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ぷらとにっく・ぎゃらくしぃ  作者: 松本まつすけ
Episode.3 Remain remember
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王女、帰還す (3)

 地上を走る車両の揺れに、どことなく懐かしさを覚えながら外の景色を見やる。先ほどまで視界の端まで埋め尽くされていた都会は何処へと消えたのか、ハリボテの中を抜け出したかのように辺りには寒々しい荒野が広がっていた。


 これは戦争の痕ではなく、元よりこのような土地なのだろう。まばらに林が目に付き、たまに何軒かの民家とすれ違う。郊外を抜けると存外、片田舎らしい。


 何とも穏やかで、優しい土地だ。これから向かう先のことを思うと、名残惜しさが込み上げてこなくもない。


 そんな景色に食い入るように、いっそ身を乗り出さんばかりに前のめりになっているのはキャナだった。そこまで物珍しいものだったのだろうか。


 横顔はそこはかとなく寂しげで、アンニュイさ加減が窺い知れる。


「あんまり窓から首を出すなよ」


 そんな子供に注意するような言い方をしなくても、キャナも幼くはないのだから分かっているだろうが。


「うちな、自生してる植物とかあんま見たことないんや」


 俺とは随分と着眼点が違うものを見ていたようだ。


「ま、採取された奴とか、施設内で繁殖されてる奴なら見たことあるんやけどな」


「自然惑星に来るのは初めてなのか?」


「ないことないけど、コロニー生活のが長かったしなぁ。そんな外に出ることもなかったし。こんな景色も見られるやなって」


 その言葉に含まれる意味の全てを理解することはできないが、何処か閉塞的なものを感じた。思えば、キャナの過去など自身の口から語られた記憶はあまりない。


「なんじゃったら少し寄り道していくかの?」


「アホぬかせ。姫様連れてかなあかんのにそんな時間あるかいな。それに、首都に着くまでもうしばらくこの景色が見れるならそれでええよ」


 思いの外、ビリア姫に当たりの強い口調を切り出す。


「そうか。なら妾の国の景色を存分に堪能するといい。にゃはは」


 そして、思っていたよりも軽く返す。この二人、あまり接触していたようには思えなかったが、こんなに仲が良かったのだろうか。ちょっと目を離した隙にいつの間に親睦を深めたのやら。


「結構飛ばしてるんで日が暮れる前には着けるんじゃないですかね」


「ここに到着したのが明け方すぎの時刻でしたから半日の旅になりますわね」


 ふと「日が暮れる」という聞きなじみのない言葉に意識が向く。


 無論それを知らないことはない。


 惑星の近隣に位置する恒星からの光が差し込む時間帯を昼とし、光の当たらない時間帯を夜とする。知識の中にも経験の中にもハッキリとある。


 当然のことながら、昼夜の時間というものは一定ではない。コロニー生活が長いと酷く時差を感じてしまうものだ。


 確か事前にもらった資料によれば、惑星『フォークロック』の昼夜の時間は『ノア』と比べると長かったように記憶している。倍にも満たなかったと思うが、それでも半日の移動となると相当な時間になるだろう。


 この目の前に広がる景色も堪能できそうだ。


 俺も人のことを言えた義理ではない。自然惑星に長く滞在したこともなかったし、あったとしても観光などということをする余裕もなかった。いつもそんなときに関心があったのは、これから攻めに行く場所のことばかりだった。


 こんな一時ひとときに情緒を感じられるようになったのなら、俺も少しは変われたということなのかもしれない。


 エンジン音がゴウゴウと耳に付く。車内はカタコトとしきりに揺れる。


 俺は必要以上に気を張りすぎているのか?


 ナモミは今頃どうなっているのか。エメラたちは無事に救出できるのか。これが片付いた後に全てが無事で終わらせられるのか。頭が内側から破裂してしまいそうなくらい、ソレが膨れあがっていくのが分かる。


 俺は、こんなにも余裕がないのか。


 通りで周りの連中に気を遣わせてしまうわけだ。


 重しを外すように、そっと息を落とす。


 物事は、なるようにしかならない。結果を予測できても、知る術はない。これから起こることは、大きな物事に違いない。それでも、その先の結末を見据えて一喜一憂していたら目の前の現実を見落としてしまう。


 今の俺がすべきことは、最良の結果を出すための準備をするまでだ。


「主様ぁ~ん」


 意表を突くように、真横からモフモフの顔が迫っていた。今さっきまでソファでくつろいでいたはずのビリア姫がいつの間にかそこに立っていた。


「な、なんだ?」


 妙にうっとりとした表情を浮かべている。この顔は見覚えがある。いや、その前になんか色っぽい猫撫で声を出していなかったか?


「もうしばらくはこうしてもよいかのう?」


 何を言っているのかは分からないが、遠慮無しに身体をすりすり、すりすりと執拗なまでにすり寄せてくる。急にどうしたんだ。このタイミングで発情しだしたのか?


「妾、主様の匂い、こんな近くで感じてたら、我慢できるわけないにゃぁ」


 こちらの身体に顔をうずめるかのようにくんかくんかと匂いをかぎ始める。これは理性のネジが丸ごと全てすっ飛んでいる。それは明白だった。


 言葉遣いもまるで酒か何かに酔ってるかのように崩れ始めているし。


 ああ、そういえば、ビリア姫のタイプの獣人族ブルートゥは嗅覚が優れているんだったか。この車内は遠出のキャンピング用で結構な広さはあるとはいえ、おおよそ密閉された空間と変わらない。


 そんな中、惚れている雄の匂いが充満しているような状況ということは、とどのつまり、ビリア姫の発情を促すには好条件すぎたか。


 一度伴侶と決めた雄の匂いは下手な惚れ薬よりもよく効くらしい。さすがにそこまでの配慮はしていなかった。


「ま、窓を開けるぞ!」


「姫様、ゼックンから離れてぇな」


「いやじゃぁ、妾はゼクラから離れたくないのにゃぁ」


 強靱な握力でしがみつかれる。ちょっとやそっとでは引きはがせそうにないほど。もう完全に正気を保てていない。俺に自分の匂いをつけようとでもしているのか、一層のことすりついてくる。


「ちょ、ちょっとあんま暴れないでくださいよ。車体が傾いちまう!」


「ビリア姫、落ち着いて、落ち着いてくださいまし!」


 エンジンとは関係無しに車体がガッタガッタと揺れる。


 必要以上の緊張感は要らないが、さすがにもっと緊張感を持つべきなのでは。両腕でがっぷり掴みにきた姫を見てふとそう思った。

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