やってしまった (2)
ナモミに噛みつかれる前に弁明せざるを得ない。こういう場面で優柔不断を晒すから後々ややこしいことになるんだ。
「ビリア姫、あなたには酷な話だろう。しかし、ハッキリ申し上げると、その、姫の急な申し出には応えられない」
「なんでじゃ? 妾がまだ子供じゃからとでも申すのか?」
「そういうことじゃない。さっきも少し触れた話だが、ここは何処の国連にも関与していない無所属の地。そして、敵対組織もいない。敵対関係を作ってはならない場所なんだ」
「どうしてじゃ。愛に障害など付きものじゃろうが」
おそらく話し半分にしか聞いていなかったであろう姫の発言を受け流すように、俺は言葉を続ける。
「ビリア姫の祖国が壊滅の危機だという現状、胸中察するが、実は俺達も危機的状況にある。国が、ではない。種族が、だ」
「種族が?」
「そうだ。何処の国にも所属していないのは何も追放されたわけじゃない。ないんだ。全て滅んでしまったんだ。俺達の種族はもはや片手で数えられる程度しかいない」
「ぬぅ……?」
「ビリア姫が王族の血を絶やさないための覚悟、それは立派なものだが、それは俺達も同様。一刻も早く種の繁栄、そして復興を目指さなければならない」
「な、なら、童がその種の繁栄に助力すればよかろう! 混血など気にするまい! このコロニーが埋め尽くされるほどの子を孕んでみせよう! 子沢山じゃぞ!」
「いいや、そういうわけにはいかない。ビリア姫、あなたは王族だ。国の全てをすべからく統べる帝国の王となる存在。その血が流れるものが、平穏な暮らしを望めるとは思えない。今、数の少ない俺達が望むのは争いごとから遠く遠く、遠ざかった平和な生活なんだ」
ビリア姫がようやくして黙る。他国から攻められて辛うじて逃げ延びてきた姫には反論のしようがない。現に、ブーゲン帝国もご覧の有り様だ。
戦火に飲まれ、不安定な状況にある。今立ち上がれば窮屈を強いられることが目に見えるというもの。
「俺達は今、何処の国とも、何処の組織とも敵対するわけにはいかない。どうか分かってほしい」
「ぐるるるうぅう……」
物凄く唸られてしまった。ぐうの音もでないが、ぐるるの音は出るらしい。
「妾は……妾は……一体どうすれば……」
力なく呟いたかと思えば、ビリア姫の手は俺から剥がれ、そのまま落ちていき、床の上に崩れていくようにペタンと転がる。
どうやら気を失ったらしい。かなりの精神力の持ち主のようだ。俺がしたこととはいえ、体中痛くて意識が飛びそうだったろうに。
今しがたの言葉を聞いて、ようやく気力に亀裂が入ったのか、最後の糸が切れたようだ。我ながら酷いことを言ってしまったと思う。
「え? 何? 姫様死んじゃったの?」
「いや、気を失っただけだ」
「そう……ゼクにフラれたのがそんなにショックだったんだ」
そういうことではないと思うのだが、そういうことでもあるのか?
「で、ゼクラ様、いかがなさるおつもりですか?」
「いかがも何も、今言った言葉の通りだ。残酷かもしれないが、関わるわけにもいくまい。すぐにでもブーゲン帝国に送り届けるか、亡命させるかしないとな」
「ボクもその意見には同意ッス。情勢が複雑な中にわざわざ飛び込んでいく必要はないッスよ」
「ちなみに訊くが、『エデン』あるいはそのコネから姫をかくまうのは」
「あー無理ッスね」
食い気味に言うなよ。
「まぁ、そうだろうな。人類の絶滅が明瞭だったときとは話が別だ。対価なしに受け入れるには重すぎるよな」
「うぅ、こればかりは仕方ないというか。そもそもゼクラさんたちのときが異例中の異例による特例だったわけで、今も色々と審議中な課題も山積みなんスよね」
「無責任な発言ですまなかった。そうだな、亡命も容易ではないな」
「じゃ、じゃあ、姫様どうするの? まさかまた宇宙に放り出しちゃう気?」
お前はなんてことを言うんだ。
「それが手っ取り早いが、そんなことするわけにもいかないだろう」
こういう厄介なことが多いから本来ネクロダストは気軽には開けられないものなんだ。蘇生困難者だと特に問題ごとは次から次へと飛び込んでくる。
今回の場合はなんだ。帝国の王族だ? なんだってそんなとんでもないものを蘇生させてしまったんだ。
この状況を作ったプニカはきょとんとしている。いや、プニカを責めるのはお門違いなんだが、もっと早い段階でその情報があれば対応も違ったはずだ。
「蘇生したからにはその責任を負う義務がある。その法律は適用されるよな?」
「あ、はい、ゼクラ様のおっしゃる通り、渡航法の中にございます」
第何条だったかな。最近勉強したとはいえ、かなり細分化されてて数千課目も記憶できていないんだが。
「機能している状況下にはないが、法律に触れてしまえば、今支援をもらっている『エデン』の方から問題提起される恐れもある。運が良くとも追放、下手すれば危険因子としての処分も十分考えられる。こちらも状況は波風立っていないわけじゃないしな」
「うぅ……そうなんスよね。このまま再度放流は推奨されないッス。正規の手続きにしても相手が姫となるとかなり難しい話に……」
「え? じゃあどうするの? 亡命もできなくて、放置もできなくて、ここで匿うこともできないんでしょ?」
「惑星『フォークロック』に出向く。そして穏便な手段でブーゲン帝国にビリア姫を引き渡すんだ」
といっても、この提案すらかなり面倒な話だ。一国の姫の護衛をしなければならないのだから。民がそれを望んでいるのかどうかは分からないし、むざむざ敵国に進駐された土地に送るなんて下手すればとんでもないことになりかねない。
まず、さっき自分の口から出た敵対関係を作らないように平穏に、などという発想から逸脱している。矛盾している。それに穏便な手段なんてものも果たしてあるのかどうかさえも怪しい。
「エメラ、お前はこの提案どう思う?」
えらくくすぶったそうな顔をされてしまった。顔面が崩れて高尚な芸術作品みたいになっている。
「さ……さ、賛同、ッス。今のところ、妥当な意見だと思うッスね」
その顔ははたして賛同と捉えていいのか判断に困るところだが、消去法から言ってもこの方法が無難に収まってしまうことだろう。