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ぷらとにっく・ぎゃらくしぃ  作者: 松本まつすけ
Episode.1 Billions years later
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人類よ、子を産むのです (3)

 幾分か、ナモミが訊ねてくれる。


 それが好奇心なのか、ただの気紛れなのかなどはどうでもいい。


 細い糸でも手繰るように、俺は言葉を返す。


「ええと、地球は膨張した太陽に飲み込まれて消えていったんだ」


「た、太陽に……?」


「地球はどうなるのか、当時の学者では意見が分かれて論争も激しかったらしい。活動停止した星になって太陽から離れていく説が有力だったとかな」


 どんな論証も実証の前では無力なわけだが。


「そのせいか地球の最期の記録は膨大に残ってる。俺も記録でしか知らないが、その光景を観測していた人たちの多くが自ら命を絶ったなんて話もある」


「な、なんでよ」


「一説によれば地球が飲み込まれたときに未知の電磁波が発生していて、観測者はそれを浴びたことによって人体に何らかの影響があった、なんて言う学者もいたらしい。まあ、きっとそんなんじゃないんだろうな」


「……じゃあ、あんたはどう考えてるの?」


「きっと、ナモミ。今のお前と同じ気分だったんじゃないのかな」


「……ん」


「人類は地球に生まれ、何十億年もそこで繁栄してきた。そんな地球が目の前で消滅していくのを見て、自分たちの居場所も消滅してしまった。そう考えたら、死にたくなったんだよ、きっと」


 人類が地球を離れて暮らすようになって、太陽に飲み込まれるまではそこまで短い期間ではなかったはずだ。


 地球出身の人類がそこにいたのかさえも分からない。


 だが、それでも何十億年前の学者たちの唱えていた電磁波がどうこうなどという話よりも、俺はこちらの方がしっくりくるように思えて仕方ない。


 勿論こんなのは根拠もなにもないでたらめな詭弁だ。


 ああ、今からでもいいからプニカに助けを求めたい気分だ。


 あいつならもっと詳しく語ってくれるだろう。


 俺だって専門的に勉強してたわけじゃないし、教えられるのも限界がある。


「まあ、こんな感じだ。結局のところ、地球は膨れ上がった太陽にばっくりと飲み込まれちまった、そういうわけだ」


 両腕を広げて、抱きかかえるようなジェスチャーをしてみせた。こんな感じで伝わるのかどうか分からないが。


「なによそれ。ヘンなまとめ方。……ふふ」


 ふと、いつの間にかナモミが毛布を取っ払っていた。


 話をするのに夢中になっていたせいか、目は赤く腫れていたものの、その顔は明るさを取り戻していた。


 ナモミの笑顔は、今、初めて見たかもしれない。


 ずいぶんといい加減な講釈をたれてしまったが、少しは気を紛らわせることができたのだろうか。


 身振り手振りとはよく言ったものだが、説明のたびに動き回っていたのが今になって気恥ずかしくなってきた。


「あの子より大分分かりやすかったわ。ありがとう、ゼク先生」


 あの子というのはまあプニカのことだろう。


 何にせよ、理解していただけで光栄だ。


 それにしてもゼク先生とは。


「なんだかさ、思いっきり泣いてたらすっきりしちゃった。ゼクと話してたら気持ち悪いのも、全部吐き出した気分。まだちょっと、怖くて震えてるけどさっきよりマシになった」


「それは何よりだ。だが辛いときはすぐに打ち明けてくれよ。ここは過去から大きく切り離された未来なんだ。何もかもが分からなくて当然だからな」


「……ごめんね」


 急に俯き、低い声で呟く。


「ゼクも何十億年も眠ってて分からないことだらけで困ってるのにさ、あたし一人だけが不幸みたいな顔しちゃっててさ」


 人の不平不満を測る明確な物差しはない。


 自分と他人の感情を測る術すらない。


 誰かがどんな悲しみに打ちひしがれていようとも、それが自分の悲しみより上なのか下なのか分からないのは当然のことだ。


「まあ、気にするほどのことじゃない」


「ゼクって割と優しいね。初めて知った」


 まだほとんど分からなかったナモミのことを、一つ分かったような気がした。


 分かってやれることができたような気がした。


「まあ、出会ってそんなに経っていないからな。お互い、知らないこともまだまだ沢山ある。これからももっとお互いの初めてを知ることもあるだろう」


 ナモミが笑うときの顔はあどけなく、ドキリとするほどに可愛い。


 いい意味で年不相応の、眩しくも無邪気な笑顔だ。


 何十億もの時間をすっ飛ばしてきた俺たちにとって、このひと時なんて一瞬でしかないのだろうが、この一瞬ほど尊いものはない。


「無愛想な顔してるし、プニカみたいに感情が乏しいのかと思ってた」


 失礼な。あの空気もろくに読めないプニカも大概だが、さすがに感情が乏しいなどと言われるのは心外だ。機械的ではなく人間的に合理的と言ってほしい。


「あと、案外なんでも知ってそうなオーラ出しておいて思ってたよりも馬鹿っぽいとこ、ちょっと好感度上がったよ」


 貶されているのか褒められているのか中性的だが、前向きに受け取っておこう。


「……、えっと、ま、まあ、こ、こ、子作り? とかそういうのはまだ保留、ってことにしておいてほしいところだけど、これからもよろしく頼むよ、ゼク」


 前半弱め口調で目をそらしつつ顔を赤らめながら、ナモミがそっと手を差し伸べてきた。軽めに握り返す。人類繁栄のために一歩、という解釈でいいだろう。


「ああ、よろしく。ナモミ」


 歯を見せるほど口元を緩めつつ、やはり何処か強ばっているかのように、表情をゆっくりと崩す。


「……コレっていわゆる、アレよね。ポリアモリーってヤツ?」


「あまり深く気にしない方がいいさ」


 何億年経っても、人間は人間だ。


 知能を極めた機械から見れば不純物のような感情や理性を持ってして行動する動物である。実に面倒くさい半端な知能を持った動物だなんて思われているだろうが、あいにくと、これが人間という種の個性。


 俺もまだ色々複雑な心境を抱え残したままだが、目標とする人類繁栄まで鈍行でも許していただきたいところだ。


「ふぅ……、落ち着いてきたからかな、なんかもうホッとしちゃってお腹も空いてきちゃった。プニカにも色々と謝りたいこともあるし、一緒にご飯誘おうよ」


「そうだな」


 さっきは話の途中で飛び出してきたしな。あれでプニカも心配していただろうし、プニカの方も安心させてやろう。


 アイツもまた、人類繁栄のための礎だ。


 どういう関係に発展していくにせよ、これから末永い付き合いになるのだろう。

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