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ぷらとにっく・ぎゃらくしぃ  作者: 松本まつすけ
Episode.1 Billions years later
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赤ちゃん、欲しいんです (4)

 そういえば、プニカは記憶の共有に関しては抜かりのない存在だったことを忘れていた。プニカの中にインポートされている記憶の中には、このコロニーでの何百年分ものデータが詰まっている。


 だが、それはプニカクローンたちとの共同生活で占められている。


 出会うもの全てが自分自身と変わらない。


 それは言い換えればとどのつまり、相手のことが分からないということがない。


 おそらくはプニカにとって相手のことが分からないことが分からないんだ。


「そうだな、例えば……、これだ」


 ふと目に付いたソレを手に取る。


「それは、先ほど私が用意したドリンク」


「もしもこれが未知の液体だったと仮定して、今すぐ飲み干そうと思うか?」


「いえ、それが毒性のあるものか無害なものであるかを解析しないことには」


「でもさっきナモミは美味しそうに飲んでくれてたよな。ゴクゴクと」


「確かに……。しかし、それとこれとはどういう……?」


「ナモミはプニカのことを信用できたからこれが有害なものではないと認識することができた。安心して口に運べたんだ。とても単純な話だろ?」


 単純にナモミの警戒心が異常なまでに薄いだけ、という考え方もあるだろうが、この場でその辺を追求すると説明にならないから言わないでおこう。


「人の営みってのは他人に身体を預ける行為だ。あらゆる不安で溢れている。相手のことが分からないなんて不安は何より大きな障害なんだよ」


「ふむぅ……、私は知識さえあれば不安を取り除けるものだと思っていました。そうですよね、私はゼクラ様やナモミ様が紛れもない人類であるという情報を知っています。だからこそ大きな不安はありませんでした」


「逆の立場である俺からしてみれば、ま、分からないことばかりだな。液体一つを解析するくらい楽だったらよかったんだが、人間ってそういうの複雑だからな」


「そういえばゼクラ様。そのドリンク、どうしてナモミ様は飲めたのでしょう? どうしてナモミ様は私のことを信用してくれたのでしょう?」


 きょとんとした顔で訊ねられる。仕草がいちいちあどけない。


「そりゃま、こないだナモミのために七十億年前の再現をしたからじゃないかな」


「あれはただ少しでもナモミ様に喜んでいただきたくて……」


「そう、それだよ。その気持ち。ナモミは何十億年と時間から切り離された存在。今このときに存在するものとは何もかもが馴染みのないものばかり。そんなときにプニカが用意してくれたのは、ナモミにとって馴染み深い記憶だった。それがどんなに嬉しいものだったか、覚えているか?」


「ええ、ナモミ様はとても喜んでくれました。想定していた以上に」


「理解者がいるっていうことは、人間、安心を覚えるもんなんだよ。相手が自分のことを分かってくれている、ということが分かるわけだからな」


「そうなのですか……?」


 無論、時と場合や度合いにもよるが、これもまたややこしくなりそうだ。


「やり方にもよるけどな」


 とだけ付け加えるしかないか。


「私にはまだそのやり方というものがピンときませんが……」


「そこには不確定情報が大量に詰まっているんだ。完全なる正解を即座に求めようだなんて虫が良すぎるってもんだ。だから焦らなくてもいいんだよ」


 あんまり俺が偉そうに言えるようなことでもないんだけどな。


「ま、俺も俺なりには努力するさ」


 と、丸投げっぽい言い方になってしまった。


 だが、プニカはプニカなりに納得したのか、さっきよりかは少しスッキリしたような表情を浮かべていた。


 存外、こうして見ればプニカも表情は豊かなのだと今さっき気付いた。九割ほど無表情と変わりないのだが。


「では私も、ゼクラ様が私と子作りに励んでもらえるようになるまで努力します」


 それは無機質とはけして呼べない、屈託のない笑みで、そう返された。


 期待に応えなければならない、そう言わしめるようだ。



 ピリリ、ピリリ。



 不意につかの間の静寂を裂くように何処かで小さな電子アラーム音が鳴り出す。


 ハッとソレに気付いたプニカは自身の端末に手を伸ばした。


 そして、端末から表示されるその情報を読み取り、表情がまた少し機械的になる。険しくなるといった方がより正確なのかもしれないが。


「ゼクラ様。現在スリープから蘇生中の者が一人新たに蘇生が完了したそうです」


「何?」


 それは喜ばしいことだろう。人類がまた一人増えたのだから。


 絶滅の危機という現状の前では焼き石に水だが、しかし、それでもやはりその報告はかなりの吉報だ。生きているうちにその報告が聞けるとは思わなんだ。


「これよりリフレッシュルームに搬送し、覚醒させます」


 ふむ、リフレッシュルーム。俺が目覚めた場所と同じだな。俺のときもやはりこういった感じに処理されていったのだろうか。


「ゼクラ様、同行していただけますか?」


「ああ、勿論だ」


「搬送場所はα棟のルームC-710です。ナモミ様にも連絡を送っておきます」


 このテキパキとした根回しのよさ。対人のコミュニケーションに多少なりの難がある反面、仕事に対する効率化はなかなかのものだと感心するばかりだ。


 だが、この後に対面することになる新たな人類の前でどのような対応ができるか。少なくとも、初対面のナモミとは一悶着があったようだし、やはりここは俺もフォローせざるを得ないだろう。


 プニカ自身も、その点には不安があるようだし、むしろ同行してほしいというのはそういう静かなる助けの意思表示なのだろう。ストレートで分かりやすい。


 部屋を出て、プニカと共に早足で現地へと向かう。


 多少なりの緊張が首筋から強張らせてくる。


 何せ、相手はどんな輩なのか、全く分からない。しかもソレを相手に子作りしてくれと頼みに行くのだからなお更だ。


 混乱のあまり攻撃されることも予測しておくか。


 場所はそんなには遠くなく、数分と掛かることもなかった。プニカがわざわざ近いところを設定してくれたのだろうか、などと思いつつも、もう部屋の扉の前だ。


 ブオンと扉が開く。


 無機質な白い部屋の奥、カプセル型のベッドが鎮座する。


 中はよくは見えないが、あの中に眠っているわけだ。


 新たなる人類の礎になる人材が。


「覚醒させます」


 プニカが端末を操作し、案外音もなくシュイインと静かにベッドが開く。

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