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12.反省と修正

 努は、母を残して家を飛び出した。どこへ行くのか?それは定かではない。自然と体が動いたのだ。しかし、その体を動かしているのは今までの欲望なんかではない。もっと高尚なものだ。


 玄関のドアをたたいた。中から久しぶりに顔を合わせる老人が出てきて、一瞬びっくりしたようであったが、すぐにいつもの応接室へと招き入れてくれた。老人は以前と全く変わっていなかった。努に対する接し方も決して以前と変わっていない。

(しばらく無断で連絡をとらなかったことをなんとも思っていないのだろうか?いや、そんなはずは・・・)


 努は、数ヶ月前の光景を思い出した。封筒に入った札束。目の前で頭を下げる老人。今度、それが逆になろうとは思いもしなかった。

 努は老人の前で頭を下げていた。老人がランプを使わずに持ってくるように言った意味がようやくわかった。しかし、遅すぎた。もうここまで行ってしまうと、死んでも償えない。努は老人に、すべてを話した。ロンドンですでにランプを見つけたこと。それから何度もランプを使ったこと。老人を裏切ったこと・・・。

 こんなことをされて普通の人間なら絶対に怒り狂うだろう。殴っても気がすまないだろう。努は大変なことをしでかしてしまったのであるから。それなのに、老人は、落ち着いて、努に頭を上げるように言った。

「仕方ありません。仕方ありません・・・」

 老人はずっとその言葉を繰り返した。


 しばらくして、老人は努を説得し、ようやくソファに座らせることに成功した。コーヒーを持ってきて、ゆっくりと話を始めた。

「こうなってしまうのではないかと思いながらも、あなたにランプ探しを依頼した私の責任です」

 老人はいつも欲がなく、年齢などというつまらない上下関係などにもとらわれていなかった。努を1人の同じ人間として扱っている。努はそれがたまらなくうれしかった。それは、最初に会ったときからそうであった。

「こうなってしまってはもう何も隠すこともないでしょう。ランプを回収する機関があると申しましたが、あれは真っ赤な嘘です。そのような機関は存在しません。シャインキャッチマシンが研究者によって開発されたのは事実ですが、最初から裏ルートで販売されていました。ランプのことを知るのはその時代でもごく一部でしたから・・・。一般人はもちろんのこと知りませんでした。しかし、私は、ちょっとしたことからランプの存在を知り、その魅力に取り付かれ、シャインキャッチマシンを購入しました。値段は高かったのですが、そんなものランプを手に入れればどうでもいいということは、よくおわかりでしょう。そして、私も、ちょうどあなたくらいの頃、同じように好きなことを好きなだけやりました。しかし、今回のこととは違って、ランプを狙う人間がもっと多くいたのが事実ですから、醜い争いが起こりました。その中で死んでいく者、殺人を犯す者、それは本当に人間の仕業ではないかのようでした。獣とも呼べましょうか。つまり、欲望、これに支配されていたのです。私は、何度もランプを手にいれ、願いを叶え、最終的に嫁を向かえ、娘まで授かりました。そして、この屋敷を建てて、それはそれは人生の絶頂期だとそのときは思っていました。しかし、そんな簡単に手に入れた幸福などというものはもろいものです。ランプのせいで完璧に欲望に取り付かれた私は、周りの何もが見えていませんでした。そして、そんな私が嫌になった妻は娘を連れて家を出て行きました。それは正しいことだったと思っています。そのときの私は獣でしかなかったのですから・・・。それに、妻が出て行った後、ランプの争いはランプのないところですら起こるようになり、もし私と一緒にいたなら命の危険が及んだでしょう。私も、あなたと同じように、死と隣り合わせになったこともあります。それでもランプを求めました。今度は不死の体を手に入れるんだって。もちろんそんなこと間違っているのです。それに気づいたのは相当後のことでした。そして、それに気づいてから、私はランプを命を懸けて探しました。今までの行いを反省するために。ランプを封印するために。その頃、私が出来る精一杯のことだったのです。最終的にランプの封印には成功しました。前にも申しましたが、それは50年前のことです。しかし、ご存知の通り、ランプはそれから50年後また地上に舞い戻ってきました。なぜランプがでてきたのかはわかりませんが、それを偶然あなたが見つけ、ランプの秘密を知った。後はあなたのほうがよくお分かりでしょう。

 ここからの話は余談かもしれませんが・・・。妻は私の元を離れた後、しばらくして病気で亡くなりました。そのときはすでにランプの封印を終えていましたが・・・。それから娘を私の家に引き取り、最終的に嫁に行っていました。結婚して間もなく、娘は私の孫娘に当たる子を出産し、今ではその孫娘がときどき遊びにきてくれるのですよ。これだけが今の生き甲斐ですよ。ランプに振り回された人生ではありましたけど、孫娘の顔を見るとそんなことは忘れてしまいますよ」


「最後にお聞きしますが、どうして私をランプの回収に向かわせたのですか?」


「その点ではあなたに謝らなければなりませんね。申し訳ありません。あんなにひどい目にあわせてしまって申し訳ありませんでした。

 もちろん、最初は無職と聞いてとても任せられたものじゃないと思いました。しかしですね、私がお金を差し出したときにあなたは突っぱねたでしょう?私はその行動に少しばかりの望みを持ちたかったのです。ランプとの戦いにおいて一番重要なのが、欲望をいかに抑えるかと言うことですからね。職業が云々ではないのですから・・・」

 老人はゆっくりと、そして、一気に話を終えた。そして、少し冷めてしまったコーヒーを口へ運んだ。努も、それに合わせた。静かで、ゆったりとした空気と時間が流れている。しかし、努の体内には熱いものが流れていた。コーヒーではなく・・・。熱い、熱いものであった。それは使い方を間違うと獣と化すだろう。うまく使えば、原動力となる。それは、情熱だ。努は、この老人が自分の行いを反省し、少しでも償うためにランプの封印を図った。そのためにランプを見つけるのは本当に命がけだったと思う。でも、それくらいのことをしないとこの罪を償うことはできないのだと努は悟っていた。そして、今、自分には何が出来るのだろうか?ランプを見つけてからそれを考えるのでは遅い。欲望に負けてしまうかもしれない。今、一刻も早くそれを考えなければならない。


 努はSF小説が好きだった。

(そんなことを考えたって仕方がない。何になると言うんだ?・・・)

 二人のコーヒーがカップの中からなくなった。

「一つだけ質問してもいいですか?」

「ええ、いくらでもどうぞ。もう隠すことはありませんし」

「ランプがなぜかわからないが地上に舞い戻ったとおっしゃいましたね?」

「ええ」

「ランプを封印した後、そのランプがしっかりと封印されているままであるかどうかなどを確認しましたか?」

「いえ、それは怖くて出来なかったのです。また、欲望に支配されてしまうのではないかと。時間の流れというのは恐ろしい。記憶をすべて消し去り、過去のことをなかったことにすらしてしまう・・・」

(時間の流れ・・・、記憶、なかったことに・・・)

 努の脳がガンガンと刺激されるのがわかった。それと同時にものすごい自信が生まれてきた。

(行ける!)


 それは、欲望などという低俗なものに支配されている状況などとは比べ物にならないくらい、人間らしい、本来あるべき姿。人間と獣の違いを明確にするのはこの部分であると言っても過言ではないだろう。

 努は、人生において、ここまで体中から純粋なエネルギーが生まれたことはなかった。必死で勉強した高校時代。有名な大学に入学することも出来た。大学でも学費を出してくれている親に「よかった」と思ってもらえるように、必死に勉強に励んだ。それは、努の親に対する愛情によるものであった。それももちろんすばらしいエネルギーであった。ただ、途中で方向を間違った。親に苦労をかけないことだけが親に対する愛情なのではないのだと、遅すぎるが、今になってようやく気づいたのである。過去の出来事は、どう悔やんだって元には戻りやしない。修正できやしない。

「お金じゃ買えない大切なものを見落としている」

 この母の言葉が身にしみる。


 痛い。痛い。痛い。


 頭が?


 腕が?


 脚が?


 もちろん違う。心が痛いのだ。獣は心を持たない。自分の生きるためだったら平気で殺戮を繰り返す。それに対して決して悪いと思うことはない。それは獣が欲望に支配されているから。それが、本能だから。

 しかし人間は違う。本能のままに生きることは本当に楽しいことだとは言えない。苦労は買ってでもしろ。そういうことだ。


 努は去り際に、老人に向かって力強く言った。

「6年前でポストをチェックしてください。きっと、きっと手紙を書きます。絶対に忘れないでください。そして、その手紙を絶対に読んでください」

 老人は、ただただ、こくりと頷いた。すべてを理解したかのように。いや、すべてを理解したのだろう。

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