7.勝てぬ欲求と暴走
3日後、無事にランプと供に飛行機に乗り込んだ。このランプはまばゆい光を放っているため、それなりのケースで密封しなければならなかったため、飛行機に乗るときに少し手間取った。
あっという間に、イギリスでのランプ探しの旅は終わってしまった。こんなに簡単に、あっけなく、苦労もなく、ランプを見つけてしまってよかったのだろうか?努にはこの後、何か良からぬことが起こりそうな気がしていた。だがしかし、よく考えれば、1回目にランプを見つけたときも、2回目にランプを見つけたときもなんで?と思うくらいあっさりと見つかっていた。それは、このランプを探している人間がそれほど多くないという事実からであろうか?そういうことは、時間が経つにつれてランプの存在を知る人間が増え、これを求める人間が増えるかもしれない。
努は、ロンドンに到着したときに電話をして以来、老人に電話をするのを忘れていた。なぜなら、観光に全力を注いでいたからであった。ロンドンに着いたときに、携帯電話のようなものを使って電話をしていたわけではなかったので、老人から努に電話をすることができなかった。老人は努の連絡をじっと待っていたであろう。そわそわしながら・・・。
空港からタクシーを拾い、自宅へと戻った。家族が暖かく出迎えてくれた。家族には仕事の出張で行くということにしてあった。多少は土産も必要だろうと思い、観光の合間をぬってそれらしいものをいくつか購入してきた。別に老人には必要ないだろうとあえて買っては来なかったが・・・。
普通なら、老人にすぐにランプが見つかったと電話をすべきだったし、家に帰ってきてすぐに老人にランプを持っていくべきだった。その普通に考えればできることがなぜかそのときの努には出来なかったのであった。
それは、あまりにもあっさりとランプが見つかったからだったのか?この理由は後になってなんとなくわかるのであった。
努は、疲れから、荷物を片付けた後、ランプの入ったケースを部屋の中に置き、昼前ではあったが、そのまま眠ってしまった。
夕方頃、はっと起きたとき、努は体中の震えが止まらなかった、そして腕は自然にランプの入ったケースへと伸びていく。抑えがたい感情。体が勝手に動くようにさえ思えた。しかし、頭はすっきりとしていて、冴えているともいえるような状態にあった。そして、今となっては自分の指揮下にない腕がどんどんとランプのケースへと伸びていき、止め具をはずす。その腕は震えていたし、体全体も震えていた。努はこれがなぜだかわからなかった。何かに操られているような、不気味な状態だった。
徐々にケースから光が漏れ、その光が努の体を一層刺激した。そして、震えながらもしっかりとケースのふたを取り払い、そのままランプへと手を伸ばした。
震えながら
ゆっくり
しかし、しっかりと・・・
ついにランプを手に取った。これから何をしようというのか、努の体にしかわからなかった。努は今、体と、頭が別である。その頭のほうは薄々と感づいていた。これから自分が何をしようとしているのか、そして、体は何に支配されているのか。
そいつは、ここにきてようやく頭角を現したという感じであった。早ければロンドンにいるうちにこいつは出てきてもおかしくはなかったのだ。それを考えれば努はよく我慢したほうであった。ただ、一つ言えるのは、これを抑えるために観光に全力を注いでいたということ。少しでも頭の中にこいつが現れると、もうとどめることは出来ないのだ。人間とはそういう生き物に過ぎない。
そう、そいつは、欲望という人間の中に潜む強いものである。
体は、ついにしっかりとランプを磨き始めた。これが今、自分がやりたいことなのであった。努は、頭ではすぐにやめようと思った、しかし、体はいうことを一向にきかなかった。これが正しいことだとも思わなかった。
徐々に部屋中に煙があふれ、辺りが見えなくなった。努の体の震えはピークに達した。変な汗も体中からあふれてきたし、気分も悪くなった。自分で自分が嫌になった。それでも、終わってしまったことを元に戻すことはできない。そう、時間は前には進むがどうあがいたところで、後ろには進まないのである。時間が後ろに進めばいいと思う人間がどれくらいいるだろうか?
しばらくして、煙が収まってくると、見たことのある小さな生き物が努の前に現れた。
「私めをお呼びでしょうか?ご主人様」
「一つ質問をしたい」
「それが願いでございますか?」
「違う。質問と願いは別物だ」
手の次は口が勝手に動き始めた。
「了解いたしました。質問をどうぞ」
「このランプは世界を飛び回るのだな?」
「作用でございます」
「それでは願いを」
努の体は一瞬間をおき空気を吸った。その空気は長らく締め切られていた部屋の空気であまり美味しいものとはいえなかった。
「その世界と言うものの定義をこの、日本、ということにしてくれ」
努は名案だったと思った。今度からこのランプを探すのに海外へ行かなくて済む。そして、海外を探しているライバルを一瞬で払いのけることが出来る。今すぐ一番叶えたい願いを叶えなくとも、努がこのランプを何度も使うことが出来れば、なんだって出来る。それに、別に今すぐ老人に渡す必要などないのだ。老人は使ってはならないと言った。だが、どうだろう?老人にしてみればそのうちランプが戻ってくればどうだっていいのではないか?その過程でランプがどう使われようがいいのではないか?何も世界を滅ぼしたりするために使うのではない。ちょっとした自分の欲求を満たすだけに、ちょっとだけ、そう、ちょっとだけ、数回使ってみるだけなのだ。いずれ老人にランプは返せばそれでいい。
努は、一応これからの旅費の援助も求めるために老人のところへ行かなければならなかった。ただ、それもこれっきりで済むことを努は理解していた。努は元来頭が悪かったわけではない。大学の中退だって成績のことや、出席日数のことではなかった。ただ、この理由を他人に打ち明けたことは一度もなかったため、謎である。