8.新たな旅と自由
「おかえりなさい」
老人は暖かく出迎えてくれた。そして、努がランプは見つからなかったと伝えると老人は少し焦りのようなものを顔に浮かべたが、努を攻めても始まらないと思ったのか、努に明日の夕方もう一度来るように言った。またマシンで位置を特定するということだった。努にしてはこのマシンが手にある以上この老人の干渉をあまり受けたくはなかったが、旅費のためには仕方ないと思った。この旅費にしたって後で老人に返すことが出来るのだとさえ思った。よくよく考えなくてもわかることであるが、なんでも望みを叶えてくれるランプというものは金などには換算できないほどの価値がある。
努はその夜、作戦を立てた。だがそれはスムーズにランプが見つかった場合について考えているのだが・・・。しかし、例え途中で誰かがランプを使ったところでそれほど問題ではない。自分の邪魔をされなければ・・・。でも、誰がランプを使うと言うのだ?例の機関の人間はランプの封印を狙っている。一般人は努を除いてはほぼランプについて知らないであろう。それは努がインターネットをさまよってその情報が見つからなかったことからもわかる。
次の日の夕方。努は、例のカードを持って、老人の家を訪ねた。もう老人の家の前のプチジャングルにもすっかり慣れて、普通の道となんら変わりのないように通過できるようになっていた。ある種の適応というのか、成長というのか・・・。
「どうです変化はありましたか?」
最近、老人は努に挨拶をしない。それは努となじんできたからでもあるだろうが、それよりもランプに関することへの情報が挨拶などをすることよりも老人にとってはるかに重要だからに違いない。そこまで老人がランプの封印にこだわる理由とはなんなのだろう?それは確かに、悪い人間にこのランプが渡ったときにはどうなることか恐ろしいとは思わないでもないが、現在の状況を考えるに、そこまで焦る必要はないと、努は断定的に考えていた。
「ええ、今度は割りと近くのようですよ」
それはそうである。今、世界という言葉の定義は日本であるのだから、そのランプは日本国内にあるはずである。ランプに直接ここへ飛べだのと指定することは出来ない。それならば、大きな枠から絞ってやろうという、努の閃きによってこうなっているのである。
(じいさんだって、旅費が安く済むからいいのだろう)
「おおそうですか。何たる偶然。こんなに短期間のうちに連続的に近くとは」
「そうですね。ただ、ランプの気まぐれでしょうから・・・」
努はわざとこのように言った。
「さっそく中で位置の特定に入りましょう」
このとき努はふと思い出した。老人にロンドンでランプが見つからなかったことを告げたときに、どんな様子だったか、どこを探したのか、ちゃんと隅々まで探したのか?などということを聞かれなかった。それは努にとって都合のいいことではあったのだが、何か裏があるのではないかと疑うことも出来る。本当にお人よしな老人なのかもしれないが・・・。
いつもの応接室に招かれ、老人はコーヒーを持ってきた。
「お1人ですか?」
「ええ。孫娘は先日帰りましてね。ときどきああやって私のところに遊びにきて、話し相手になってくれたり、家の用事を手伝ってくれたりするのですよ」
「そうですか」
と言って努は微笑んで見せた。自分が作れる精一杯の微笑であった。
「そうですね。方角でいうとこっちだから・・・」
老人は地図を指でなぞりながら、ものさしで長さを計っている。努はその様子をじっと見ている。時々コーヒーを流し込みながら・・・。
「どうやら日本国内のようですね。距離を見ても」
努は作業をしている老人に対して話しかけた。
「そうですね。いや、驚いた」
「過去はもっとあちこちに散らばったりしたのですか?」
「ええ、過酷なときは南極だったりしたこともあったそうです。そこには私は行きませんでしたがね」
「そう考えるとランプを回収するにも好都合ですね、今回は」
「ええ、全くその通りです。明日の昼の飛行機を手配しておきますので朝にいらしてください。日本国内なので場所も本当に具体的に指定できました。前回のロンドンでは少しずれていたんでしょうな。見つからなかったということは」
努は内心ドキリとしながらも老人の話に相槌を打った。
その後、老人とランプについての話をすることはなかったが、たわいもない話に時間を割いた。このとき努は感じたが、この老人は努に心を開いていた。子供の頃、あんなに気難しそうで、変人に見えたあの老人が今、自分と打ち解けてたわいもない話をしていることになにか違和感を覚えずに入られなかった。
次の日の朝、努は前回のロンドンよりはかなり軽装備で老人の家に向かった。老人はいつの間に手配を済ませたのか飛行機のチケットをしっかりと持っていた。
努は近くの空港までタクシーで行った。だが、飛行機の時間まではまだ2時間ほどあった。この時間を利用して、昨夜考えたランプの活用についてもう少し練ってみることにした。そのときの努は、如何に少ない回数で、そして以下に少ない労力でランプを手に入れるかについてしか考えていない状態であった。
そして、昨晩考えていたときに、ふと思った。
(別に世界の定義を日本という広い部分に限定する必要はなかった。自分の部屋などとしておけば永久にそこに存在し続けるのだから・・・。いや、待てよ。日本中くらいにちりばめないとあのじいさんの目はごまかせないだろう。シャインキャッチマシンをもうひとつ持っている可能性も考えられる。そうなると、いつも俺の部屋の辺りを指しているとわかったらランプが回収できていることがばれてしまう。そういうことは、日本のままでいいのだ。おそらくあのときの俺はとっさにそこまで考えて世界の定義を日本としたのであろう。そして、これからは、見つけた現地で出来る限りランプを使ってしまう必要がある。ランプが見つからなかったということをじいさんに相談するかどうかが問題だ。相談すれば金は手に入る。だが、ランプに願いを唱えて金を手に入れれば問題はない。しかし、あまりにも探しに出ている期間が長いとじいさんも不思議に思うだろう。そこは少し考える必要がありそうだ)
と。
そんな中、飛行機の時間がやってきて、努は少ない荷物で乗り込んだ。
1時間ほど経って、冬なのに少し暖かい、ここは日本なのか?と思うような沖縄へとやってきた。本当はこんな風にして沖縄に来たくなかったが、ランプを探しに来たという満足の行く理由があることからこの件に関してはよしとしておこう、と努は思いながらすがすがしい晴れの沖縄を小さなスーツケースを転がしながら歩いていた。どこに行けばいいかということはすでに決まっていた。老人が以前のロンドンのグリニッジのように的確に示してくれた。それはかの有名な首里城であった。努はあっさりとタクシーを拾い、運転手に首里城までと告げ、のんびりとしていた。そして、時間がたってタクシーは首里城前に止まった。
(こんなにことがスムーズに物事が運んでいいものなのか?)
努はそんな風に考えたが、ランプのことを考えるとそんな疑問はどうでもよかった。ランプが手に入るのなら特に問題はなかったからである。
首里城が見渡せる位置から双眼鏡を覗き込み、光を放っているところを探した。すると、グリニッジのときと同じようにすぐに見つかり、努はすぐにそこへ行った。そして、足元にランプを見つけた。この日は平日であったこともあり、一般人はほとんどいなかった。それも努にとって好都合であった。なぜか?それはここでランプの願いをかなえてしまうためである。