キャットファイト
※別視点
惑星『フォークロック』に目的を定めた護衛艦は、あらゆるレーダーを張り巡らせつつも、慎重に航路を進めていた。
想像だにしなかった不慮の事故によって乗組員一人を失い、誰もがその行方を、安否を考えるだけで暗鬱な空気に今にも窒息しそうだった。
この護衛艦の談話室内にいる二人、キャナとビリアもその中に含まれる。
それほど室内は狭くはない。凝った装飾をしていて、何処ぞの国の重役同士が対話をするような、そんな厳かな内装をしていたが、それは現状、ただただ重い空気を助長するばかりだった。いっそ窮屈にさえ感じるほど。
この護衛艦には休息を取るための仮眠室も用意してあったが、そこには今はそっとしておくべき人物がいるため、二人はこの談話室に居座るしかなかった。だからといって、キャナもビリアも十分な休息がとれているのかといえばそれは明らかだ。
超能力者のキャナはソファの上で仰向けになる。いつもならふわふわと超能力によってその身体を浮かせて、宙を泳ぐように漂っているところだ。そんなことにも力を消費する余裕がないようにも見える。
獣人族のビリアに至ってはソファではなく床、絨毯の上で猫のように身体を丸くしている。仮にもビリアは王族の身なのだが、それにしてはやや威厳のない不格好。こうでもしないと気持ちが落ち着かないと言わんばかりだ。
二人共、いなくなってしまった乗組員のことを思い返し、安否を心配していた。今どうなっているかなんて想像しても分からないことだ。生きているのか、死んでいるのか、確認する術はない。
「ナモミ……」
丸まったけむくじゃらが自前の尻尾を揺らしながらいなくなった友の名前を呟く。
ずっと凍結していたかのような時間の止まった談話室に、亀裂のようなソレが入ったのだと思う。ピシッという音こそ聞こえはしなかったが、確かに何かが割れた。
「アンタのせいやったらどないするんや?」
一言も喋っていなかったキャナが釣られるように自身の沈黙を破る。
ナモミは王族であるビリアと間違えられて連れて行かれた。その可能性が高いというのが乗組員達の判断だ。大体の証拠は押さえてあるが、明確にはされていない。
「妾で取れる責任は全部取るつもりじゃ」
空気はひりついている。静かな言葉があたかも刺すように感じるほど。
「冷静な判断やな」
言葉だけならば何のことはないが、その呆れ果てるような口調は皮肉のようにしか聞き取りようがない。
そもそも王族であるビリアがいなければ、この船は宇宙に出ることもなかった。
そもそもナモミがさらわれる以前に、危険にさらされることもなかった。
そもそものそもそも、この現状の根幹はビリアを中心としている。
ビリアさえいなければ。誰一人としてそのような言葉を明確に突きつけようなどとはしないし、しなかった。さながら禁句のよう。
「もし、この首を差し出して事が済むのならここでくびりとってもよい」
冗談のようには言っていない。ビリアは真面目に答える。しかしそれは仮にも一国を統括する王族にあるまじき言葉だ。それを望むものなどいやしない。
ふと、ソファで仰向けになったままのキャナがスゥッとおもむろに右腕を直立させる。
「あだだだっ!! な、何をするんじゃ!?」
キャナは一歩も動くどころか、立ち上がろうとする気配すらなかったが、ソファから若干の距離を置いた位置に寝転がっていたビリアは唐突に首を押さえながら悶え、立ち上がり、次の瞬間には四つん這いになってモフモフだった毛を逆立たせて、フーフーと息も荒くキャナに向かい威嚇していた。
「言う通りにくびりとったろ思うたんや」
それに見向きするわけでもなく、キャナは仰向けのまま言い放つ。
「ナモナモ、ナモミはな、あの子は、アンタみたいに強ないよ。いつも不安で、不安で、しょーもなくて、ブルブル震えとったんや」
「今回のことは、ナモミも覚悟を決めてきたことじゃ。そこまで子供じゃなかろう」
「アンタのせいや、アンタの。なんでなん? なんでアンタが今ここにおって、あの子がどっか行ってもうたんや?」
包み隠さない強い物言いに、言い返せる言葉もなかったのか、ビリアの逆立った毛並みがモフモフに戻る。
「余計な迷惑をかけんよう、妾一人で帰るべきじゃったのかもしれんな」
「責任、どないすんや?」
「……まだ、ナモミがどうなったのかは分からぬ。いずれ取引の材料として差し出されるやもしれん。無事な姿で戻ってこれるよう、妾もできる限りの責任は果たす」
「それで、あの子がもうおらんかったらどうするつもりや? あの子は王族とちゃう。今ごろ宇宙に放り出されとるかもしれんで」
「そのときはこの首を差し出す」
「そんなきったない首なんていらへん!」
「あだっ! あだだぁ! もげ、もげる! 無礼じゃぞ、おぬし! 妾をなんと心得る?ビリア・ノルウェージャンフォレスト・ヴァナディース二十三世なるぞ!」
ふしゃーっと、再び毛を逆立たせる。
「知らんがな、そんなん!」
キャナが重い腰を持ち上げる。上半身を起こし、バッバと腕を振るう。
はたして、どちらが先に動いたのだろう。
ビリアは爪を立てて宙を舞い、キャナは両腕を突き出す。
艦内の負荷重力と滞空時間に絶妙な齟齬があった。振りかぶったビリアの爪が目には映らないソレを両断する。溢れ落ちるように、ビリアの身体が床へと引き寄せられる。
刹那、絨毯は捲り上がり、キャナの身体があたかも爆風に巻き込まれたかの如く、後ろに跳ねる。
まだ温もりのあるソファが真っ二つに分かれ、そのまま荒々しくも裁断される。ものの一瞬で作られた綿くずの山にビリアが落下したのも束の間、綿くずは生き物のように蠢いてビリアの全身を包もうとする。
自慢の爪でどんなに丁寧に切り刻んだところで、綿くずが綿くず以外の何者にもなりはしない。
無駄と悟ったのか、まとわりつく綿くずをそのままに四つん這いで室内を駆ける。談話室の家具や調度品を片っ端から巻き添えに、がしゃんがしゃん、バリンバリンとところ構わず破壊しながら駆け回る。
あれはソファだっただろうか。それともテーブルだっただろうか。がらくたが飛び散る。目にも止まらない速さといっても過言ではない脚力で、ビリアの周囲にまとわりつくソレがすぐに振り払われる。




