アイツは誰だ? (2)
ふと、先ほどから出力されているソレに目が泳ぐ。ナモミと名乗る女が何とも楽しげに見たこともないような食べ物を紹介している。
『はぁい、そんな感じで、今回の古代飯、ビーフストロガノフについて分かったかな? 材料のミートコードはbeef-kwg2929だよ。意外と簡単で美味しいから是非やってみてね~』
丁寧に構成されているものだ。マシーナリーがスポンサーについている割には粗削りなところが目立つのは否めないが、キレイにまとまっている。人気があるのだと聞くと納得して頷ける。
『今日のエンディングは新曲でお別れで~す』
モニターの中の画面が切り替わり、衣装も着替えたナモミが軽快なステップを踏んで、踊り出す。バックではミュージックも流れ、ステージの上で歌が始まる。
どうやら自分で振り付けも考え、作曲も作詞も自分でしたものらしい。
『やっと~、あなたのことを~、好きになれたみたい~、愛してるなんて、もう言わなくてもいいの~♪』
無駄に手が込んでいると言わざるを得ない。大分慣れた感じも映像の中で見てとれるほどだ。
「なるほど、可愛いじゃねえか」
船長が唸る。
「こりゃ、さっきの王女じゃねえな」
と、確信を持って答える。
「容姿や声紋は一致していますが、声の張り方や喋り方の癖など、全く異なりますね。こういう演技かもしれませんが」
船長がふと、へへへ、と愉快そうにニヤける。大して話を聞くそぶりもなく、歌と躍りを眺めるのに夢中になっているようだ。
『ららららら~、ららららら~、ららららららららら~ら~、ら~♪』
「う~ん、いい歌声だ。調整された感じのボイスじゃあないな」
「念のため、先ほど王女様の全身スキャンをとってみたのですが、目立つほどのほくろや傷痕などが肌に見られず、極端に美肌レベルが高い数値を出していました」
「へぇ、そう」
特に見向きもせず、空返事で船長が返す。
「有機生物でこの数値はあまりにも現実的ではないので、よほど丁重に扱われてきたか、あるいは相当な整形を長いこと施されてきた可能性が高いでしょう」
「ほうほう、そうかいそうかい、なるほどね。そうだと思ったよ」
その目線はお尻を追っている。
「確かにダミーである可能性もあるのですが、ここまで恐ろしく手の込んだダミーもあまり考えられませんし、やはり王女はマシーナリーの支援を受け、このような偽装に至ったものではないかと」
「なぁ、これ続きねえのか? 次、あっぷるぱいっつうの作るんだってよ」
今の話の下りは果たしてどの程度まで耳に届いていたのか定かではないが、強い関心を持つ熱のこもった声でねだり始める。
「……このシリーズは既に相当な数を出しているようですね。まともに見ていたら『フォークロック』までに見終わりませんよ。こちらも急行してますので」
「いいじゃねえか。どうせ向こうに着くまでは暇なんだし、こいつで時間潰そうぜ」
「いやいや、船長には仕事がどっさりとあったのでは? また他人任せにするのは無しですよ」
「これも仕事だよ。あの王女が成り済ましてるナモミって女の正体を探るんだ」
あっけらかんとして答える。あまり考えて出した答えでもないことは明白だ。
「そんなデタラメな。今さら正体も何もないでしょう」
「船長命令だ、船長命令。あの王女がダミーなのかどうかヒントになるかもしれないだろ」
「少なくともモデルとしての一致率からして同一のものの可能性は極めて高いところまで判明しているんですからこれ以上調べたって何もないですよ」
ましてや、映像を見ただけで探るのは非効率。それを言い訳以外の何かであると解釈するには許容が少々足りていない。
「固いこと言うなって。へへへ」
「まったく……惑星の破壊者が聞いたら呆れますよ」
「アイツのこたぁ別にいいだろうがよ」
ふてくされるように言う。あまり触れられたくない話題のようだ。仮にも船長を名乗っている男の態度なのか、はなはだ疑問を覚えるが、対する乗組員も慣れてしまっているのか、呆れ果てているのか、それ以上は何も言うことはなかった。
確かに船長の言う通り、疑問は拭えていない。
捕らえてきた王女にはあまりにも不審な点が多く、膨大に束ねた王女のデータのどれとも照合せず、全くの別人といってもいい。
それでもなお、全くの不一致の人物を王女と断定したのはそれらを覆すほど、機密の情報に溢れているからだ。容姿のモデルの問題然り、不意を打ったカマかけの質問への完璧な回答。
本物でなかったとしても、異常なほど何重にも張り巡らされたカモフラージュや偽装、マシーナリーの国家がバックについていると思わされるほどの権限レベルの高いプロテクトなど、無視できない点は多い。
それに何より、コードを確認できないことが何よりも引っかかっている。
今の時代において、コードが付与されないことはありえない。それがありえるとするならばコードを確認できないように隠蔽しているか、あるいか恐ろしく権力を持った巨大な組織による極秘の何かか。
少なからずとも、船員の中に「始めからコードが付与されていなかった」という可能性を見当するものは誰一人としていなかった。
まさか、王女はダミーでも影武者でも何でもなく、全く無関係の一般人で、たまたまコードを付与されることが常識ではない時代から奇跡的にも蘇生させられた人類だったなんて考えつきもしなかっただろう。
まさか、人類が人類と最も溝の深い関係にあるはずのマシーナリーに助けを乞い、丁重に保護される立場になっていただなんて思いもしなかったに違いない。
まさか、歴史教養と称して、自ら情報を発信していたなどと想像するにも至らなかったことだろう。あまつさえ、自分で歌ったり踊ったりと少し趣味に走り出しただなんて、どういう発想があれば思い至るというのか。
その可能性はゼロではなかった。それは確かだ。だが、それらの要素が一本の糸に繋がるその可能性はたったの一パーセントにも満たない、極めて低いもの。
例え、そこまでの仮定に辿り着いたとしても、それを思いつきの妄言以外のものであると認識するほどに現代人の思考は短絡的ではなかった。
蚊帳の外、ガラスケースの中、人知れず、王女と呼ばれてしまった女がくしゃみする。