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13.最後の旅と再起への旅

 シャインキャッチマシンは、努の最後のたびの目的地を富士山頂に設定した。もちろん金銭的余裕もあったため、ヘリコプターなりをチャーターして向かえばすぐである。老人がそういう風に提案したにもかかわらず、努はかたくなにそれを拒み、徒歩での登山を目指した。今までほとんど登山経験などない努にとってはまさに命がけの旅であった。山頂は果てしなく遠い、決して楽な道のりではない。それは十分にわかっていた。幸いなことに季節が夏であるだけましであった。それでも高度が上がるにつれて気温が低くなり、坂を上るということ以上のエネルギーを消費するだろうことは容易に想像がつく。


 努は、大きな荷物を背負い、杖を片手に山頂を目指していた。それは確かに遅い手段ではある。ヘリコプターなどで行ったほうが絶対にいいに決まっている。着陸するところがないならロープで降りればいいのだから・・・。それでも、努は決して徒歩で山頂を目指すことを変えようとはしなかった。もちろんのこと、他のランプを狙っている連中がヘリコプターなどで先を越してしまう恐れがあることは重々承知であった。しかし、努には、命を掛けて成し遂げないと意味がないと思っていた。


 登山を開始してから、多少の休憩は取っているものの、ろくに睡眠もとらず、体はぼろぼろの状態であった。ガイドなども付けなかったため、自分ですべての管理をしなければならなかった。体のこと、食事のこと。努はそれを他人に頼んでやってもらうことがある種の甘えであるとすら思っていた。


 登山を開始して何日目だろうか?努にはそれは定かではなかった。ただ、がむしゃらに登り、山頂を目指していたのであったが、ここまでの好天はどこへやら、この日はひどい雨風だった。

(もっと登れば雲の上くらいになって雨なんて関係なくなるだろう)

 そんな安易な考えを持ちつつも、これが原動力となり、他の登山者は山小屋に退避するような状況においてさえも、努は登り続けた。このとき、まだシャインキャッチマシンは富士山頂を示していた。他のランプハンターたちはどこを探しているのだろうか?とっくにこんなところのもの回収できてしまうのではないか?

 ただ、今日からは数日間天気が思わしくないらしく、ヘリコプターなどは飛べない状況となっているようだった。努にとっては不幸中の幸い。到着したときにランプがある確率がぐっと高まるのである。

 しかし、努のぼろぼろの体にはこたえる。意気込みもむなしく、気持ちだけは前に進んでいくものの、体が思うように動かなくなっていた。今、努を動かそうとしているのは熱い気持ちであって、欲望などというレベルの低いものではない。だからこそ、限界というものがやってくるのかもしれない。この熱が冷めてしまったら努はここで崩れるだろう。それと同時に、努が成し遂げようとしたこともすべて崩れ去ってしまう。それだけは努は耐えられなかった。自分がここで死んだところで何の償いにもならないことは十分すぎるくらいわかっていた。


 一歩、一歩、そして、また一歩。ゆっくりとではあるが、確実に明るいこの先へと歩みを進めていた。いつの間にか、天候は回復していた。いや、回復していたのではない。雲を抜けたと言ったほうが正しいだろうか?

 実際、どちらなのか努にはわからなかった。しかし、そんなことはどちらでもよく、むしろ、少しでも早くランプにたどり着いて目的を達成させたかった。

 この時点で、もう何日、山を登り続けているのかは完璧にわからなくなっていた。ただ、シャインキャッチマシンがまだ富士山頂を指している、それだけが今の努の原動力であった。


 徐々に今まで前方見えていた坂がなくなっていくのがわかった。そう、やっと、やっと目的が達成されようとしているのである。ここまで、何度も己の人生を振り返り、何度も自分が嫌になって叫びそうになった。そのたびに努は自分の体に鞭を打つことによって、己の過ちを正していった。もちろんそんなことで、過ぎ去った過去が修正されるはずがない。それは十分にわかっていた。それでも、現在の状態において、忌まわしい過去の行いをできるだけのことをやって正したいと思ったのだ。



 まばゆい光、魅惑の光、悪魔の光、・・・。そんなものを放つ物体を今、手に取った。辺りに人はそれほど多くなかった。今は平日だろうか?そんなことを考える余裕すら出来ていた。もうこれ以上歩く必要はない。おそらく、誰かに命を狙われる、いや、この物体を横取りされる心配もないだろう。これは努の勝手な勘ではあったが、間違ってはいなかった。



 一呼吸置いて、努は富士山頂でランプを丁寧にこすった。


 ランプが一層輝きを増したかのようであった。


 努は、熱心にそのランプをこすった。


 見慣れた煙が努をやさしく包んだ。今までとは違う感覚。何か体全体が中に浮いているかのようであった。今、どっちが上で、どっちが下。どっちが右で、どっちが左か。それすらわからない状態になっていた。そして、自分が生きているのかどうかさえも。

 努は渾身の力を振り絞って声を発した。しかし、その声は努の耳には届かなかった。自分の口から発した音であるのに、すぐそばにある耳にすらその声は届かなかった。もう、努にはそれくらいの体力しか残っていなかった。


 もう、どうなってもいいと思った。実際それではやろうとしていることの半分も終わらないのであるが、この願いを小人に伝えないよりはましであると思った。これは自分のためではないが、自分のためでもある。こんなことは人生において反則だと言われても仕方がない。その覚悟は決めていた。後ろ指を差されようと、自分は自分で、自分らしく生きていけばいいんだ、そう思った。


 そして、

「6年前へ!」

 顔が苦痛にゆがみ、全身の力が抜けていくのを感じた。日本において、ここはあるとすれば、一番天国に近い場所だ。すぐに楽になれる。それでいいのだろうか?目的は完全に達成されないままでもいいのだろうか?


 体がまるで水の中に浮かんでいるかのように、無重力状態の中に入るかのように、自由自在に動いていた。そんなに力を入れていないのに・・・。息を止めていたが、息が出来ることに気づいた。目も開けてみると、あたりは明るいことに気づいた。だがそこはすでに富士山頂ではなかった。3次元の空間ではないかのようであった。しかし、どこかへと向かっている。自分の意思とは関係無しに、努の体はどこかへと向かっている。いや、吸い寄せられている。

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