だが、それをそのまま言葉にするつもりはないらしい。
「どうやら我々の見込み違いだったようです、大臣」
そう答えるしかないだろうな。
「何を!? 元はと言えば副隊長が」
「どうした、大臣。何か問題でもあったのか?」
何処をほっつき歩いていたのかラセナ王子が割り込んできた。まあ、それだけ大声になっていればバカでも気付くだろうな。
「な、なんでもないぞい、王子よ。思っていたよりも準備に時間を取られるらしくてな。結婚式が延期になるやもしれんと」
「何だと? 俺様の結婚式が延期だと? それはいかんな。ダメだダメダメ。だったら早くすればいいだろ。そうだ、明日と言わずに今日やればいい!」
俺の頭が突然機能しなくなってしまったのだろうか。このラセナ王子が何を言っているのか全く理解できなかったのだが。
「お、王子、それは……」
「いいや、もう決めたぞ。前々から遅くて遅くて面倒だと思っていたんだ。今日だぞ、今日結婚式をするんだ!」
ジニアもザンカもズーカイも、果てや大臣や犬兵士どももあきれ果てた顔をしている。対して、こちらのブーゲン帝国の面々は血の気が引いてしまっている。
大臣も咄嗟の事とはいえ口からでまかせを吐いてしまった事を後悔している様子だ。
コイツの頭は物事を考える仕組みができていないのか。どうして準備が遅いのかその理由が思い当たらないなんて逆に大したもんだ。
もう癇癪を起こして、まともに取り合えない。かといってその言葉を否定する者もいなければ、非難する者もこの場にはいない。アレはアレでいて一応王子なのだから。
なるほど、サンデリアナ国はこういう状態なわけか。もはや災難としかいいようがないな。王子におためごかしすればある程度は自由にできる反面、王子の意向には誰も逆らうことができない。
よく理解することができた。理解できない奴なのだということがよく。
「いーか? 俺様はこれから城に戻って結婚式の支度を整えて戻ってくる! そのときまでにはこの城も準備を終わらせるんだ。何故なら偉大なる俺様の、未来永劫祝福されるべき祝典なのだからな!」
誰か今すぐでもこのバカを黙らせてはくれないだろうか。きっとこの場にいる多くがそれを強く望んでいたに違いない。