イレギュラー
暗黒の中をかいくぐっていくかのように、視界不明瞭な旅路が続く。著しく数値の変動し続けるレーダーを見ても進行度合いを測るのは困難を極めるところだ。このルートはデブリも多く、正規の航路よりもややズレたところに位置する。
あえてこのような悪路としか言い様のないルートで船を進めている理由など言及するまい。こちらとしてはただ不慮の事故が起きないことを祈るばかりだ。
「渡航領域の境界線、ワープ航路地点までまもなくッス」
操舵室の中央、大きく表示された立体的なディスプレイの端に目的の地点と思わしきマーカーが光る。けしてこの護衛艦も言うほど鈍く運航しているわけではないが、あまりの進み具合に焦れったく感じてしまう。
「ゼクラのアニキ、緊張してるんですかい? 疲弊度数が分間二パーセントほど上昇しているようっすけど」
傍に立っていた男が心配そうに顔を覗かせてくる。こんな男、乗船したときにいたような記憶はない。確かブロロと名乗っていたと思う。以前『エデン』を訪問した際に護衛としてついてきてくれていたうちの一人だったはず。
全身が甲冑のようにガッシリとした金属に覆われた大男じゃなかったか。似たようなタイプにゴルルという男がいた。
あれと大して代わり映えしないマシーナリーだったはずなのだが、いつの間にかパーツを換装したのか、ずいぶんと細身な男がそこにいる。
エメラも普段は幼い少女のような容姿をしているが、その権限を持ってすれば身体のパーツを入れ替えて大人の女性にも変身できたことは知っている。どうやら、このブロロとかいう男も同様に好きなように姿を変えられるらしい。
「護衛なんて任務はあまり受けたこともなかったからな。勝手が分からず戸惑っているのかもしれない。なに、そんな気にするほどのことじゃない」
まだ目的の惑星である『フォークロック』の近域にすら辿り着いていないというのに、こんなところで疲労を見せているとはとんだ笑いものだ。
「コラ、ブロロさん。ゼクラ兄さんを困らせてはいけませんわ。貴方のように無神経ではないのですわよ」
そういって横から入ってきたのは銀色のスマートな女性だ。こちらも姿を変えているようだ。この護衛艦に乗っているメンバーから逆算すると、この女性の正体はおそらくシルルなのだろう。
「大丈夫だ。俺も少し気が張っていたのだろうな。気に掛けてもらって感謝する。……ところで、二人共、いつの間にか姿が変わっているようだが」
あえて訊ねてみる。
「あ、はい、ボディガード用のボディだとプロテクトはいいんすけど、機動性がちょっとあれなもんで、こういう艦内を徘徊するときは軽装の方が効率良いかなって考えた結果です」
「あと、それもありますけど、これから向かう先は獣人族の渡航領域。人型タイプの方が無闇に警戒を煽らなくて済むと思いまして」
「なるほど、合理的だな」
正直なところ、似たような格好をしたマシーナリーが並んでいるといちいちコードを読み取らなければ区別も付かないから助かったといえば助かった。
「ご安心を、ゼクラのアニキ。こんな格好をしていても性能が落ちるわけでもないんで護衛に関しては問題はないですよ。ビリア姫の護衛は元より、アニキたちの身の安全もバッチリやりとげるんで!」
「ちなみにビリア姫様は現在談話室の方にいらっしゃいますわ。どうやらナモミ様と雑談をされておられるようですわね」
この場から大して動いていないのにも関わらず、たった今見てきたように言う。護衛すべき相手から目を離してブラブラしているというわけでもないわけか。ちゃんと位置を捕捉しているのなら問題はないだろう。
「ビリア姫にはボクたちの方でも強固なプロテクトを構築させてもらってるッス。急な襲撃が起きても傷一つつけさせないッス」
自信ありげにエメラが割って入ってくる。そういえば出発前にも何やらしていたようだった。盤石の態勢は整えてあるというわけだ。
エメラを始めとして、マシーナリーの面々は絶滅危惧種でもない獣人族のビリアの護衛には乗り気ではないように思えたが、手抜きということは一切ないらしい。
そも、下手なことをすれば人類の方にも厄介ごとがドカドカと舞い込んでくることが予測されている案件だ。間接的でも人類保護のための取り組みなのだから当然か。
「エメラ、もうすぐワープ地点に到達するであります」
「よしきた。テリトリー進入。通行許可申請を飛ばして領域に進入するッス」
そういってエメラが何かの作用によって物理的に飛んでいく。身体は一つしかないように見えるが、その手際の良さは身体いくつ分の効率になるのか見当も付かない。
「許可が下りたでござる」
「これより渡航領域をまたぎ、ワープを開始するッス」
「ワープ航路地点到達、ディメンション・ホール展開。ワープを開始するであります」
「ホール突入ッス」
目の前に特大の空間のひずみが口を開ける。いつ見ても不気味なものだ。この先へと進めば通常、何年と掛かる道のりを言葉通りにすっ飛ばしていける。
簡単に生成できるものではなく、ある程度の高度な機構も必要となり、また相応の権限がなければならない。勝手にこんな穴を作ってしまえば何が起こるのか分かったものではない。
下手すれば無差別に周囲のものを取り込んで全くの別の次元に飛ばされてしまうという危険性もあり、ディメンション・ホールの使用制限ほど難しいものは早々ない。
よくもまあ、このような技術を確立させたものだ。空間に干渉するなど生半可な知識、技術、権限ではできまい。中には兵器に利用された歴史もあるくらい。
「あれ……?」
ふとブロロがいぶかしげな声を上げる。
だが、ここで何を見ようが、何をしようが、この場ではもう何もならない。
俺達を乗せた護衛艦はワープホールの淵に掛かり、吸い込まれるようにして進入を開始している。とっくに引き返せるような領域ではない。
スターボウが視界に映る。束ねられた虹の輪が眩く、果てない空間の向こうが見える。今、まさにこの護衛艦は光を追い抜くほどの計り知れない速さで移動している。
時間の経過という概念から切り離され、ワープの終点へと辿り着く。
ここはもう、違う宇宙空間だ。