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ぷらとにっく・ぎゃらくしぃ  作者: 松本まつすけ
Episode.2 Xanthium strumarium
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潜伏者 (4)

 船を下りると、『ノア』の宇宙空港は静寂なものだった。


 出入り口である巨大なゲートはその大きさの割に静かに閉じ、宇宙との境目を隔絶され、何とも空間そのものが切り取られてしまったかのよう。


 ほんのついさっきまでは軽い旅行気分の余韻のようなものが残っていたのに、この『ノア』に降り立つまでの違和感が、そんなものを拭い去ってしまった。


 船を下りたあたしたち一行は『ノア』の玄関であるゲートへと進む。


 この空港の手荷物検査用の金属探知機のような小さな門を潜って、その先の通路にあるリフトに乗れば直ぐにでもあたしたちの家『ノア』の居住区域へと行ける。


 見かけほど大げさなものでもないし、以前の行き交いのときも何のことのないちょっとしたアーチみたいな感覚で素通りできたゲートだ。


 これは『ノア』へと続くただの入り口に過ぎない。ただし、回り込むようなところはなく、『ノア』に入るには絶対に通らなければならない門だ。


「皆さん、本日は長旅お疲れさまでした。各自十分な休息を取り、英気を養いましょう。今後の我々の繁栄のために支障のない体調管理を怠らないようにしましょう」


 淡々と、プニーが取り仕切る。


 別に何事もない。別に普通だし、別に変わったことなんて何もないはずだ。あたしたちを先導するように、プニーは『ノア』のゲートを潜っていく。やはり別に何も起こらない。


 プニーはそのままリフトへと乗り込み、自動ドアの向こうへと消えていった。やっぱり何の異常もない。


 しかし、なんだろう。この胸騒ぎは。


「それにしてもさっきのエラーは何だったんスかね? マザーノアにも早いところ確認とっておきたいッス」


 いぶかしげに、エメラちゃんが自分の腕についた端末をしきりに確認する。


 船内でエメラちゃんの認証が通らなかった。ただそれだけのことだ。


 何か手続きに不手際があっただけなのかもしれない。でもエメラちゃんに限ってそんなことってあるのだろうか。


 過ぎる不安を振り払って、あたしはゲートを潜ろうとした。


 そのときだ。


「ナモナモ、危ないっ!」


「えっ? キャッ!?」


 何が起こったのかは分からない。


 唐突に後ろから突き飛ばされたかのように、あたしの身体はゲートから弾かれるように通過した。


 あたしの背後にはぴったりとくっついている人はいなかったはず。


 突き飛ばした何かの正体がお姉様の力だということには割と直ぐ気づけた。


 通路側の床にびったんと叩きつけられるように落ち、咄嗟に振り向く。するとなんだこれは。


「え……? どういうこと?」


 さっきまで何もなかったはずのゲートに、虹色をした膜のようなものが張っていた。まるでシャボン玉のようなソレだ。


防衛壁シャットバリアだ。なんでこんなものが」


 よくは分からない。どうやらあたしが通ろうとしたその瞬間にゲートにシャッターのようなものが降りてきたらしい。


 お姉様が突き飛ばしてくれなかったら危うく切断されるところだったみたいだ。


 それを理解してしまった瞬間、恐怖が遅れて、くる。


 じわあと染み込んだ油が絞り出てくるかのように、いやにねばっこい汗が噴き出してきた。一体何が起こっているのか。


「マザーノア、これはどういうことだ。応答してくれ」


 ゼクがゲートに備え付けてある端末に呼びかける。しかし、返答はない。


「これはノアセキュリティ? でも居住者であるナモミさんに反応するなんて……」


「故障してもうたんか? 元々旧式やったんやし」


「そんなはずないッス。だってセキュリティのメンテはボクが念入りに」


 何か、起こってはいけないことが起こってしまっている。嫌な予感が的中してしまったようだ。さっきの認証エラーも手違いとかそんなものではなかったらしい。


「ダメだ、マザーノアが応答しない。まるで侵入者扱いだ」


「え……、みんなこっちに来れないの?」


 場違いというくらいに素っ頓狂な声を出してしまう。


「ああ、すまない。どうやらそのようだ」


 たった一枚の紙よりも薄そうなこのバリアによって、あたしとみんなは隔離されてしまったらしい。


「プニカ先輩……、プニカ先輩ならこの『ノア』の管理権限を持ってるから。ナモミさん、プニカ先輩を追いかけてください。ゲートの先のリフトなら動くはずッス」


 そういえば、プニーは何ともなかった。


 入船許可だって普通に下りたし、このゲートも何の問題もなく通り抜けられた。だからきっとプニーだけは大丈夫だったんだ。


「わ、分かったわ」


 プニーなら今さっきこのゲートを抜けていったばかりだ。そう遠くまでは行っていない。すぐに追いかければ追いつくはず。


 あたしは生まれたての子鹿みたいによれよれの足で立ち上がる。


 思いの外、身体が痛かった。咄嗟のこととはいえ、お姉様も割と本気で突き飛ばしてくれたらしい。


 そりゃまあ、ゲートが閉じるよりも早くゲートの向こうへと弾き飛ばしたんだ。ちょっと腕でトン、なんてレベルじゃなかったのだろう。


「ごめんなぁ、ナモナモ。あんま加減できんかった」


「だ、大丈夫。それより、プニーを追いかけないと」


「俺達は俺達で何とかできることをやっておく。そっちは任せたぞ」


「うん」


 などといいつつも、情けないくらいによろめいた足取りで、リフトへと足を進める。こんな頼りないあたしに任されちゃっていいのだろうか。


 そうこうしているうちに自動ドアが開く。急いでプニーを探さないと。


 リフトに乗り込み、ふぅ、と息をつく。何十人単位と大勢で乗れるリフトにたった一人っきりなのは、なんだか孤独感を煽られてしまう。


 主なセキュリティはあのゲートで助かった。もしこのリフトにまで防犯システムがしっかりしていたら詰んでいたところだ。


 あとはプニーが変に遠くまで行っていないことを祈るばかり。


 それにしたって、これは一体誰の仕業なんだろう。


 故障というには違和感がある。あたしたちが『エデン』に行っている間に、何者かがセキュリティに手を加えたのだろうか。


 でも外部からそんな簡単に手を加えられるとは思えないし、そんなんだったらセキュリティのガバガバもいいところ。


 もしかして。


 あまり考えたくはないけれど、この『ノア』に潜伏者がいる?


 あたしたち以外に、息を潜めていた何者かが。


 不安を募らせつつ、リフトの扉が開いた。

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