王女、帰還す (2)
さて、急がば回れなどと古代の人類は言っていたらしいが、あえての遠回りすることはなかなかにもどかしくてしょうがない。
エメラたちの情報で分かっていることは、ナモミをさらったと思われる小型船はサンデリアナ国にいるということ。情報規制が強いらしく、詳細までは探れなかったそうだが、少なくとも近隣で人の受け渡し、売買の記録はなかったらしい。
かなり際どい方法で調べ上げたといっていた。これ以上のリスクは危険と判断し、入った情報はあまり多くはない。
せいぜい分かったことは、割と最近ではサンデリアナ国はブーゲン帝国のビリア姫を捜し回っているということが周知の事実になっているらしく、やや強引に無関係なものが拉致されるケースも少なくないとか。
徹底した取り調べを行い、ビリア姫ではないと分かれば解放されるらしい。表沙汰になってる範疇ではそうなっている。ただし、中には例外があり、よからぬ奴隷商に売買されるケースも稀にあり、惑星間を超えた国際問題となっているとのこと。
聞いていて気分の悪い話ではあるが、今のところ掴んでいる情報を整理すれば、少なくともナモミはその稀なケースの中には含まれていないことは確かなようだ。
かといって完全に安否が保証されたわけではない。
そこで話し合いの結果、ビリア姫をブーゲン帝国に送り届ける班と、サンデリアナ国からナモミの救出に回る班とで分かれることになった。
王女護衛班は俺とキャナ、そしてブロロとシルルの四人。
ナモミ救出班はエメラ、ジェダ、ネフラの三人だ。
できれば俺はナモミの救出班の方に入りたかったのだが、強く断られてしまった。何分、危険性という意味ではこちらの方が上だ。それに何より今回の件はエメラたちの不備が招いたことだという認識が強いらしく、責任に感じているようだ。
尻ぬぐいは自分たちでやる。そういう判断らしい。涙目に一同で土下座されてしまっては拳も俺も引っ込まざるを得まい。
段取りとしてはこうだ。
俺達はブーゲン帝国の首都に向かい、即位式が行われる前にビリア姫を引き渡す。ここまでは当初の予定通り。あとの国のことはビリア姫に託す。そして、速やかに『フォークロック』を去る。
姫が戻ったことで間違いなく国が大きく動くのは予測される。そのタイミングで長居をすると不必要な諍いに巻き込まれかねない。
そして、救出組の方はサンデリアナ国の首都に向かい、拘束されているであろうナモミを何らかの手段を持って解放し、連れ出して『フォークロック』を去る。
後は合流を果たし、俺達は無事に『ノア』まで帰還するという計画だ。
正直なところ、ナモミの現状は分からない。サンデリアナ国の何処かに幽閉されているのか、実はとっくに尋問を終えて今頃路頭に彷徨っているのか。不確定な情報を持って、向かわなければならない。
特にサンデリアナ国は先の戦争によって随分と悪い噂が立ちこめている。
現国王の批難が溢れんばかりだ。民衆の暴動も酷い状況だとか。王子に一握りでも政権を持たせたことを何よりも悔いているに違いない。
今、俺達はブーゲン帝国の僻地にいるわけだが、サンデリアナ国に近づくことは危険であるということを示唆するニュースばかり耳に入ってくる。
そんなところにナモミがいると思うと、やはり今からでも俺がサンデリアナ国に向かうべきだったのではと後悔する。
「ゼクラのアニキ、そろそろ出発しますよー」
ブロロが手を振ってくる。その傍らには大型の車両が駐車していた。今時には珍しいのかどうか分からないが、ホバー式ではなくタイヤ式の車両だ。十人くらいは乗車できそうで、長距離を移動するためのキャンピングカーのようなものらしい。
わざわざ現地で調達してきてくれたようだ。こんなところを高速でぶっ飛ばす最新式の車で走っていたら不審がられることはなしにしても、目立ちすぎるだろうしな。
「ずいぶんといいものを手に入れてきたな」
見た感じ、年季は入っているようだが、値は張りそうだ。
「いえ、これでも中古のモノでポンコツだったんですけど、何とか直して使えるようにしてみたんですよ。ま、往復して帰ってくるくらいなら余裕って感じで」
いつの間に購入して、いつの間に修理までしたのか、あまりの手際の良さに何か目立ったことをしていないか一抹の不安を覚えるところではある。
「わざわざドックも借りてきたんですのよ」
「ほえー、おもろい形しとるなー。これで走るん?」
興味津々でキャナがふわふわと眺める。
「キャナ、あまり飛ばない方がいいんじゃないか?」
「こちらの方では自由浮遊できる者は早々いないようですわね。ちょっと目立ってしまうかもしれませんわ」
幸いまだ空港から出ていない。税関もデータ申請で済ませてしまっているし、今のところ、そこまで誰かに見られていると言うことはないだろう。それでも、見るものが見れば物珍しさに目を引いてしまう可能性は否めない。
「ぁー、せやなぁ。面倒やけどしばらく歩くしかないか」
そういってキャナはふわふわと降りて地面に足を付ける。歩く方が面倒というのもおかしいのだが、俺としてはこっちの方が珍しいように見えてしまう。
「じゃ、入ろっか」
一応、二本足の使い方は覚えているようで、何のことはなく、車のステップを踏んで乗車していく。続くように俺達も乗り込む。
「これはなかなか快適じゃの」
既に乗り込んでいたビリア姫が車両に備え付けのソファでくつろいでいた。
首都に辿り着くまで姫だとバレないために、フードの付いたローブのようなものを羽織り、やけに暑そうな見た目をしているが、空調が効いているから大丈夫なのだろうか。
獣人族の衣類事情には詳しいわけではないが、人類と違って元々毛皮に覆われた種族にこういった召し物は不釣り合いではないのかと思うところはある。しかし、案外獣人族用のファッションは色々と凝ったものもあるらしい。
先ほどまで下着姿に毛の生えた程度の格好していたとは思えないほどよく似合っている。あまり着衣を好まない種族と思っていた認識を今、改めよう。
「さっ、皆さん。首都に向けて出発しますよ」
運転席に乗ったブロロが声を張る。エンジン音が緊張感を煽るようだった。