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3.突然の訪問と妙な落ち着き

「なんだこれは?」

 努はこれがいつの間に出現したのかすぐにピンときた。

「あの小人だ!」

 そこで努はなぜ小人がこの白い物体、おそらく食べ物であろうが、これを置いていったのか考えを巡らせることにした。努は自分がほとんど何も言っていないことに気づいたが、その何も言っていない中でもいった言葉を徐々に頭の中に浮かべては考えを巡らせた。

「なんで・・・あっ」

 努ははっとした。小人はなんでも願い事をかなえてくれると言った。それに対して努は「なんでも」とたずねた。それが驚いていたがために、何度も何度も「なんでも」と聞いていた。「なんでも」「なんでも」「ナン」。そういうことだった。インドのパンのようなナンという白い物体を持ってきたのであった。ただの駄洒落好きな小人か、と、ことを終わらせることはできなかった。努は、あのランプさえあれば何でもできることが瞬時にわかった。それから、あのランプはどこかへ飛んで行った。つまり、川の中で発見したように、どこか他の場所へと飛んでいったのだ。こんな部屋でずっと遊んでいるよりはあのランプを探しに行ったほうが利口ではないかと努は思った。

 努はパソコンの前に座り、ランプについての情報を集めることとした。だが、探せど探せどその情報は見つからなかった。努の探し方が悪かったのではない。努には情報を検索する自信があった。努はこの情報がごみの山のようにあふれているインターネットの世界を自由に動き回ることが出来、目的地にいち早くたどり着くことが出来た。それでも見つからなかったのであるから本当にその情報はないのであろう・・・。

 そして、情報を検索するのに疲れた後、あることを思い出した。努が小さなころの記憶から救い上げたことであった。それは、努の家の隣にいる変な考古学マニアの老人だった。まだ生きているのかどうかわからないがそのじいさんなら何か知ってるのではないかという気がした。というよりはその人くらいしか頼れそうな人がいなかったのであるが・・・。

ただ、その老人は昔から変人呼ばわりされていた。いや、実際変人ではあったのだが・・・。そのことから子どもの間だけでなく、親の間においても「あの人とは付き合ってはいけない」という共通の認識が冬から春になったときの草の芽ほど元気よく根付いていた。そのこともあり、その老人のことをよく知る人はほとんどいないだろう。努はそのじいさんと接しているのは回覧板を持っていくときくらいであった。数少ない接触の多い人間であろう。

 回覧板を持っていくのはいつも努の仕事だったが、騙し続けている母親に対する申し訳なさからそうするのであった。他にも朝のごみ捨て、風呂掃除など努の出来る精一杯のことはやれるときは率先してやっていた。

 そんなことは今回のランプの件とは全く関係がない。


 努は次の朝、隣の老人を訪ねることにした。ただ、ちゃんと話を聴いてくれるかどうかは定かではないし、もちろんランプについて知っているかどうかも定かではないのだ。それでも努は、こうすると決めたら猪突猛進である。


 努はいつもにもまして短い静かな夜を過ごした。大抵はヘッドフォンで音楽を聴きながらオンラインゲームなどをやっているのである。だが、昨日はそんな気にもなれず、早々とベッドのふかふかの布団にもぐりこんだのである。そろそろ寒くなってきた季節であるので、布団は欠かせなかった。

 努は朝はピーマンの次に苦手だった。しかし、今日はどうだろうか。目覚まし時計よりも早起きし、目覚まし時計が鳴り出すのをカウントダウンして待ち受けることが出来た。


 しかし、朝早く起きる必要もなかったのである。一応、努もひとりの大人であるからして、こんな朝早く(午前7時)から他人の家に押し寄せるのはマナー違反であることは知っている。ただ、この朝7時という時間が世間にとって朝早すぎる時間かどうかは疑問であったが、努にとってはいつもの3時間は早かった。


 部屋の中で落ち着かず、パソコンの電源を入れたものの、画面は何かのロゴが瞬間移動して現れては消え、現れては消えを繰り返している状態で、<作業>をしている状態では到底なかった。そのパソコンがロゴを瞬間移動させるように、努は時間軸を瞬間移動したいと思った。

(こんなことならいつもの時間まで寝てりゃよかった)

などと思ったときにはすでに遅く、布団にもう一度入ったところで胸騒ぎがして眠れなかった。こんなことは遠足を控えている子どものようだと世間では例えられる。遠足に行きたくなくって朝起きるのが憂鬱な子どもだっているだろうに・・・。しかし、世間はそんな例外は無視する。


 何とか時間をやりすごした努は隣の家へと出かけることにした。午前11時のことであった。

 時間というのは不公平で、どうでもいいときは長く、楽しいときなどはすぐに過ぎてしまう。そういうことは、今は楽しくないのだろうか?いや、そうではないだろう。だとするとこの定義は間違っている。


 努はまさに変人が住んでいそうな家の門の前に立った。といっても自宅から数メートルのところにあるのだが・・・。家は洋風で、木造2階建て。窓はガムテープで補強されているものなどもあるが、かなりの数ある。誰が掃除するのかと思ったが、その考えは必要なかった。家全体が泥遊びをした後のような状態であった。

 門のところにはインターフォンはおろか、表札すらなかった。郵便受けは、門を入って1メートルほどのところに立っている。これが微妙にまっすぐ立っていない状態で、色は茶色。注意してみないと郵便受けには見えないであろう。ただ、努は郵便配達の人がこの家の前にとまっているのを見たことがない。新聞も。

 努がこの家に、いつも回覧板を持ってきたときは、直接、老人に手渡すか、ドアの前に置いた。しかし、後者のほうが前者よりも何倍も多かった。

 庭は努の家よりも広い。というよりはそもそも敷地が広いのである。考古学の研究というのは儲かるのであろうか?穴を掘って何かを見つけ出す。そんなこと子どもでも出来そうだと努は思う。そんなことを仕事にはしたくない、と否定し、そんなことを繰り返したために今に至っている。

 庭の中を見渡すとすでに土やらゴミでいっぱいになってしまった(おそらくは)池が寂しげに、しかし、にぎやかに居座っていた。木々、雑草は荒れ放題。こんなところに人が住んでいるのであろうかと思うくらいであった。

(あのじいさんはもうこの世の人ではないのであろうか?)


 あれほど早く行きたいと思っていた隣の老人のところ。門の前で何分も立ち止まっているのは気のせいだろうか?


 しばらくして、努は前へ一歩、一歩、そして一歩、また一歩、と歩みを進めた。そして、ついに荒れ放題の庭をやり過ごし、体中がなんとなくかゆくなったところで、玄関と思しきところへたどり着いた。しかし、インターホンはない。ただ、安心したことにドアはそこに存在し、家の中と外をしっかりと区切っていた。

 努は、そのドアをノックした。が、・・・、音が出ない。その木のドアは湿っていて、普通ならなるはずの、コンコンッ、という軽やかな音を奏でなかった。そんなことはいまさら確認するまでもなかったのであるが・・・。しかし、このときに、そんな冷静に物事を判断するだけの余裕を努は持ち合わせていなかった。

 努は困惑した。そして、湿った木を触ったことが気に入らなかった。そのままあきらめて帰ってやろうかと思った。ランプのことなど最初から知らなかったとすれば問題ないのであるから・・・。


 そして、U-ターンして、また荒れ放題のプチジャングルを通らないといけないのかと落胆した。覚悟を決めるまで数分を要した。すると、後方から音声が聞こえてきた。

「何か御用ですか?」

 それは明らかに努に対するものであった。努はその音声にすぐに反応することが出来なかった。それは、数歩、プチジャングルに足を踏み入れていたからであった。やっとのことで足の踏み場を確かめ、振り向くことが出来たときにはそこに予想外の人物が立っていた。例の老人ではなかった。そして、その老人の婦人らしき人でもなかった。

 その老人が結婚しているかどうかはわからなかったが、明らかにさっきの音声は若かった。それを考えるとそれほど驚くことではなかろう。そこに立っているのは二十歳前後の女性であるのだから・・・。いや、そういう問題ではないことは言うまでもない。


「あの、お隣の方ですよね?何か御用ですか?」


 なぜかその女性は努のことを知っていた。お世辞にも美人とは言えないのではあるが、ルックスは普通よりは上であろう。(努の主観的ランク付けではあるが・・・)

 何か用かと聞かれても困るのは言うまでもなかろう。こんな女性ではなく、老人に用があるのだ。

 その女性は、努がなにも答えずにじっとこっちを見ているのでちょっと気恥ずかしくも思ったりしたのだろうか、当惑しているようだった。


「あの・・・」


 これ以上は限界であった。努は、ついに覚悟を決め、本題を切り出した。この決断は歴史上の大きな決断と比べても劣らないくらいのものであろう。その歴史上の大きな決断が何であるかというのは、すぐに思いつかない努ではあった・・・。


「こちらにおじいさんいませんでしたっけ?」


 全く変な質問を唐突に投げかけているのは地球が太陽の周りを回っていることのように明らかなことであり、確かなことである。

 すると意外なことに女性は少し微笑んで、

「祖父のことですね。しばらくお待ちください」

と言って、ドアを閉めていったん中へ入ったが、すぐに戻ってきた。

「おかしいですね。さっきまで書斎にいたのに・・・」

と、努に間接的に老人が不在であることを伝えた。努は「そうですか、出直します」と言って、またプチジャングルのほうへと体を向けた。しかし、今度はそのプチジャングルに入場する前に目的の人物が門のところへやってくるのを確認した。子どもの頃のかすかな記憶、回覧板を直接手渡ししたときのチラッと見えたときの記憶。それらの記憶を確かめると、この人物で間違いはなかった。

 その老人は、努のほうを見て、きょとんとしていた。いや、老人にきょとんとと言う表現は似つかわしくないだろう。改め、老人は目の前でいきなり手をたたかれたかのような顔をしていた。

 努は、前にも後ろにも行けなかった。前に老人、後ろに女性。プチジャングルを忘れてはいけないが・・・。そして、状況を打開するべく、言葉を発した。

「こんにちは。隣のものです」

 老人はなおも同じ顔をしていたが、ゆっくりとプチジャングルに分け入り、慣れたようにすいすいと努の前にやってきた。また回覧板を持ってきたとでも思っているのだろうか?


「私に用ですか?」

 おっとりとしたその声には深みがあり、包容力があった。

「少しお伺いしたいことがございまして」

「そうですか。構いませんよ、暇をもてあましている毎日ですから、よくわからない客人と時を過ごすのも悪くないでしょう」

 声とは裏腹にその老人は失礼なことを言うものである。いや、正しいことであるが・・・。


 その老人はこの家に住んでいる人だとは思えないくらい服装はしっかりとしていたし、足取りもしっかりとしていた。背筋もピンとまでは伸びていないが、それほども曲がってはいなかった。


 努は、オンボロ屋敷のなかに通され、応接室らしきところへと通された。

「そこのソファに座っててください。すぐに戻りますので」

 老人はそう言って、屋敷の中へと消えていった。努はこの屋敷の中を探検してみたくなったのではあるが、この応接室にも見ごたえのあるところはタップリであった。

10畳ほどのフローリング(と呼べるかどうかは怪しいが・・・)の部屋で、ソファが4つ。色はネイビーブルー。その4つのソファは木製のテーブルを囲っていた。ここだと麻雀も出来そうだ。他には、大きなショーケースのようなものが置いてあり、そこには考古学で入手したものであろうか、それっぽいものが並んでいる。もちろん価値など努にはわからないのであるが・・・。努が一番よく価値を知っているのはコンピュータであった。暇があればコンピュータの性能別、メーカ別の相場を調べていたりする。最近は価格がオープン価格となって、定価というものが実質存在しないに等しいこととなって(とはいえ、暗黙の了解でメーカは定価なるものを定めているのであろうが・・・)相場を調べるのが一種の考古学のようであった。

 さらに部屋を見渡すと、戸棚があり、棚の中には本が並んでいて、ガラスの戸の中にはグラスや食器が並んでいた。しかし、どれもこれも長らく使われていないのであろう(いや、一度も使われていないのではなかろうか・・・)ホコリが積もっているのが少し離れたところからでも確認できる。

 さて、応接室の観察はそんなところだ。


 しばらくして、老人が戻ってきた。

「よくお越しくださいました」

と努に話しかけた。

「いえいえ、勝手に押しかけてしまって申し訳ないです」

「構わないんですよ。暇なのですから。隣の槍本さんでしょう?」

「ええ、そうです」

 老人はしばらく努を嘗め回すようにじろじろと全身を見た。不思議な空気が流れた。この老人はどこの誰が来たかだけは気になるのだが、何の用事で来たのかは気にならないのであろうか?


 トントン


と、少し鈍い音をドアが奏でた。そして、きぃーっという音と供にさっきの女性が現れた。

「コーヒーでよかったですか?」

「ああ、申し訳ないです」

「気になさらないでください」

 そう言って女性は音を奏でる扉を後ろ手に閉めて、すぐ近くのソファの近くにしゃがんでコーヒーを3つ並べ始めた。3つということはこの女性も話に参加するようである。努にしては少し計算違いではあるのだが・・・。


 しばらく3人は黙ってコーヒーをのどに流していた。そのコーヒーは普通以上の美味しさではあったが、たまげるほどでもなかった。努は別にコーヒーに関して詳しいわけでもなかったので、素人目でなんとなくそのことがわかったくらいであったが、それがまずいとは思わなかったし、むしろ美味しいと思った。普段からインスタントコーヒーばかりの努には格別の味であった。そのことからこれはインスタントコーヒーでないと推測されるが、おそらくはこの女性だけが知ることであろう。


「それでどういったご用件で?いきなりの質問で申し訳ないですが・・・」

と、老人は言った。努の突然の訪問のほうがよっぽど失礼であるし、迷惑であろうが、この老人は、その努を大切な客人として扱い、気を遣ってあれこれと様子を伺っていたのだった。

「ええ、本当につまらないことなのですが・・・」

「つまらないことですか?」

 そう言って努はハッとした。つまらないことと言ったらそのままの意味に取られて、どうでもいいことを話しに来たのかと勘違いされるかもしれないと思ったからであった。しかし、ここは日本語のいいところが適用されることになる。たとえば、手土産を持っていって「つまらないものですが・・・」と言うようなものである。厳密にはこの場合はそれではないのだが・・・。

「不思議なことが昨日、ありまして・・・」

「ほう、ほう」

 老人は、わけのわからない話をしどろもどろに始めた努に耳を傾けて、相手の言いたいことを必死に理解しようとしていた。最高の聞き手であった。

「その不思議なこととは?」

 老人のほうから食いついていき、努に話しやすい展開に持っていった。最高の聞き手である。

「昨日、いや、正確には一昨日のことなのですが」

「はい」

 老人はテンポよく頷いてみせた。最高の聞き手だ。

「近くの川で光るものを見つけたのです」

 努の話は抽象的で、もったいぶった言い方だった。友人に対してこの話をするならまだしも、近所の老人に相談を兼ねてしている話なのだから、このようなもったいぶったカタツムリが這うような話の進め方はよろしくない。

 しかし、老人はいやな顔一つせずになおも頷いてみせる。時々コーヒーに手を伸ばしながら・・・。そのうちに老人のコーヒーがなくなったので、ポットから女性によって新たに老人のカップにコーヒーが注がれた。努は話をしているせいか、カップにまだコーヒーはあったが、女性はついでに努のほうにもコーヒーを入れた。

「その光るものを拾ってみると、ランプだったのですよ」


(だからどうしたというのだ?)

 これが老人の率直な感想であろう。そして、それが普通の反応だろう。金属で出来たランプというゴミを拾っただけではないか、と。ただ、それは普通の人間においてしか当てはまらない。

 この老人は、一瞬ドキッとしたような表情を見せたが、平静を保とうとしていた。努は、この少しの変化を見逃さなかった。

(このじいさん、何か知っている・・・)


「ですがね、それはやっぱりゴミだと思ったんですよ。それでその日はそのまま元の場所に戻したのです(正確には投げ捨てた・・・)」

「そうですか。それでそのランプはまだそこに?」

 初めて老人は頷き以外の大きな反応を見せた。努に対して質問を投げかけたのであった。いや、ひょっとしたらそろそろ嫌気がさしてきて、さっさと話を終えたいだけなのかもしれないと、ほんの少しだけ思ったのであったが、ランプと聞いたときのあの変化を見る限りはそうだとは思えなかった。むしろ、このランプの重要性を知っていると。そう、魔法のランプだと。

「いえ、なんとなく気になったので、翌日同じ場所に拾いに行ったのです」

「で、なくなっていたと?」

「はい、そうです」

「話はそれで終わりですか?」

 老人は少し焦っているようにも見えたが、必死に平静を保とうとしているようにも見えた。

「いえ、その後、散歩をしていると、近くの山に差し掛かったのですが、そのふもとの木々、草花が生い茂るところに光を見つけたのです」

 老人はその言葉を聞き、息を呑んだ。そして、質問を続けた。

「それで、またランプはそのままに?」

「今度は持ち帰りました」

「何か不思議なことはありましたか?そのランプに」

(この老人、確実に何かを知っている)

「ここから信じられないことかもしれませんが、話してもよろしいでしょうか?」

「ここで話さないなんて言わせませんよ」

 老人はぎこちなく笑ってみせた。その声に強さはなかったが、優しさもなかった。

「ええ、もちろんです。それを話すためにここに来たのですから」

「それはよかった。お聞かせください」

「そのランプをハンカチで磨いてみたのです」

「なぜです?」

 なぜと言われても、人間は時に理由なく動くことだってある。それに強い口調で「なぜです?」と聞いてくるのであるから、きっと何かあるのである。

「物語などでよくあるではないですか、ランプをこすったらランプの精が出てきて願い事を叶えてくれると」

「わかります。それで、ランプを磨いて何か変化が起きましたか?」

「驚きました。部屋一面に煙が立ち込めたのです。そして、その煙が消えたときに、自分の机の上に小人がいるのを目にしたのです。今考えると夢のようですが・・・。いや、実際に夢だったのかもしれません」

「で、それがランプの精だったと?あなたの願い事を叶えてくれたと?そういうことですか?」

 いや、この老人はただ、話好き、空想好きなだけで、このランプについては実際知らないのではないかと努はこの時点で初めて疑った。しかし、後で、この考えは全くの間違いであることに気づくのであった。

「その通りです」

「で、なんと願いをしたのですか?」

「それが・・・」

「それが?」

 不思議な空気が流れ、不思議な間が空いて、老人の不思議そうな顔が努の目に映った。

「特になんとも願いを叶えていないのですが、ナンというインドのパンのようなものを持ってきてくれました」

「・・・」

 老人は何も言わなかったが、なんとなく笑いをこらえているように見えた。

「そのときに小人と何か会話をしていませんでしたか?」

「自分もそこに原因があったと思っているのですよ」

 努は夢のような話をまじめに話している自分が恥ずかしかったが、目の前でその話を真剣に聞いている老人のほうがもっと恥ずかしいであろうと思う。ただ、そこで、努は一つ重大な事実に気がついてしまうのだった。全く発言はしていないものの、そこにはもう1人いたということを・・・。しかし、ここまでくればそんなことお構いなしであった。

「自分は小人に、小人が何をしにここに現れたのかなどいろいろ質問をしたのです」

「ほう」

「それで、最終的に何でも願いを叶えると言ったのです」

「小人が・・・」

 努は付け加えた。

「そして、自分はその“何でも”と言う単語を驚きのあまり繰り返しすぎたのです」

「それで ナン ですか」

「それくらいしか考え付きませんよ」

「ダジャレ好きな小人さんだったのですね」

「そのようです。それで、考古学に詳しいと評判のあなたでしたら何かこのランプのこと、小人のことについてご存知ではないかと思って伺わせていただいたのですが・・・」

「ちょっと待ってください。まだ話は最後まで終わっていませんよ。その小人が ナン を持ってきた後、小人、ランプはどうなったのです?」

「小人は煙と供にランプの中に吸い込まれていき、光になってどこかへ飛んでいってしまったのです」

「なるほど。つまり、ランプはまたどこかへと飛んでいき、次の拾い主を待っているということですね?」

「自分はそう考えています」

 しばらく老人は考えるそぶりを見せた。本当に考えているかもしれないのだが・・・。


 努はさっきの質問に答えてもらっていないことに気づいた。

「それで、このランプについてなにかご存じないですか?」

 なんとなくであるが、この老人はランプについて何か知っているのではあるが、それに関してあまりなにも話をしたくないのではないかと努は思った。

「私は嘘はつきたくない」

「ということはどういうことです?」

 努は攻めた。このチャンスになにかを聞き出しておかなければ一生このランプについて知ることはないだろう。

「しばらく時間をくれませんか?」

 老人が初めて、会話のテンポを乱す提案をしてきた。それを努は快く受け入れ、右手でどうぞ、という意思を表した。そして、老人は努に待っているように言い、部屋を後にした。それに続いて、女性が努に「ごゆっくり」と言って、タイミング悪く部屋を後にした。


(あのじいさんは、絶対に何かを知っている。でも、何か事情があって言えないことなのか、それとも言いたくない、思い出したくないことなのか・・・)

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