9.尽きぬ欲望と怪しい影
「お呼びでしょうか?ご主人様」
いつものように小人が現れた。
「金はいくらまで出せる?」
努は今一番必要なことを願った。これで老人に頼る必要もなくなる。
「日本円だと、1000万でございます」
「それじゃあ1000万だ」
「かしこまりました」
小人は一瞬消えた。そして、煙があたりに立ち込めた。煙が晴れると、そこには(おそらく)1000万円分の札束が無造作に置かれていた。小人はこの金を入れるケースを用意しなかった。それはおそらく願い事の中になかったからであろう。ナンのことにしろ、願い事に忠実であるというか、少し変わった小人だ。しかし、今の努にとってそんなことはどうでもよく、自分の目的が無事に達成できればそれでいいのだった。確かに、今回はこの裸の1000万円をどのように持って帰るかが問題となってしまったが・・・。自分の持ってきているカバンのサイズではどうにもキレイに収まりそうにない。いかに今が平日の昼間だと言え、こんな大金を裸のまま持っていたのでは物騒であること極まりない。少しずつ分けて運ぶにも、こんな大金をこんなところへ置いてはいけない。努はうれしい悩みにぶつかった。金が多すぎてもてないなどという悩みは日本中探してもほんの少しの人くらいしか持っていないものだろう。
一昔前は、金をばら撒くようなこともあったくらいであったから、こういうことはよくあったのかもしれない。あの頃の日本は少し狂っていたように思う。人間の欲望などよりももっと力を持つ、雰囲気による洗脳とでもいえようか・・・。
努は、仕方なく、自分の荷物の中身を辺りの見えないところに置き、1000万円を小さなスーツケースに詰めた。スーツケースはパンパンだった。ふたを閉じるのに格闘し、10分もかかってしまった。
さて、このまま自宅へと帰るわけにもいかない。そもそもこの荷物と金ならどちらを置いていくかという選択の上でこうしているのであって、これらの服などが要らないわけではない。
銀行にこのまま全部持っていったところで怪しまれるに決まっている。これらの金の出所を証明できるものもないし、そもそも本当のことを話したところで信じてもらえるわけがなかった。それはそうだ。努も最初は夢でないかと思ったくらいだ。今は、違う意味で夢のようである。
結局、複数の銀行を回り、複数の講座に100万円ずつほど分けて貯金をしておいた。まさか、これを貯金という使途で収めるわけがなく、一時的な金庫のようなものである。つまり利息なども考えていない。
あちこちの銀行を回り、それぞれで手続きをしたため、かなり時間を食ってしまった。もうすっかり日が傾きかけていた。努は急いでタクシーを飛ばし、首里城へと戻ったのだが、衣服などの私物はそのままの状態で、どことなくホコリをかぶっているようであったが、問題なかった。言うまでもないが貴重品などは身につけて持っていっていたため全く問題ない。しかし、これらの衣服などの私物は誰かが触れた形跡もなく、本当にここを離れる前と寸分の違いも見られなかった。
次の日の昼。飛行機に乗り、自宅へと向かった。その機内で、すでに努は、日本地図を広げ次のランプの位置を特定しようと躍起になっていた。周りの視線はさぞかしこの人物を少し変わった人と見たであろう。世間の考える普通の人は、飛行機の中で日本地図をまじまじとは見つめない。ぶつぶつとつぶやかない。
それからというもの、努は、ランプの位置を突き止めては、向かい、そして、あっさりとランプを手に入れる。煙を発生させ願いを叶え満足する。欲しいものは何でも手にいれた。やりたいことはなんでもした。
途中、家族は出張が多すぎることを疑ってはきたが、一生に一度くらいしかないチャンスであると説得を行った。これは後々の言い訳を作るのにいい言い訳であることを努は計算して言ったのであった。次に、老人が一向に自分を訪ねてこない努に対してどんなことを思っているだろうかということも気になった。それはこちらから何かアクションを起こさない限りは全く問題ないと思われた。携帯電話の番号を教えているわけではないからであった。ただし、その老人が自宅を訪ねてくるとすると話は別であったが、あの老人はそういうことをしなさそうだと、努は勝手に考えていた。その考えは、正しかった。老人は、何を考えていて、どういう風に思っているかは全くわからなかったが、努が自宅にいるときには少なくとも訪ねてこなかったし、“出張中”も訪ねてきた形跡がない。帰宅したときに家族が何も言わないからだ。普段、訪ねてこないお隣さんが、努を訪ねるということがあろうことなら、家族は即刻報告するであろう。ひょっとすると、携帯電話にメールなり電話なりをしたであろう。
事は順調に運んでいた。順調だった。そう、なにもかもが。そういう生活がもう半年近く続いていた。そろそろ夏になるかという頃である。それでも、ここまでの時間の流れは努にとってほんの一瞬に過ぎないような感じであった。毎日が旅行で、毎日、欲望が満たされる。人間として自分以上の幸福を得ている人間はいないと、努は思っていた。順風満帆という言葉は自分のためだけにあるのだとさえ思った。そこらの社長が高級外車に運転手を付けて乗っているのが遊びのようにも見えるし、超高層マンションの最上階に陣取っているような人間はただの高い所好き程度にしか思えなくなってきていた。このときの努の金は十億円程度だった。他の財産を含めればもっと多くなっていた。
努は途中でふと思ったことがあった。それは1000万円よりも価値のある品物を手に入れ、それを転売するという考えであった。ただし、その考えはすぐに消えた。どう考えても無職の人間が手にいれることの出来るような代物ではないのだから・・・。すぐに怪しまれるに決まっていた。
すでに貯金をするのにも辛くなってきていた。無職であるから一つの銀行に多くの金を預けると怪しまれる。その金をどこで手に入れたかを説明しなければならなくなる。そんな理由内に等しい。そうなるとますます怪しいことになる。
そこで、努は自宅の自分の部屋に大きな金庫を設置し、その中に札束をおさめていった。ここに1億円ほどは入っただろうか?それでもまだまだ金の置き場には困っていた。小人から手に入れた大型トラックなどのコンテナにも金庫を積み込み、そこに金を入れることで足りたのであった。最終的にその結論に至るまでにかなり時間を要した。今度はそのトラックをどこにおいておくかなどの問題も生じたが、月極めの駐車場を偽名で借りることで解決した。別に偽名である必要はなかったかもしれないが・・・。
そう、本当に順風満帆であった。
だが、その順風満帆は45回目のランプ探しの旅においてもろくも崩れ去ることになるのだった。努は、そのときまで気づかなかったわけではなかったが、目の前のランプと、それにいたる過程があまりにもあっさりとしていたことから、ほぼ警戒心というものを餌付けされた小動物のように持たなかった。このとき、東京のとある薄暗く、どことなく気味の悪い路地へとやって来ていた。ここが特別であったかというとそうではなく、いつもグリニッジや首里城のようなちゃんとした場所であったわけではない。樹海とも呼べるような森の奥深くに分け入ったこともあったし、山に登ったこともあった。そして、立ち入り禁止である場所にも何度も入っている。何度か警察に見つかりそうになって危なかったところはあったのだが、持ち前の運動神経でなんとか急場をしのいだのだった。
(こんなところで捕まってランプを逃してたまるか)
そういった気持ちであった。
努がいつものようにあっさりとランプを手に入れたときのことであった。ランプはおなじみの青のポリバケツの中にあった。少し臭かったが、それは努にとって問題ではなかった。その場でもう煙を発生させて事を終わらせるからであった。しかし、今回はいつもと違っていた。確かに、いつも同じようなことばかりで単調であるから何か変化が欲しいとは思っていたのであるが、こんな風であって欲しくなかった。
この頃、裏の世間ではランプの存在を知るものが現れてきた。それもかつてのランプハンターが感づいてのものであった。昔のランプハンターの中で成功したものは大きな資金を得た。その資金を使い、巨大な裏組織を作ったりしており、現在はそのボスに君臨する者も少なくはない。ここ数十年はランプの反応がなかった。それはシャインキャッチマシンが全く機能しなかったことからわかっていた。だが、どこかの気まぐれが、久しぶりにシャインキャッチマシンを見てみたところ数値が変化していた、表示されていた、という具合であろうか?とにかく、ランプの”復活”を知ってしまったのである。
これらの人間は、昔は一儲けも二儲けもして、資金にも余裕があり、欲しいものも大体はそろえていた。だが、ランプへの欲求は冷めてしまったことはなく、自身で探しにいけなければその部下を使いランプを探しに出かけさせたりするのであった。そのランプがどういった使い方をされるのかは想像を絶するものがあるであろう。現在は裏の世界に君臨する人々のやることであるのだから・・・。
こういった人々は何も日本国内だけにいるのではない。むしろ、日本国内よりも海外に住む人数のほうが圧倒的に多い。
だが、ここ何ヶ月かの何十回かは日本でランプが観測されることがそのうちわかってくるであろうから、これらを日本に呼び寄せてしまうことは安易に想像がつく。
この結果、つまり、努が自分で撒いた種によって、自らの単調なランプ探しに変化が生まれてしまうのであった。努はこのときまで、実感を持って知ることはなかった。